第5話 緊急事態

 城に戻った私は、魔道エレベーターに乗り込んで四階を目指した。

 バルドールお義父様の執務室に続く廊下を突き進み、突き当たりの部屋の扉をノックする。


「失礼します。お義父様、ヴィオレッタです!」


 名乗りをあげて数秒後、内側からドアが開かれる。

 すると、部屋の奥の執務机にお義父様が。その他には、部屋の扉を開けてくれた兵士が居た。


「ヴィオレッタ……丁度良い。そなたにも話しておかねば、と思っていた所だったのだ。リジル、改めて報告を頼む」

「はっ!」


 リジルと呼ばれた兵士は、アーデン家に仕える二十代後半の男性だ。

 彼にはフォルク殿下捜索と共に、領地周辺の見回りも任せている兵の一人だった。

 彼はお義父様に促され、私が来る前にもしたのであろう報告を繰り返す。


「アーデン領北東のキアリ村付近の森にて、魔物の群れの目撃情報が寄せられました。主にゴブリンが中心で、村の自警団では対処しきれない可能性が高いとの事です」

「この時期に、ゴブリンの群れですか? 少し様子がおかしいですね……」

「うむ……。魔王復活が近いせいか、相も変わらず魔物が活発化しているようでな。キアリの村長から、こうして正式に救援要請も届いておる」


 そう言って、お義父様が机に置かれていた書簡を手に取りながら、更に言葉を続ける。


「早急に討伐隊を編成し、明朝にもキアリ方面へもらおうと考えておるのだが……。ヴィオレッタ、そなたに兵の指揮を任せたい。出来るな?」

「はい! 領民の危機とあらば、この私にお任せ下さい!」


 フォルク殿下についての報告ではなかった事は残念だけれど、魔物の活発化も一大事には違いない。

 村近くの森にゴブリンらの群れが出没しているそうだが、これを放置していれば、魔物達がキアリ村を襲う可能性が高くなる。

 魔物は時折、食糧を求めて人里に現れる事がある。

 それは畑の作物であったり、家畜であったり──時には、人が喰われる場合もあるのだ。

 そのような事態を避ける為に、領主であるバルドールお義父様は兵士を募り、要請があれば町や村へ討伐隊を派遣する。


 お義父様が仰っていた通り、ここ数年の魔物達は様子がおかしい。

 聖女様による魔王復活の予言の後、世界各地で強力な魔物が出現した。

 この異変を収めるには、勇者が再度魔王を封印するか──今度こそ打ち倒すかしかない。

 それを果たすのは、殿下と私なのだとばかり思っていたけれど……。


 ……今の私に出来るのは、次期アーデン伯爵として、お義父様と共に領民を守る事だ!


「それでは明朝に向け、準備を整えておくように。リジルはすぐに動ける者を集め、ヴィオレッタに人員を報告するのだ」

「承知致しました、お義父様!」

「ははっ!」


 残念ながらフォルク殿下発見の報せではなかったけれど、大切な領民の一大事だ。

 今は自分も貴族の一員として、責任を果たさなければ……!




 *




 翌朝。

 太陽が顔を出すよりも早く、討伐隊の面々と共に、私は馬を走らせていた。

 うっすらと東の空が明るくなっていくのを眺めながら、十人の兵士を引き連れて北東を目指していく。


 私達が向かうキアリ村は、川を隔てた反対側に位置している。

 兵士達と共に鎧を着込んだ私は、先導するリジルに続いてひたすら進み……しばらくして、橋に到着した。


 川に架かった橋は石で出来ており、その上を何頭もの馬が駆けると、複数の硬質な音が奏でられる。

 しかしそれも、馬の速度ではあっという間の事に過ぎない。

 橋を渡ってもうしばらくすれば、昼前にはキアリ村が見えてきた。




 村に到着した私達は、救援要請を寄せてきた村長と顔を合わせた。

 そこで村長から詳しい事情を聞いてみると、いくつか判明した事があったのだ。


 一つは、森に遊びに行っていた子供がゴブリンを見た事。

 これは三日前の出来事で、それ以降は村人に森へ立ち入らないよう、注意喚起しているらしい。


 二つ目は、村の大人を集めて結成した、自警団からの情報だ。

 彼らは例の子供が大慌てで逃げ帰って来た後、すぐにゴブリン退治へ向かったのだという。

 けれども自警団の者によると、そのゴブリン達はどうにも凶暴性が強く、どうにかして逃げ出すのがやっとだったらしい。

 もしかしたら、森に新種のゴブリンが出始めたのではないか……と考えているそうだ。


 そして最後の一つが、どうやらそのゴブリンの群れが、他の魔物とも連携して襲ってきたというものだった。

 魔物というのは、他の種類の魔物と敵対している事が多い。

 その理由は、縄張り争いである事がほとんどだ。今回のケースのように、互いに協力して人間を襲う複数の魔物の群れなど珍しいものなのだ。

 そのうえ群れの規模とその凶暴さもあって、自警団だけでは事態を解決出来ないと悟ったのだそう。



 私は村長から聞いた情報をもとに、作戦を練った。

 村の周囲には丸太を加工した壁があるものの、守りには不安が残る。

 連れて来た兵士の四人は村の警備にあたり、残りの六人と私とで、群れの殲滅を行う事にした。


 アーデン家は皇族に仕える騎士の家系でもある事から、自領の兵士の練度も高い。

 そして私は付与魔法──ある特定の能力を向上させる類の魔法を得意としているので、それで彼らの力を底上げする。

 城下の守りを疎かにする訳にもいかなかったので、連れて来た兵士の数は少ないが……これである程度は、戦力を補えるはず。

 討伐に向かう隊の指揮は私が、村の守りを担う隊の指揮はリジルに任せた。


 森はそれなりに広いので、軽食を済ませてから改めて作戦を確認して、私達はそれぞれの任務を開始するのだった。

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