第7話 新たな波乱

 その後も討伐作戦を続行し、巣として利用していたと見られる洞窟を発見した。

 洞窟の中には、子ゴブリンと親ゴブリンと見られる個体が複数。私達はすぐにそれらを討伐し、内部を探索する。

 幸いにも、この洞窟に捕らえられていた人の姿は無かった。

 あらかじめ持って来ていたゴブリン避けの薬草を使った薬液を撒いておけば、しばらくはこの周辺に新たな巣が出来る事もないだろう。



 森を抜けて街道に出た頃には、夕方近くになっていた。

 討伐報告の為にキアリ村へ戻る途中、後方から荷台を引いた馬車がやって来た。

 どうやら、かなり沢山の荷物を運んでいるらしい。馬車を操る御者の男性の身なりからしても、彼は商人なのだと思う。

 道を譲る為に少し横にずれたところで、私達の側で馬車が停まった。


「こんにちは。皆様は、キアリ村の自警団の方々でしょうか?」

「いえ、私達はアーデン伯爵の指示で救援に来たのです。この近辺に凶暴な魔物の群れが居たので、討伐を終えてきたところですよ」

「アーデン伯爵の……? というと、もしや貴女様は伯爵家のご令嬢ではございませんか?」

「はい。仰る通り、私がアーデン家のヴィオレッタですが……」


 声を掛けて来た商人の男性は、三十代ぐらいの痩せ型だった。

 商人ということもあって、人当たりの良さそうな穏やかな雰囲気だ。けれども何か心配事でもあるのか、その表情はどこか曇っているようだった。


「……何かお役に立てる事があるようでしたら、相談に乗りますよ?」


 私がそう言うと、彼は少し悩んでから、改めて口を開く。


「……大した事では無いのかもしれませんが、万が一という事もあるのでお話させて下さい。実は……先日、様子のおかしい青年を見掛けたのです」

「様子のおかしい青年……ですか?」

「はい……。あの日も今日のように、品物を仕入れに行った帰りでした。私はアカデミーの卒業生で、腕に自信はあるものですから、護衛は雇わずに馬車で移動をしていたのです」


 それから、商人の男性は語り続けた。

 ある程度腕に覚えのあったこの商人は、いつものように途中で飛び出してきた魔物を蹴散らしながら、いつも通りのルートを馬車で走っていた。

 しかし、前日に激しい大雨が降っていたせいで川が増水し、普段なら倒れる橋が使えない状況になっていたという。

 仕方がないので、橋を迂回して別の道から目的地へ向かおうとしたところ、その問題の青年を目撃したのだそうだ。


「その青年は、どうやら怪我を負っているようでした。片脚を引き摺るように歩いていて、たまたま近くを通り掛かった私を警戒していました」

「若い男性が、一人で……?」

「はい。彼は、アカデミーの制服を着ていました。チームを組まずに一人で討伐に行って、返り討ちにあったのかと思い、声を掛けようとしたのですが……。彼に渡そうと思い、積荷の中から傷薬を探している間に立ち去ってしまっていて……」


 周囲を警戒していて、単独行動しているアカデミー生……?

 今の時期は夏季休暇中で、確かに魔物討伐に行く時間も作れるはずなのだけれど……妙な胸騒ぎがして仕方が無い。

 早まる鼓動を感じながら、私は商人に詰め寄った。


「そのアカデミー生らしき青年の、外見の特徴を教えて下さい!」

「え、ええと……黒髪で、目付きの鋭い青年だったと思います」

「黒髪……!? その青年、もしかして剣を携えてはいませんでしたか!? 持ち手の色が真紅で、私のこの剣よりも少し長めの……」

「ああ、思い出しました……! そう、真紅! その剣と同じ色の眼をした、黒髪の青年でした!」


 黒髪に真紅の瞳と、同じ真紅をあしらった剣──フォルク殿下と同じ特徴が揃っている!

 卒業式の後に行方不明になった殿下なら、そのまま制服姿でいてもおかしくはない。アカデミーの制服は魔法で加工されていて丈夫だから、魔物と戦っても簡単には劣化しない。

 兵士達もフォルク殿下とは何度か顔を合わせた事があるから、その特徴を聞いて騒めきを隠さずにいた。


「すみませんが、その青年をどこで見掛けたのか覚えていませんか!? 私の……アカデミーの知り合いかもしれないんです!」


 本当は『私の大切な殿下かもしれない』と言いたかったのだけれど、念の為に情報は最小限に抑えておく。

 殿下が何故姿を消してしまったのかは分からないけれど、他の皇子との関係を加味して、殿下についての話はあまり公にはしたくなかった。

 フォルク殿下が何らかの理由で逃げ隠れなければならない場合、私のせいで彼に不利な状況にさせてしまう危険性があるからだ。


「えー……川を大きく迂回して行きましたから、そうですね……」


 と、商人は懐から地図を取り出した。

 その地図を私にも見えるように広げながら、当時彼が通ったルートを指先で辿っていく。


「ここをぐるっと回って……そう、ここの辺りです」

「ここは……竜人族の自治領に近いですね。本当に、その青年をこの場所で見掛けたんですね?」

「はい! この商人ブルック、アーデン伯爵家のお嬢様に、嘘など一切お伝え致しませんとも!」


 殿下らしき青年を目撃したという、竜人族の自治領──アーデン領のはずれの方に向かえば、その人物に会えるかもしれない……!


「情報提供ありがとうございます、ブルックさん!」

「いえいえ! もしも彼がこの近くに居るようなら保護して頂ければと思っておりましたが、私の方でもまた彼を見掛けた際には、すぐにアーデン家へご連絡を差し上げます!」


 それではお気を付けて、と再び馬車を走らせるブルックさんと別れてから、私達は大急ぎでキアリ村に待機させていたリジル達と合流した。

 私はすぐに事情を話し、村長への報告はリジルに任せて、一足先に城へ帰還した。

 この二ヶ月間、何の情報も得られなかった殿下の貴重な目撃談なのだ。ほんの僅かな時間でも、今の私には惜しかった。




 *




 アーデンの城に帰った頃にはとっくに陽が沈んでいたけれど、馬に付与魔法を掛けて、最大限の速度で帰宅した。

 すれ違った侍女達は何事かと驚いていたものの、「後で理由を話します!」とだけ告げて、魔道エレベーターに直行する。

 四階の執務室の扉をノックし、すぐにでも殿下捜索の許可を貰おうとしたものの……返事が無い。


「お嬢様……?」


 背後から掛けられた声に振り向けば、侍女のイルザが心配そうに近寄って来る。


「旦那様でしたら、今は食堂でお食事中のはずですけれど……。何か、緊急のご用件がおありでしょうか?」

「ええ……。そうね、貴女には先に伝えておくわ。……もしかしたら、フォルク殿下を見掛けたかもしれない人から話を聞けたのよ」

「フォルクハルト殿下が……!? それは一大事ですわね。早急に旦那様の元へ向かいましょう、お嬢様……!」

「ええ、すぐに食堂へ向かいましょう!」


 バルドールお義父様の食事中に、執務室の掃除を済ませてしまおうとしていたらしいイルザ。

 彼女からお義父様の居場所を聞き出した私は、彼女を連れて一階の食堂に向かった。


「お義父様! ヴィオレッタ、ただいま帰還致しました!」


 イルザに扉を開けてもらって中に入ると、ワインを飲みながら食事を楽しむお義父様が食卓に向かっていた。

 お義父様は私に気が付くと、笑みを浮かべて出迎えてくれる。

 しかし私の様子を見て、表情を引き締めた。


「よくぞ無事に帰ったな、ヴィオレッタ。……何か、わしに用があるようだな?」


 私はお義父様にキアリ村への救援任務が無事に達成出来た事と、その帰りに商人から聞いた情報を伝えた。


「ふむ……。そのブルックという商人の話が事実であれば、すぐにでも皇子を保護せねばならぬが……」

「……私は、この件を殿下捜索隊に伝えるべきではないと考えています」

「わしも……立場的にあまり褒められたものではないが、そなたと同じ考えだ。あのフォルクハルト皇子が、幼馴染であるヴィオレッタにすら何も告げずに姿をくらませたのだ。それには、何かしらの理由があるに違いない」

「……仮に皇位継承が絡む話であるのなら、まずは殿下に直接ご指示を仰ぐべきかと。逃亡生活中の資金や物資などの支援が必要であれば、秘密裏に殿下に提供しなければならないと思っています」


 商人ブルックの見間違いでなければ、殿下は脚に怪我を負っているのだ。

 徒歩で移動しているのなら、彼が目撃されてからそこまで遠くには動いていないはず。それならば、なるべく早い内に殿下を探した方が良い。


「私は、フォルク殿下の騎士になると決めています。殿下の身に危機が迫っていながら、このままじっとしているのは……」

「無理であろうな、そなたには。……ドラゴンハート領との境であれば、アーデン家の名を出せば立ち入っても問題はなかろう」

「それではお義父様、殿下捜索の許可は……!」


 私の問いに、お義父様が今度こそ笑みを浮かべて頷いた。


「ああ、行ってきなさいヴィオレッタ。そなたが生涯を捧げると誓ったお方なのだ。かの皇子の騎士を志すのなら、今こそその剣として、お役に立つ時であろうとも……!」

「はいっ、ありがとうございます! バルドールお義父様!」

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