第8話 竜人の住む地
ドラゴンハート領には、竜人の一族が暮らしている。
そこは、アーデン領の南東側にある地域だ。
竜人族の特徴として、まずは外見。
彼らは普段、私達人間とそう変わらない姿で生活を送っている。
異なる部分といえば、頭部に角が生えている事と、瞳孔が縦長である事だ。
竜人族は、初代皇帝である勇者様が建国された折、帝国傘下に加わった一族だという。
その切っ掛けは、勇者様のご一行に竜人族の長が加わっていた事。旅の後も、竜人族が一丸となって、末永くヘルデンラント聖皇国を支えていくという意志の現れであったと伝えられている。
けれども彼らは、私達人間よりも長寿であったり……巨大な竜の姿に変身出来るという特徴を持つ。
その二つ目の特徴により、多くの人類──主に人間達が彼らを恐れ、離れた土地で暮らした方が互いに安心出来るだろうという結論に至った。
当時は、魔物のように恐ろしい外見に変身する竜人を差別し、そんな目で自分達を見る人間との対立もあったらしい。
しかし……我がアーデン領は、彼らの治めるドラゴンハート領と隣り合わせなのだ。
これまでの長い歴史の中で、この近辺の地域においての竜人差別は無いに等しい。
特にバルドールお義父様が領主を務めるようになってからは、竜人にも張り合える酒豪であったお陰で交流が深まり、過去最高といってもおかしくない程に両種族の仲は良好だ。
私はここに引き取られるまで、竜人族に会った事が無かったけれど……彼らの印象は、とても良いものだった。
特に、領主であるイグナロン様。彼は、私がアーデン家に来てしばらく経った頃、お義父様が城に招いた際にご挨拶をした。
イグナロン様は、私が孤児であった事をお義父様から聞いた。彼には同じような年頃の子供がいらっしゃるようで、酷く胸を痛めた様子だった。
まだ幼かった私は、イグナロン様の鋭い角や目が怖くて、まともに顔も見れなかったのだけれど……。
それでも彼は、私を怖がらせないようにと屈んで目線を合わせて下さったり、喋り方にも気を遣っていたり……。私の誕生日には、未だに毎年贈り物を届けて下さっている。
私もお返しをして、その時にお礼の手紙を添えた事が切っ掛けで、今でもそのやり取りが続いていたりする。
私にとってイグナロン様は、初めて親しくなった竜人族なのだ。
そんなイグナロン様が治めるドラゴンハート領は、帝国の支配がほとんど及ばない自治領となっている。
ドラゴンハート領には竜人族しか暮らしていない為、独自の文化が根強い。それに加えて、一部の者達は未だに人間を快く思っていないらしく、帝国から人間の役人を送るのは危険が伴う。
実際に過去、何か大きな事件も起きてしまったらしく……。
それからは帝国側も交渉を諦め、この領地はドラゴンハート家に任せる方針になったのだとか。
現に私も、隣ではあれどドラゴンハート領には立ち入ったことが無い。
お義父様からは、大人になったら連れて行ってやると言われていたのだけれど……。
私は竜人の里ではなく、アーデン領との境に用があるのだ。あまり奥の方まで立ち入らなければ、余計なトラブルに巻き込まれはしない……と思いたい。
いざとなれば、私がアーデン伯爵家の令嬢であると身分を明かし、イグナロン様に繋いでもらう事になるだろう。……まあ、流石にそんな事態にはならないだろうけれど。
*
私がフォルク殿下を探して城を出発してから、二日目の昼。
今日も馬に付与魔法を掛けつつ、イルザに用意してもらった携帯食で空腹を満たした。
「よーし、よーし……。もう少し休憩したら、殿下探しを再開するからね〜」
途中で見付けた湖のほとりで食事を終え、朝からずっと走り続けてくれた馬に水を飲ませる。
付与魔法である程度の疲労は緩和されているはずだけれど、無理はさせられない。この魔法は、あくまで一時の補助。常時発動させるのは自力では無理だし、身体の疲れは少しずつ溜まっていく。
短期で使う分には便利な魔法だけれど、こういった長距離移動では、やはり休憩が必要になってしまうのだ。私も、勿論この子もだ。
しばらく休憩してから、私は再び馬に跨った。
今回はフォルク殿下の捜索という事もあり、あまり目立つのは避けたかった。
それで私一人で城を出たのだけれど、こうして単独行動をするのは、ある意味では気が楽だったりするのよね。
その理由は、同行者が乗る馬にも付与魔法を掛けずに済むからだった。
馬一頭だけであれば、私の魔力消費もそれなりに抑えられる。
魔石を使って、魔力の補助する事も不可能ではないのだけれど……。魔石は消耗品なので、緊急時に取っておきたいのだ。
殿下の目撃談があったのだから、今がその緊急時なのでは? という意見もありそうだけれど、私が見据えているのはその先だ。
いざフォルク殿下を発見したとしても、その時に手持ちの魔石が底をついていたら、そこから殿下を守る為に使う事が出来なくなってしまう。
それに商人の話では、殿下は脚に怪我を負っている可能性があるのだ。その治療には薬だけでなく、魔法による治療も必要になってくるかもしれない。
なので今は、私の素の魔力だけでやりくりをして、いざという時の為に備えておきたいのだ。
「殿下……貴方は今、どこにいらっしゃるのですか……?」
殿下を思うと、胸が騒めく。
目撃された黒髪の青年が本当にフォルク殿下なのであれば、アカデミーで勇者候補生に選出されるほどの高成績をおさめた彼が、どうして怪我を負うような事態に陥ったのか……。
彼を襲った何者かが、魔物以外の何か──殿下を狙う刺客か、この近辺であれば、人間を嫌う竜人族に遭遇したのだろうか?
私はそれら全ての可能性を考慮しながら、更に南東へと馬を走らせるのだった。
*
かなりの距離を進み、感覚的にはそろそろドラゴンハート領に入った頃だろうか。
道中で出会った旅人に声を掛け、黒髪のアカデミー生を見掛けなかったかと聞いたところ、何と収穫があったのだ!
その生徒はやはり怪我をしていたらしく、心配して呼び止めた旅人を無視して、そのままドラゴンハート領の方へと去っていったのだという。
「こっちは馬で移動してるんだから、そろそろ殿下らしい人物を見付けてもおかしくないはずなのに……」
森を抜けて視界が良くなったと思ったら、少し乾燥した草原に出た。
ドラゴンハート領は火の精霊が多く集まる土地である事から、アーデン領とは自然環境が少し異なっているのだと、イグナロン様からお聞きした事がある。
自生している植物もあまり馴染みが無いものが増えてきたので、やはり既にドラゴンハート領に足を踏み入れているのかもしれない。
アーデン領に近いこの辺りであれば、人間に友好的な竜人に会える可能性が高いだろう。誰かそれらしい人を見掛けたら、殿下の事を見ていないか聞いておかないと……!
そう思いながら馬を走らせていると、今度はゴツゴツとした岩場が見えてきた。
どこかに殿下が居ないかと辺りを見回してみれば、平になった岩の上に腰を下ろしている人の姿があった。
一瞬フォルク殿下なのではないかと錯覚したけれど、その人は彼よりも小柄だった。更に付け加えれば、その人物は黒いローブを見に纏っており、頭には大きなとんがり帽子を被っている。
私は馬を止めると、その小さな背中に向けて声を掛けた。
「お休み中のところ、申し訳ございません。私はアーデン領から参りました、ヴィオレッタという者です」
「えっ……アーデン領……?」
岩場に座ったまま振り向いたその人物は、炎のように赤い髪を背中に垂らした、愛らしい女の子だった。
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