第12話 ハーフヴァンプになるという事

 残った一つだけの魔石を大切に使いながら、私が乗ってきた馬に二人乗りしてアーデン領を目指した。

 どこに居るのか分からなかったフォルク殿下を捜索していた行きとは異なり、帰りは目的地がハッキリしているので、かなり早くドラゴンハート領を抜ける事が出来た。

 途中で立ち寄った村の近くで馬を休ませて夜を明かし、早朝に改めてアーデン城へと直行する。


 その道中、私はあの夜の山中でジーク殿下に告げられた言葉が、胸に引っ掛かっていた。

 彼が言っていた「あの日のお誘い」とは、もしかすると……。




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「……貴方、僕に仕えてみる気はありませんか?」

「そ、それは……私が、ジークハルト殿下の騎士になると……?」

「ええ! これは貴方にとっても、悪い話ではないと思いますよ? 残念ながらフォルク兄さんは、優秀ではありながらも【血】に問題を抱えています」

「フォルク殿下の……【血】、ですか……?」

「ライン兄さんと僕の母上は、由緒正しい家柄の令嬢です。けれどもフォルク兄さんの母は……どこの馬の骨とも分からない、得体の知れない女性です。そんな兄さんの騎士になっても……ヴィオレッタ嬢の将来は、決して明るくないのではありませんか? 僕では不満でしたら、ライン兄さんでも構いません」




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 あれは、今から九年も前……。フォルク殿下の誕生日パーティーでの、ジーク殿下と交わした言葉だった。

 宮廷を生活拠点にしているジーク殿下と顔を合わせる事はそう多くなく、アカデミーには行かなかった彼とした主なやり取りといえば、あの時ぐらいなものだ。

 ……彼は今でも、私を自分の騎士として側に置こうと考えているというの? 例え私が吸血鬼に身を堕としても、自分も魔族と繋がりがある立場だから問題が無いから?


「ヴィオ、体調に問題は無いか? もう日が昇って来る時間帯だが……」

「あっ……はい、今の所は問題ありません!」


 私が前、フォルク殿下は後ろ側で馬の背に跨り、彼が手綱を握りながら声を掛けてきた。

 東の空が明るくなってきた頃に出発したから、そろそろ太陽の光が直接降り注ぐ時間に差し掛かっている。

 伝承通りであれば、吸血鬼という魔族は日光を浴びると身体が灰になってしまうという。私も【誓約】があるとはいえ、完全に吸血鬼化の進行を食い止められた訳ではない。殿下にはああ言ったものの、実際に日光を浴びた身体がどうなってしまうのかは……まだ分からないのだ。

 殿下を捜す為に着てきた服は薄手の長袖と、馬に乗りやすいようにと選んだズボンだった。先日の討伐のように鎧を着ていると物々しい雰囲気になり、不審に思われて殿下を狙う輩を刺激する危険があると考えたからだ。

 この私服は完全に日光から肌を守れるようなものではないから、下手をすれば肉体に大きな影響を及ぼすかもしれない。それでも【誓約】の力で、ある程度はそれも抑えられる……と信じたいのだけれど。


「その……魔力の方は、まだ問題無さそうか?」

「ひゃっ、ひゃい! た、沢山補給させて頂いたので……大丈夫ですっ!!」

「そ、そうか……。もしまた必要になったら、遠慮せず言ってくれ」

「はいぃ……!」


 ううっ……声が裏返っちゃった……!

 未だに殿下とのキスの感触が残っていて、あの時の事を思い出すだけで、吸血衝動なんて一気に吹き飛んでしまうんですが!?

 で、でも、また殿下の血が欲しくなってしまったら……してくれるんですね……キス……。

 うわぁぁぁ! 今、絶対殿下と顔を合わせられない! 私、顔真っ赤で情けない表情してるに決まってるもの!!

 ま、まさか……嫁入り前だっていうのに、一生の憧れだったフォルク殿下とあんな……あんな濃厚な……!

 うぎゃぁぁぁ!! 思い出すな、ヴィオレッタ! 魔力補給とか吸血衝動とか無関係に、また殿下にキスしてもらいたくなっちゃうだろうがぁぁ!!


 ……さあ、お義父様の顔を思い出すのよ、私。

 強く凛々しい、バルドールお義父様。渋くてお顔が厳つくて、子供の頃はその顔が苦手で困らせて、小さな私を怖がらせないようにってワンちゃんのぬいぐるみを抱っこしながら裏声で「コンニチワー、ヴィオレッタチャン!」って挨拶していたお義父様の健気なコミュニケーションを思い出すのよ……!


 ……ああ、ちょっと落ち着いてきた。

 冷静さを取り戻すのに、バルドールお義父様を思い浮かべるのはかなり効果的だわ。流石は私の第二の父、偉大である。



 それから少し経つと、山の向こうから太陽が顔を覗かせた。


「……っ、陽射しが……!」


 斜め後ろから差し込んできた太陽の光が、剥き出しだった私の手の甲を照らし出す。その瞬間、手にビリっとした痛みが走った。


「おい、ヴィオ! 君の手が……!」


 後ろに座るフォルク殿下にも、私の手の甲の状況が見えたのだろう。

 痛みが走ったその箇所は、ほんの僅かではあるものの、陶器に入ったヒビのような小さな亀裂が出来ているのが分かった。


「手に……ヒビが……!」

「すぐに日陰に入ろう! このまま陽射しを浴び続ければ、君の身体が保たなくなる!」

「は、はい!」


 言いながら殿下は手綱を操り、すぐさま馬を近くの大きな木の下へと向かわせる。

 その木は大きく枝葉を広げており、身を隠すには充分な木陰を作ってくれていた。ひとまずそこへ移動した私達は、改めて手の甲に走ったヒビ割れをしっかりと確認していった。

 日光に晒された手は、皮膚が少し硬くなっている。特に、ヒビが入った辺りの部分は体温も低くなっているようで、殿下が触れた指先の感覚も鈍かった。

 けれども、しばらく木陰で休んでいると自然とその傷も治っていき、皮膚も元通りの温度と柔らかさを取り戻す。


「これは……どういう事なのでしょう」


 これでもある程度は、聖女の【誓約】によって吸血鬼化を抑えているのだろう。もしこれを済ませていなければ、私の身体はもっと酷い状態になっていたかもしれない……。


「吸血鬼化は不完全だと言っていたから、まだ楽観視していた点があったな……。すまない。僕がもっと早くこの事に気が回っていれば、夜のうちに城まで向かおうと提案しただろうに……」

「いえ、殿下の責任ではありません! 現に手は元通りになりましたし、服で隠れた部分には影響も無いようですし……」

「そうは言っても、このままでは日常生活にだって支障が出てしまうぞ? そうだな……何か、丁度陽射しを遮られるような物が用意出来れば良いんだが……」


 ひとまずこれを……と、殿下は制服のブレザーを脱いで私に差し出して言う。


「伯爵家の城に着くまでは、これを羽織って陽射しを遮ろう。途中でフード付きのローブや手袋が買えれば良いんだが……それまでどうか辛抱してもらえるか?」

「は、はい。ありがたくお借りさせて頂きます!」


 そうして私は彼からブレザーを受け取り、それを頭からすっぽりと覆うように被さった。


 ……いや、これはこれで不味い! で、殿下の香りに……包まれちゃってるんですが!!

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