第6話 ゴブリン討伐作戦
今回の討伐作戦が、いよいよ開始される。
私は六人のアーデン兵を引き連れ、問題となっている森の中へと足を踏み入れる。
魔物の数の多さを踏まえると、乱戦になる事が想定される。よって、私達が乗って来た馬は村に置いてきた。
村人達の話によれば、この森に出没する魔物は凶暴性が強いという。
単なる魔物討伐が目的であれば、数人でばらけて目標を探せば、効率よく見付けられるかもしれない。
けれども今回の場合では、少人数で捜索するのは危険が伴うだろう。
「魔物と接敵したら、いつも通り私がすぐに付与魔法を皆にかけます。陣形は崩さずに、このまま目撃情報があった奥の方まで進みます!」
「はい、ヴィオレッタ様!」
皆に向けて同時に魔法が発動するように、兵士達には私を中心にするように動いてもらっている。
名前が挙がっていたゴブリンは小鬼型の魔物であり、明確な繁殖期というものが無い。逆に言えば、奴らは常に発情期であるのだ。
その特性のせいか、世界的に生息数が多い。
巣の近くで見付けた人間を攫い、その男女を問わず、子作りの道具として扱う習性を持つ。
どうやら、ゴブリン同士では子供が産まれない事が理由らしいのだけれど……。相手が集団で攻めて来るなら、こちらも集団で相手をした方が安全だというのは、理解してもらえると思う。
そうしてしばらく森の中を進んでいくと、木の下にチラホラと木の実が落ちているのを発見した。
私はその中の一つを手に取り、よく観察する。
淡いピンク色の果皮に、黄色い果肉。中心部には茶色い大きな種があるその実は、プチュカと呼ばれる果樹から採れるものだった。
「ここに落ちているプチュカ……全てハズレみたいね」
プチュカには、アタリとハズレがある事で有名だ。
特にこうして森などに自生している樹だと、食べてみるまで分からないような、極端に酸っぱいハズレの実が混ざっている可能性が高いのだ。
私は酸っぱいのも好きだから、デザートに使われなかったハズレのプチュカを、サラダのドレッシングにしてもらうのが好きなのだけれど……。
「プチュカを食い散らかして、ハズレの物だけ食べ残したのね……」
「おや、この歯型……人間のものではありませんね」
「となると、この近くに魔物が居たという事になりますな」
「ええ……それに──」
と、私は手元の酸っぱいプチュカに視線を落としたまま、果肉の部分をじっくりと眺めた。
「プチュカが齧られてから、まだそれほど時間が経っていないようです。この実は空気に触れてからしばらく経つと、茶色っぽく変色するんです」
「ですが、ここに落ちている実は……」
「そう。どれもまだ、変色が始まっていない。……ついさっきまで、ここで魔物達が食事をしていた証拠です」
ガサガサガサッ……! と、周囲で何かが動き回る音がした。
それも一つではなく、複数……。音の聴こえ方からして、例のゴブリン集団と見て間違い無いだろう。
私達は瞬時に腰の剣を抜き、私を中心として円状の陣形を維持しながら、敵の警戒を強める。
そして、私は二つの付与魔法を発動させた。
「《プロテクト・ヴェール》! 重ねて《ストレングス・サークル》!」
外傷を負いにくくなる、防御強化の魔法、《プロテクト・ヴェール》──ある一定までの攻撃ならば、擦り傷すら負わない魔法の鎧。
そして、続けて付与した《ストレングス・サークル》は、私を中心とした広範囲の味方の身体能力を上昇させる効果がある。
剣を振るう腕は軽くなったように感じられ、普段よりも疲労が溜まらない。瞬発力も向上し、攻撃にも回避にも恩恵がある魔法なのだ。
……けれどもこれらは、付与する人数が多くなる程、その効果は薄くなる。より強力に、より長時間にわたって付与魔法を行使するならば、何らかの補助が必要になってくる。
「キシャアァァッ!!」
生憎にもアーデン兵には私以外に付与魔法使いがおらず、効果の重ね掛けは難しい。補助道具となるような魔石も無い為、私の魔力が限界を迎えれば、魔法の効果は無くなってしまう。
つまり、私達はこの魔法の効果が切れるよりも早く、この魔物達を倒す必要があるのだった。
木々の合間を縫って飛び出して来たのは、やはりゴブリンの群れ──だけではなかった!
何と、そのゴブリン達はブラッディハウンド……獰猛な狼型の魔物の背に乗って現れたのだ!
「どうしてゴブリンがブラッディハウンドを従わせているんだ!?」
「理由なんて、後から考えれば良い事です! とにかく今は、この魔物達の殲滅が最優先です!」
「はっ!」
私は、目の前に飛び出して来たゴブリンとブラッディハウンド……仮にゴブリンライダーとでも呼べば良いのか。それに向かって、アカデミー入学記念にお義父様から頂いた剣を振るった。
付与魔法の効果によって身体能力が上昇している今だからこそ、その一撃は敵よりも早く、確実に相手へ命中する。
まずは私に噛み付こうとしていた狼の首を落とし、バランスを崩して地面に転がり落ちたゴブリンの方を、兵士の一人が始末した。
他のゴブリンライダー達も、アーデン兵らの連携によって、次々に仕留められていく。
そうして喧騒が落ち着く頃には、十組のゴブリンとブラッディハウンドを討伐する事に成功していた。
「これで、ひとまずは落ち着いたようですね……」
念の為、もう少しプチュカの樹の周囲を見回ってみたものの、この近辺のゴブリンライダーは倒し切っているようだった。
「それにしても、キアリの村人達の証言は事実でしたね。ヴィオレッタ様は、アカデミーでこういった異種の魔物の共闘関係について、何か耳にした事は……?」
「残念ですが、こうした事例は今回が初めてですね。ゴブリンが魔物を乗り回す……ゴブリンライダーとでも言うべきこれらの存在については、後程アカデミーにも報告をしておこうと思います」
……ゴブリンもブラッディハウンドも、森や山で目撃される魔物ではある。
その二種が強力して人を襲っているというのをいざ目の当たりにしてみると、背筋がゾッとするような感覚に襲われた。
人間やエルフ、ドワーフ、魚人、獣人……私達人類は、この長い歴史の中で争う事もあれど、魔王という共通の敵を倒す目的の為に、互いに手を取り合う事を選んだ。
それと同じ事を……魔物達もしているのかもしれない。
私達人類という、魔物達の共通の敵を倒す為に……。
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