第14話 賢い傘の使い方

 バルドールお義父様の厚意に甘えてさせてもらい、私とフォルク殿下は早々にベッドに潜り込み、身体を休ませた。

 特に殿下に至っては、卒業式の直後から逃亡生活を余儀なくされていたのだ。二ヶ月もの間、彼が安心してベッドで眠れるような夜なんて何度あったのだろうか……。


 その間にお義父様が色々と手配をして下さったお陰で、翌朝には帝都行きの準備も万端だった。

 ハーフヴァンプとなった私の肉体は、人の血を──正確には、血液や唾液に宿る魔力を補給しようとする本能が働いてしまう。人間が何もしていなくともお腹が空くように、吸血鬼も体内に取り入れる為の魔力を求めるのだ。


 けれども、毎回殿下の……だ、だえ……唾液、を……口移しして頂くのは、私の心臓が保たないので……!!


「……よし、予備の魔石もバッチリ入ってる! これだけあれば流石に大丈夫……よね?」


 これで足りないなんて事態になったら、殿下から強制的にキスをされるのは確実……!

 いや、別に殿下とキスするのが嫌なのではなくてですね!? 恋人でも婚約者でもないただの元平民が、緊急時だからってそう何度も一国の皇子様と口付けを交わして良いはずがないのでね!!


 ……それにフォルク殿下だって、本当は好きな人にだけキスしたいはずだもの。私の吸血衝動を抑える為だからといって、彼の気持ちを踏み躙るような事をしたくはないから。


 そうして荷物の最終確認を終えた私は、しっかりと手袋を嵌めて、真っ白な竜翼傘を携えて自室を後にした。

 いつもは腰に差していた剣が無いのは妙にそわそわするけれど、寝る前に試した傘への付与魔法は成功したのだ。まるで武器には見えないのに、私の得意な付与魔法によって強力な武器になる。

 剣や槍で戦う騎士は数あれど、傘で戦うハーフヴァンプの騎士だなんて、この世で私ぐらいしか居ないだろう。




 *




 私の身体は日光に触れるとヒビが入ってしまう為、日中でも安心して移動が出来るようにと、お義父様が箱馬車を用意して下さっていた。

 またいつジーク殿下によって刺客が送られてくるか分からないので、一般的な旅行客が使うような地味なものを使わせてもらっている。小窓が付いているので、外の様子も見れる仕様である。けれどもうっかり陽の光を浴びたら大変な事になってしまうので、天気が良い日は馬車の中で大人しくするよう徹するしかない。

 ちなみにこの馬車を操っているのは、軽く変装をしたフォルク殿下だ。元々ジーク殿下は彼の命を狙っていたので、あまりにも目立つアカデミーの制服は城に置いてきて、普通の御者に見えるような服装と帽子を身に付けていた。

 私の秘密はフォルク殿下とお義父様以外には知らせていないので、第三者に御者を任せて情報が漏れるような事態を防ぐ必要がある……とはいうものの、彼にずっと馬車を任せっきりになるのは心苦しい。


「ヴィオの身体に、これ以上何かあったら大変だからな」


 そう言って私を気遣って下さる殿下は、何と臣下想いな素晴らしいお方なのだろう……!

 ちょっぴり贔屓目に見ても、私が子供の頃からよく知る幼馴染だから優しくして下さっている可能性もあるけれど……。

 どちらにしたって、お慕いする殿方にこんな風に気遣ってもらえたら、相手への愛しさが加速するのは仕方が無い事だろう。ああ……今日も殿下が尊過ぎます……!




 帝都まで向かう道中、順調に走っていたはずの馬車が止まった。

 まだアーデン領を出て三日しか経っていないので、目的地に着いた訳ではない。となると──


「ヴィオ、出られるか!?」

「はい!」


 馬車の外から聞こえた殿下の声に、私は瞬時に反応して飛び出した。

 空にはまだ太陽が輝いていたものの、私達の馬車を取り囲みながらにじり寄って来る魔物の群れを視認したので、傘は開かずに付与魔法を展開させる。

 今の所は聖女の【誓約】の恩恵もあるからなのか、ほんの数分であれば、身体が完全に灰になってしまうような事はない。吸血鬼の持つ驚異的な自己回復能力のお陰で、身体に入ったヒビもしばらくすれば治ってしまう。

 ……まあ要するに、身体が消え去る前に敵を殲滅すれば良いだけの話なのよね!


「援護します! 《タイプ・ガン》、セット!」


 私は傘にある特性を付与する事で、様々な戦い方を編み出せるようになった。

 その中の一つが、この《タイプ・ガン》というオリジナルの付与魔法だ。


「無駄に数が多いなら、まずはこれで弱い個体から片付ける!」


 殿下が奥に居る大きな植物型の魔物を引き付けている隙をついて、私は膝丈ぐらいの小型の魔物達に狙いを定め、閉じられたままの傘の先端から魔弾を発射させていく。

 魔弾は純粋な魔力の塊であり、今回のように人喰い花が相手であれば、その弱点である火属性の魔力を射出すれば良い。単なる魔弾よりも効力が増し、より迅速に魔物を倒す事が可能になる。


「よくやった、ヴィオ!」

「ありがたきお言葉です、殿下!」


 ざっと六体程の魔物を撃ち抜いた後、残る中型の人喰い花は三体と、大型の一体だった。

 人喰い花の頭部に咲いた大輪の花の中央には大きな口があり、鋭い牙も覗いている。文字通り、恐ろしいあの口で人や家畜をバリバリと食べてしまうというのだから、こういう魔物は積極的に討伐するに限るだろう。

 実戦でも遺憾無く発揮された傘戦法に我ながら感心しつつ、私は続いて傘にまた更なる付与魔法を施していく。


「殿下、新魔法の実験がてら、ご協力をお願いします! 《ファイア・フィールド》セット! 続いて、《タイプ・ブレード》!」


 私の魔法が発動すると、周囲には煌めく赤い光の粒子が舞い始めた。

 これは私を中心として展開させた、属性活性化の設置型の付与魔法。この範囲内において、私が許可した者にのみ火属性の攻撃力アップが反映されるのだ。

 仮にこの魔物達に火属性の攻撃手段があったとしても、私と殿下以外にフィールドの影響は何も発生しない。


 付与魔法はあまり派手なものではないし、サポートに回る事で誰かを引き立てるような裏方向けの力だ。

 けれどもその力を最大限に活かせる仲間が居るのなら、主役の能力は一気に飛躍する。

 だから私は、フォルク殿下しゅやくを活躍させるポジションで良い。それこそが彼の騎士である今の私の役割であり、回復魔法しか使えない聖女だった頃には考え付かなかった戦い方だった。


「殿下は一番大きいのをお願いします! 残りは私が……全て、薙ぎ払いますっ!」

「ああ、速攻で終わらせるぞ!」


 そう言って、殿下は最も身体の大きな人喰い花へ目掛けて駆け出していく。

 私はそんな彼の背中を守るように立ち塞がり、残った三体と向き合った。


「お前達に、殿下の邪魔はさせません! はあああっっっ!!」


 新たに効果を上書きした《タイプ・ブレード》の魔法は、傘による打撃に鋭い切れ味を持たせる特性を付与出来る。城の庭で薪を斬れたので、きっとこの魔物達にも通用するはずだ。

 そうして大きく横に薙ぎ払った傘の斬撃は、私の予想通りに中型の人喰い花達をバッサリと両断する。その切れ味は、愛剣と変わらず。やはり魔法というのは、明確なイメージが出来るかどうかで出来が左右されるものなのだと実感する。

 私は元々剣を使って戦っていたからこそ、この傘にもそれと寸分違わない切れ味を再現させる事が出来たのだ。これを一般的な魔法使いに試させたとしても、私と同レベルの《タイプ・ブレード》を再現するには至らない事だろう。

 そして──


「我が剣よ、強く激しく燃え盛れ……獄炎斬波ごくえんざんはァァッ!!」


 私の掛けた《ファイア・フィールド》の効果により、フォルク殿下が剣に宿した火の魔力が活性化され、彼の剣に灼熱の炎の力が充填される。

 地面を強く蹴り上げて飛び上がった彼は、その地獄の業火のようなそれを人喰い花に振り下ろした。

 その次の瞬間、太いツルを振るって殿下を叩き落とそうとしていた人喰い花は、そのツルごと身体を斬り裂かれる。炎の熱と傘が焼ける臭いと共に、あの魔物は耳障りな甲高い奇声を発しながら、その命ごと燃え尽きてしまった。


「お見事です、殿下!」

「君の付与魔法のサポートも大きいさ。あれが無ければ、もう何度か奴を斬り付ける必要があっただろう。……それにしても」


 と、殿下がこちらに振り向きながら剣を鞘に収める。

 私も陽射しを避ける為、パッと傘を開いた。やはり少々太陽を浴びてしまったせいで、手袋越しでも触れた頬が硬質化しているのが分かってしまった。


「一人では厳しい数だったとはいえ、日中に君を外に出させるのは……やはり心苦しいな。君の綺麗な肌にヒビが入る所を見るのは、何度経験しても慣れない気がするよ」

「き、綺麗だなんてそんな……! それに、こんなの放っておけば治るんですから、どうか殿下はお気になさらずに!」

「……この前も言ったが、僕の為だからと無茶はしないようにしてくれ。元はと言えば、僕を庇ったせいで君がこんな体質になってしまって──」


 言いながら眉を下げた殿下の指先が、私の頬に触れる。

 石のように硬くなってしまっても、その部分に触れた彼の体温が伝わってきて、思わず心臓が大きく跳ねた。

 だから……! 下手に私の心臓に刺激を与えないでもらって宜しいですか……!? 身が持たないんですって、二重の意味で!!

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