第四話『貧乏くじ、二枚』

 明らかに通常の病棟よりも強固な作りになっているこの病棟が、崩れ落ちるのでは無いかと思う程の爆発音が続く。

「つまりは、彼が私の患者ぁ……?」

 詳しい資料を見るまでも無い。まずはこの魔法を止めてもらわなければ話にならない。

 私はうんざりしながら、一応ちらりと資料の担当患者の名前だけを見て、私は溜め息どころか「うあああぁぁぁ……」と声に鳴らない声を出しながら部屋を飛び出した。

 

 ドドシさんはこう言いたかったのだ。

『あの追放された魔法使いが君の病院にいるなんて、大変だね』と。

 あの警備員はこう言いたかったのだ。

『追放されてきた魔法使いの担当医になるなんて、大変ですね』と。


 あのクソ親父! と叫びそうになるのを抑えながら、私はその爆発音の元へと地図も持たずにスタスタと歩いていく。

 何故なら爆発の影響で漏れ出ている煙を辿れば居場所なんてすぐに分かるからだ。


 煙の中、口を覆いながら、その部屋に行くと、青白い鉄格子がまず目に入った。

 見るのは私も初めてだったけれど、現時点で最高レベルの魔法耐性を持つ魔法具の筈だ。

 ぼんやりと魔法医療器具のカタログで見たことがある。

 やはりあの大爆発はこの檻の中にいる大馬鹿魔法使いがやった事で、思い切り鉄格子に魔法をぶつけてみたという所だろうか。つまりは隔離されて一日目に脱走しようとしていたのだろうか。とんでもない考えをしている。


 ケホッケホッとむせていると、少しずつ眼の前の煙が晴れていく。

 廊下から続く一本道の向こうにあるまるでそこだけ飛び出したような暗い部屋は四角く開かれた場所だった、鉄格子によって区切られていると言ってもいいかもしれない。その七割程度が鉄格子の向こうで、三割程度の所謂私が今立っている場所には乱雑に机や椅子等が置いてあった。

 おそらくそうそう使われるとは思っていなかった場所なのだろう。見るからに倉庫として使われた痕跡が残っているように思える。


「よ、アンタが俺のセンセーか。若ぇな」


 部屋を見渡していると、この大爆発を起こした張本人がベッドに寝転びながらニヤリと笑ってこちらを見ていた。黒い眼光が、太陽光が少なく暗めの部屋の中から、貫くようにこちらを見ているのが分かる。その青い光っている眼光は蒼白い鉄格子をも貫く。

 良く通る声だった。魔法新聞の映像で聞いた声よりもだいぶ落ち着いているように聞こえる。

「はい。私が貴方の担当医になったトリスです……よろしくお願いしますギストさん……その魔力量、お薬は効いてないみたいですね」

 溜め息と共に、途中で吸い込んだ魔力混じりの煙を吐く。出来れば炎でも吹いてやりたかったが、それは私程度の魔力量の魔法使いに出来る芸当では無い。


「あぁー、アレか。あんなもんは効かん効かん。こちとら伊達に勇者の腰巾着やらされてなかったからな。でもコイツは硬えな、無理だ」

「あぁ……確かにあれだけの魔法を使っても元気そうですもんね。とはいえあんな大爆発はやめて頂けると……」

 口で言って分かって貰えるタイプだと助かるのだけれど、とまで言いかけて。患者と担当医の関係性を思い出して口を噤む。


「まぁ、センセの頑張り次第だな。しっかし、とんでもない貧乏くじを引かされちまったなぁ……」


――あぁマズい、あんまり分かってもらえないタイプな気がする。

「せいしんせいい、がんばりますね……」


 疲れている顔が彼にははっきり見えているのだろう。仕方がない。あの爆発で元気でいられる魔法医がいてたまるかというものだ。

 こんな状況だというのに、笑っている彼を見ながら、私は彼が言う貧乏くじという言葉を頭の中で繰り返していた。


 確かに貧乏くじといえば貧乏くじだけれど、彼は実際に悪い事をしたから此処にいるはず。

 こんな場所に閉じ込められて可哀想ではある、私はこんな場所に閉じ込められたら笑ってやいられ……閉じ込められていないだろうか?

「あれ……? えっとギストさん、ちょっと待ってくださいね! 警備員さーん⁉⁉」

 後ろの愉快そうな担当患者の笑い声を無視しながら私は隔離病棟入り口の警備員の元まで全速力で駆ける。

「あの、流石に私は、出られますよね?」

「いえ、基本的に出入りは禁じられていますね……。本当に、大変なお仕事ですよね……その姿勢、本当に素晴らしいと思います……。それに、私も久々の外出でした。ありがとうございます、トリス医師。元診療室前でお待ちしている時に浴びた明るい光が今後の支えになりそうです。それにトリス医師も頑張るのですから、私がしょげていてはいけないですよね!」

 言葉は眩しいけど状況が暗すぎる。


 認知がどうにかしてしまっている。この警備員はもう駄目だ。


 とんでもないことを言い出しているし、私なんかに感動しなくて良いから出して欲しい。

 というかこの警備員も大概可哀想だとは思うけれど、なんと無しにこの隔離病棟の生活を受け入れている様子が怖すぎる。魔法なんか使われていないかと疑ってしまう程だ。

 ただ、彼がこの調子だという事は、私の状況が簡単にくつがえるわけがない。ここで騒ぎ立てても、眼の前にいる警備員が困るだけだろう。

「ありがとう、警備員さん。資料、見てきますね……」

 警備員改め、可哀想な警備員さんの元気の良い返事に辟易としながら、私は診療室……というか自室に戻って渡された資料を見る。

「あー、クソぅ……あの狸親父め……」

 資料はやけに多く、その分厚さからすぐに目を通すのをやめていたが、資料と言われ渡された大部分が診察記録と称される未記入の用紙であったり、終いには隔離病棟患者の情報や隔離病棟の建築資料などがまとめられている物だったりした。

 すぐに読めないだろうと意識付ける為の適当なカサ増しだったのだろう。現状とは全く関係無い資料達が山程、適当に詰まっている。しかも私まで出られないという事が明記された書類は探すのに手間がかかるほど面倒な場所に挟まっていた。


 つまり、大量の資料があったとしても、私にとって必要な情報は本当に少し。


 勇者パーティーを追放された大魔法使い『ギスト・ケイオン』の担当医として、彼に接触して、追放理由について聞き出せ。と一番大事らしい資料に書いてあった。

 つまりは私は担当医というか、検査官のような役割を押し付けられたらしい。


 そうして、その内容を逐一診察記録にまとめて報告せよとのこと。

 というか、そういう事をこの病院が押し付けられたからこそ、今日は父のワインの封が開けられたのだなと思った。確かに悪い事が起きた日と言えば、父からしてもその通りだろう。


「私物は……良かった。持ってきてくれるのね」

 何も良くない。良くないけれど、せめて私の精神衛生くらいは溜め息くらいで留めておきたい。あの警備員さんのようになってしまってはいけない。

 私は必要な私物申請の記入用紙に必要な物を書き、いっそ壺ちゃんまで、絶対に取り扱いには注意してくださいと書いた上で、取り寄せて貰う事にした。錬金術を嫌っていた父であっても、私にこんな事をしたのだ。流石にそのくらいは許してくれるだろう。


――しかしまぁ、これはとんでもなく『大変』な貧乏くじだ。


 彼の罪状……、というか追放理由は至極簡単で、だからこそよく分からないものだった。


 追放理由、それは『勇者に楯突いたから』とだけ書かれていた。

 内容は一切伏せられている。それどころかこんな魔法病院に調査を秘密裏に依頼してくるあたり、誰も詳しい事を言わないのだろう。相当な人間関係のこじれのように思えた。

 ただ、勇者パーティーと言われるだけあって、やはり勇者がリーダーなのは間違いがないらしく、今回はその勇者が、ギストさんから腹に据えかねる事でもされたのだろう。その為ギストさんはそこそこどころか相当な手練の魔法使い十数人がかりの拘束魔法でその身体を押さえつけられ、この病院に連れて来られたようだ。それも、私が今朝愛しい自宅で壺と話していた時間帯に。


 だけれど不思議なのは、勇者側からも何も発言が無いという事。何ともきな臭さを感じながらも、私は新聞と重要そうな資料だけを手に持って、ギストさんのいる鉄格子部屋へと向かった。

「お、センセ。帰ってきたか。しかし無駄に良いもん使ってんだなぁこの部屋。俺の魔法を受けてびくともしねぇってのは、豪邸とは言わんがでかい家が立つぜ?」

 十数本程ある蒼白い鉄格子は暗い部屋を不気味に照らしている。

 ギストさんはその鉄格子の方向、つまり私の方に向かって大きな火球を飛ばして来たが、その火球は鉄格子に吸い込まれるように消えていった。

「ギストさん、そういった事も止めて頂けると……」

「ギストでいい。その若さにこの監獄の名前を呈した名前の担当医なんて、お飾りなのも分かっちゃいる。アンタが此処に来た理由は分からんが、軽くいこうぜセンセ」

 思った以上に気楽な雰囲気を醸し出しているギストさん、改めギストは、ベッドから起き上がり病院衣では無く新聞で見たままのローブを身にまとっていた。

 武具の類は見られなかったが、そのローブも魔力を帯びたもののはずだ。だが没収されなかったのか、それとも没収の意味が無かったのか。それは分からない。

 身体の線は細く、少し長めの茶色がかった髪が黒いローブと対象的に明るく見えた。身長などのデータは手元の資料を見た。174cmに60kg程、痩躯と呼ばれるに相応しい。私は160cmと50kgという分かりやすい数字を延々とキープしているので覚えやすい。彼程細身ではないあたり、少し負けた気がする。


「ではギスト……事情も事情ですので端的に言います。私がやるべきは内輪揉めの原因を探れ、という話だそうです」

 向こうの話を聞く限り、担当医という患者という関係性が偽りだという事は看破されているようだったので、私もさっさと状況を打破する為に、そんな言葉を発した瞬間、彼の青い目がギラリと光ったように見えた。しかし、瞬時に彼の目の光は消え、代わりに鉄格子が少し強く光っていた。あの一瞬で魔法が使われたというのだろうか。

「相変わらずすげぇなこの鉄格子……精神系の魔法も吸うのか」

 どうやら私に何かしらの魔法を使おうとしたらしい事だけはわかった、その内容までは理解出来なかったが、仲良く出来るかどうかは、怪しい。

「だから、やめてくださいね……」


 少なくとも初対面としては爆発からの火球からの精神系魔法の行使という、魔法使いがまるで敵を相手にしているような出会いだった。

「檻の中の虎か何かですか貴方は……私に何しようとしたんです?」

「いやぁセンセ、アンタの言うように、端的に言うならあのバカの話をするのはクソ喰らえって感じだったから、ちょっとだけ黙っててもらおうかなって思ってよ」

 根は相当深そうに見えるが、それでも彼の口調は何か、単純な怒りとも違うような雰囲気だった。新聞の時もそうだったが、どうしても諦めや悲しさのような雰囲気が見える。

「そうもいかないんですよ。ほら、貧乏くじ」

 そう言って私は、私についての資料を鉄格子の間から彼に渡した。

 資料を受け取る彼の手は細長く、血管がハッキリと見て取れる繊細な手をしていた。それが妙に彼の口調や仕草とのギャップを感じてしまい、少しだけ怖くなった。

私はすぐに自分の手を引っ込める。

「噛みつかねえよ、本当に虎だとでも思ってんのか?」

 彼は不思議そうに私の顔を見てから、その資料に目を落として、声を出して笑い始める。

「こりゃあまた! センセも随分とまあすげえ貧乏くじ引いたもんだなあ! 俺のも中々のもんだと思ってたが、センセは正真正銘の貧乏くじだ。そりゃまぁお疲れ様なこった」

 お疲れ様な状態にしているのは眼の前の彼自身なのだけれど、それはそれとしてやるべき事を進めなければいけない。私は笑っている彼に、改めて勇者達との関係性の説明を促す。

「ギストが真相を話してくれたら、それだけで終わる話ではあるんですが」

 そう言うと、また彼は少し厳しい眼光で私を見た、今度は光っていない。純粋な怒りのような物だ。

「でも、信じるかよ? 事実俺は此処に監禁状態だ。ほら、わざわざ自分の資料まで持ってきたセンセの事だ。俺の資料もあんだろ?」

 そう言われて資料代わりに、今朝貰った新聞を渡すと彼の顔はやや苦渋に歪み、大きく溜め息を吐いた。

「ま、そりゃこう書くわな。真実か嘘か。見極めるのはセンセ次第だわな」

「いえ、今後のギスト次第かと……この新聞を見る限り、それに他の資料を見る限りでも、双方の主張が存在しない。だからこそ貴方は此処で、私と一緒にいるわけですから」

 言い合いつつも私は彼から資料を返され、またその手から見える線の細さに、やはり妙な強さを覚えてしまう。私の手は治す手。だけれど彼の手は殺す手だという事を、本能的に察知してしまっているのだろうか。これが、大魔法使いの圧というものなのかもしれない。


――こんな細い手からあんな爆発魔法が出せるんだ。

 私と同じか、それ以上に細い腕、だけれどきっと、魔力許容量はあの爆発一回で私の許容量を軽く超えるだろう。羨ましいと、一瞬思ってしまった。


 そう思いながら彼の手を見て資料を取ろうとすると、どうしてか向こうががっちりと資料を掴んだまま、手を離さない。であれば私が手を離せばいいのだけれど、それでは私達は一体何をしているかわからなくなる。渡した物を返すだけで手間取っている場合では無いだろうに。


「わーったよ。言わせるからには、まともに向き合えよ?」

 その言葉にハッとして、私は彼の手元から顔を上げると、真剣な顔をしたギストの顔が鉄格子越しに目の前にあった。

 その顔は、縋っているようで、焦っているようで、私を見ているようで、見ていないようにも思える。

「向き合えよ?」

 目鼻立ちが整っていて凛々しい人だなぁ……と思うのは少々悔しいので考えないようにしていたけれど、そもそもこんな至近距離で男性の顔を見たことも無かったせいか、私は思わず目を逸らしかける。

「え、ええ……」

 けれど、私はそれを我慢して、彼の目を見て、小さく頷いた。

 さっき彼が私に使おうとした魔法の類にかかったのではなく、自分自身の意思で、二つの貧乏くじを、どうにかする為に。


 私の貧乏くじである所の部署異動の資料と、彼の貧乏くじである所の新聞が彼の手から離れて、私の元に戻って来る。それは、事実だけ見るならば物の受け渡しだけれど、しかも物は繋がれず離れただけなのだけれど、まるで私には握手のように思えていた。

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