第13話 だって私は戦う令嬢ですから
「あれは……」
アーデン領へ戻る道すがら、背後でフォルク殿下が小さく呟いた。
私は変わらず日光から肌を守る為、殿下にお借りした上着を被り続けたまま、充分に注意しながら前方を確認する。
どうやら彼が見付けたのは、街道沿いを移動する荷馬車だったらしい。積んである荷物の量からして、あれは商人の移動用の馬車だろうと分かった。
……というか、私にはあの荷馬車に見覚えがある。
殿下はすぐにその馬車の横に馬を向かわせながら、商人に向かって声を掛けた。
「すまない! 何か、日差しを遮られるような物は売っていないか?」
彼がそう訊ねると、荷馬車を走らせるその男性──痩せ型の穏やかそうな顔付きの商人、確かブルックと名乗っていた彼が、人の良さそうな笑みを浮かべてハキハキと答える。
「はい! 衣服から帽子、手袋など、丁度色々と仕入れてきたタイミングでございまして……と、そちらの女性はもしや……?」
と、上着を頭から被っている私と目が合うブルックさん。
「ど、どうも……先日はありがとうございました」
「ああ、やはり貴女様はアーデン家の! お知り合いの方とお会い出来たようで、何よりでございます!」
そう……彼が最初に目撃情報を提供してくれたからこそ、こうして殿下と合流する事が出来たのだ。
まさかこんなに早く再開するとは互いに思っていなかっただろうけれど、彼には流石に、私の身体の変化については打ち明けられない。いきなり「吸血鬼に噛まれました」なんて伝えてしまったら、自分も吸血鬼にされてしまうと悲鳴を上げて逃げ出すか、吸血鬼ハンターに通報されるのがオチだからだ。
ブルックさん自身は悪い人ではないはずだけれど、目の前に居るのが吸血鬼──といっても中途半端な存在だが──だと知れば、柔和な彼の態度も一変してしまうだろう。
……いくら知り合ってから間も無い相手とはいえ、初対面の私に親切にしてくれた彼を不要に怖がらせたくない。それに、ブルックさんにそんな態度を取られる事を想像すると、単純に怖かったのだ。自分が……化け物扱いされるというのが。
そのまま私達は少し街道から離れた草地で馬を休め、殿下が品物を見せてもらっている間、私は木陰で大人しく待機する事にした。
道中で何か必要な物が出て来た時の為にと持って来ていた銀貨の入った袋を彼に預け、何か良さそうな物があれば購入してもらう事になっている。
ふと木陰の下から空を見上げると、今日も過ごしやすい秋の空だった。
澄んだ青い空に、薄く白い雲がのんびりと漂っていた。そうして、愛らしい小鳥達がピチチ……と軽やかな鳴き声と共に空に飛び立ち、どこかへと去っていくのを見送る。
……この晴れやかな空の下に、私は無策で姿を晒す事が出来なくなってしまったんだなと、小鳥達を見ながら苦笑するしかなかった。
恩人であり、幼馴染であり、私の大切な初恋の人──フォルクハルト殿下を護る騎士を志す者として、あの時咄嗟に彼を庇った判断が間違っていたとは思わない。
それに、私の身に起きた吸血鬼化という異変は、自身の未熟さが招いた結果でしかない。
ただ……元から感じていた殿下との距離が、また大きく開いてしまったと考えると、不意に込み上げて来る何とも言えない寂しさを無視出来なかった。
以前の聖女としての私も、今の伯爵令嬢としての私も、元々は辺境にあった村で生まれた平民に過ぎない。
そんな私と、この国を興した英雄の血を継ぐ皇子であるフォルク殿下。
ただでさえ私達は、身分差が激しかったのだ。こんな私が殿下の幼馴染として交流を持つ事が気に入らないという令嬢もアカデミーには居たし、彼女達とはほとんど関わりを持たないまま卒業してしまった。
それでも彼女達は今でも私の事が気に食わないのだろうし、それはこれからもきっと変わらないだろう。……こんな経験は、聖女ヴィオレッタであった記憶の頃には無かった事だ。何せ、聖女様を差別するような人間なんて滅多に居ないのだから。
「……あれ? そういえばアカデミーに来た聖女って、誰だった……?」
本来であれば、私が聖女として勇者の旅に同行するはずだった。それがこれまで何度も夢に見た記憶であり、事実であった。
けれども時間が巻き戻った今、私は聖女にはならず、フォルク殿下も同様に勇者には選ばれなかった。
仕切り直された世界の中で、私達とは異なる聖女と勇者が、魔王討伐を目指して旅を始めている──。
「──、ヴィオ──おい、ヴィオレッタ?」
「は、はい! も、申し訳ありません! 考え事をしていて、返事が遅れてしまって……」
「いや、君も疲れているだろうし仕方がないさ。それよりも……」
ほら、と殿下が私に差し出して下さったのは、白い手袋と傘だった。
私が考え事をしていた間に買い物を終えていたらしく、いつの間にか彼がこちらまで持って来て下さっていたようだ。
私は慌ててそれらを受け取り、まずは手袋に手を通す。ブルックさんの扱う商品は質の良い物だったようで、布の手触りも滑らかだった。そして傘も手袋と同様に白い布地で、いかにも貴族のお嬢様が使いそうな上品な日傘──なのかと思ったのだけれど、何やら布の材質がちょっと一味違う光沢を放っている。
不思議に思ってよく観察してみようと目を凝らしていると、商品を片付け終えたブルックさんもこちらに来て、説明してくれた。
「そちらの傘には、老衰したドラゴンの翼の皮膜を使用しております。かなり大きな白竜だったようで、鱗や牙も様々な武器や鎧に加工されたそうですよ」
「これ、ドラゴンから作られたんですか!?」
「はい! そもそもドラゴンの素材は耐久性に優れ、魔法攻撃に対してもその効果を発揮するのは、アカデミー生なら誰もがご存知かと。そこで何か日用品にも応用出来ないものかと考案されたのが、こちらの竜翼傘なのでございます!」
「へぇ……。確かに、これなら……」
日常的に日傘を差しながら移動して、咄嗟にこの傘で魔物の攻撃から身を守る事も可能。更に言うなら、いかにもな武器ではないので、携帯していても警戒される事もほとんど無いだろう。
それに、この傘に付与魔法で特性を加えれば……!
「ブルックさん、素晴らしい品をどうもありがとうございます! 傘に加工出来るほど巨大なドラゴンのものでしたら、きっとかなり貴重なものですよね。お代は足りていましたか?」
「正直な所、お嬢様の仰る通りそちらは貴重な品ではございましたが……本音を言うと、これほど早く売れるとは思っていなかったのですよ」
「……確かに、値段を踏まえてもドラゴン皮の傘を欲しがる令嬢は少ないだろうからな。僕やヴィオからすれば実用的で丈夫な良い品だと感じるが、一般的にはレースを使ったような華美なデザインが好まれる」
「ええ、まさに仰る通りでして……!」
……それもそうか。普通の令嬢は、私みたいに戦闘に活かせるかどうかの視点で買い物をしないわよね。
「ですので、貴女様には是非ともそちらの傘をご愛用して頂きたく、今回はサービス価格でご提供させて頂いた次第でございます! かの有名な騎士、アーデン伯のご息女愛用の竜翼傘ともなれば、日焼けを気にする女性冒険者から人気が出るはずです!」
「そうか……令嬢には需要が無くとも、稼げる冒険者には需要が出る可能性があると」
「ええ、ええ! 元々女性向けのドラゴン製品は少なく、新たな需要を開拓したいのです……!」
新製品の宣伝の為とはいえ、サービスしてもらうのはちょっと心苦しい……。
だけど、この傘は私にとってはかなり重宝する事だろう。咄嗟に傘と剣を持ち替えて戦うのも面倒だろうし、後で実際に使い勝手を確認してみて、傘一本で戦うのを前向きに検討してみても良いかもしれない。
「……お任せ下さい! このヴィオレッタ・アーデンが、レース傘なんかじゃ出来ないような戦いぶりを見せてやりますとも!」
「ふふっ。張り切るのは良いが、あまり無茶をしてくれるなよ?」
「はい! ギリギリを攻めますっ!」
「……それを無茶と言うんじゃないか?」
「えっ、そうなんですか!?」
*
商人ブルックさんと別れた後、ようやくアーデンの城に到着した。
私達はすぐさまバルドールお義父様に会いに行き、殿下の無事と共に、自治領で遭遇したジークハルト殿下についての件。そして、私が吸血鬼に噛まれてしまった事を報告した。
「フォルクハルト皇子、よくぞご無事で……。そしてヴィオレッタ……身体は大事無いか?」
「ヴィオは完全な吸血鬼にはなっていないものの、ジークの言葉を信じるならば、それも時間の問題であるらしい。バルドール、何かこの件について知っている事があれば話してくれ」
「吸血鬼化……ですか」
殿下にそう問われ、お義父様は難しい顔を浮かべる。
「……わしが知っているのは、例え元は人間であったとしても、ハンター達は容赦無くその命を狙うという事のみ」
「それは……私も吸血鬼ハンターにとっては獲物に過ぎない、という事ですね」
「左様。彼奴らは人々の生活を守るべく、その腕を振るう。そこに身分の差など無く、仮にそなたが殿下を吸血し、共に吸血鬼となったとしても……平等にその命を刈り取るであろう」
「……となると、やはりヴィオの件は極秘に扱うしかないな。彼女をハンター達の手に掛けさせる訳にはいかない」
すると、お義父様が更に言葉を続ける。
「幸いにもヴィオレッタは半吸血鬼……ハーフヴァンプになった状態なのであろう? わしの方でも、治療の方法を探っておこう。ひとまず今夜は城で身体を休め、明日改めて帝都へ向かえば良かろう」
「……ジークが素直に情報を寄越すなら楽だが、また何かしらの策を巡らせてくるはずだ。バルドールには悪いが、しばらく色々と手を貸してもらう事になるだろう」
「いえ、これは帝国に仕える者として当然の事。……ジークハルト皇子が魔族と内通していると判明した今、彼奴が皇帝の座につくような事があれば、全人類の危機となりましょう」
ただでさえ魔王復活の兆しがある中での、ジーク殿下の魔族との内通発覚。
更には私が元の身体に戻る為の方法を調べなくてはならないのに、ハーフヴァンプになった事は公に出来ない……。
「……ジークとは、必ず決着をつける。あれはもう、僕らのよく知るジークハルトではないのだから。そして、ヴィオの事も……」
これらの事実を知るのは、ジーク殿下を除けば私達三人だけ。
情報漏洩による混乱を避ける為にも、最小限の人数で事態を解決に導かなければならない。
……魔王の事は、今は勇者のリュートさんに任せよう。
私達がジーク殿下の凶行を食い止める事は、きっと彼の役にも立ってくるはずだから。
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