第4話 夕暮れのアーデン領

 私の自室は、城の本館三階にある。

 大改装されたアーデン家の城には、当時の最新技術が使われた昇降機──魔道エレベーターが設置されている。

 動力には魔石が使用されていて、年に数回のメンテナンスが必要になる。その際に新しい魔石に交換して、石に込められた魔力を消費し、階層を楽々と移動出来る優れものだ。


 アーデン城は居住スペースである本館と、来客用の部屋がある別館。それから東西に建てられた二つの塔があり、一貴族が所有する城としては、それなりに大きな建物であるらしい。

 バルドールお義父様は「せっかく建て直すのだから」と、元々は無かったエレベーターを組み込んだ、新たな設計図を用意させたのだとか。

 そのお陰で、外観だけでなく利便性も良くなった新生アーデン城は、領民からも観光客からも、更には城で働く者達からの評判も良い。

 ワイン産業と観光業が上手くいっているから、エレベーターの維持費にも困らない。この大きな城を日々清掃してくれている侍女や侍従達も、自由に使えるようになっている。


 子供の頃から頻繁に城を訪れて下さったフォルク殿下も、「宮廷にも、この乗り物があれば良かったのにな……」と羨ましがっていたのをよく覚えている。

 私も、こんな便利な乗り物が世の中にあるものなのかと、幼心に感動したものだった。


 チン、という軽やかなベルの音を合図に扉が開けば、そこはもう本館一階だ。

 それからすぐに城の玄関ホールを出て行けば、夏の終わりを感じる少し冷たい風が、夕暮れに染まる私の金色の髪を優しく揺らした。




 葡萄畑のある斜面の方に向かうと、夕涼みをしていた農夫達が出迎えてくれた。

 イルザの言っていた通り、収穫を控えた葡萄の育ち具合を聞かせてもらい、今年も無事にワイン作りが出来そうだと喜んでいた。

 来年の誕生日を迎えれば私もお酒が飲めるようになるので、その時には是非とも味の感想を伝えさせてもらうと約束をして、彼らと別れる。


 その足で、今度は町の方に続く道を行く。

 町の手前には花畑があり、そこでは少女達が集まって、楽しそうに会話をしている声が聞こえてきた。


「貴女達、そろそろ家に帰らないと危ないですよ!」


 と声を掛ければ、女の子達は一斉にこちらを振り向いた。


「あっ、ヴィオレッタ様だ〜!」

「見て下さい、ヴィオレッタ様! 前に教えてもらった花冠、上手く作れたと思いませんか?」

「わたしも、上手に出来ましたー!」


 彼女達とは何度か会話をした事があり、アカデミーの長期休暇でアーデン領に戻った際、花冠の作り方を教えてあげた事があった。

 その時にはまだ綺麗な輪っか状に花を編めなかった子供達だったけれど、今ではすっかり立派な物が作れるようになっている。

 今の時期に咲いていたのは、コスモスの花。

 白とピンクのコスモスを上手に織り交ぜて作られた輪っかを手にした少女達が、嬉しそうに微笑みながら駆け寄って来た。


「レナもヒルダもリタも、皆とっても上手に出来ましたね!」

「えへへ〜。ヴィオレッタ様がアカデミーに帰っちゃった後も、あたし達いっぱい練習したんだよ!」

「ヴィオレッタ様に……貰ってほしくて」

「え……私に、ですか?」


 思わず自分を指差しながら訊ねると、彼女達はこくこくと頷く。


「初めて上手く作れた花冠は、わたし達に教えてくれたヴィオレッタ様に渡そうって、三人で決めたんです!」

「だから……はい、どうぞ!」

「これからお城まで渡しに行こうと思っていたので、来て下さってちょうど良かったです」


 三人それぞれ、配色のバランスが違う個性ある花冠。

 彼女達がそんな風に思ってくれていた事は嬉しいけれど、私は首を横に振った。


「気持ちは嬉しいけれど、これは受け取れません」

「えっ、どうして……!?」

「あたし達の花冠じゃ、下手だからいらないの……?」

「ううん、そうじゃないの。……綺麗に作れた花冠だからこそ、これは貴女達のお母様にプレゼントしてほしいんです」

「ママに……?」

「はい。きっと、とても喜んで下さるはずですよ。……私のお母さんも、そうでしたから」


 今はもう会えない、私のお母さん。

 私に、この花冠の作り方を教えてくれた人。

 最初の頃は、私も全然上手く作れなかった。けれど、初めて綺麗に作れた花冠を持って家に帰った時、お母さんがとても褒めてくれたのを憶えている。


 ……もう顔も声も朧げで、ほとんど思い出せないけれど。

 私にとって、これはお母さんと過ごした大切な思い出の一つだったから──彼女達にとっても、そんな素晴らしい思い出となってほしかったのだ。


「……わたしのママ、このお花が好きなんだ。ヴィオレッタ様……ほんとに喜んでくれると思う?」

「ええ、勿論です」

「……ヴィオレッタ様がそうしたなら、わたし達もお揃いにする?」

「お揃い……してみたい! あたしもママに渡す!」

「それじゃあヴィオレッタ様にはまた明日、新しい花冠を持っていきますね!」

「はい、楽しみにしていますね。……さあ、暗くなる前に早く帰りましょう。私が家まで送っていきますから」

「「「はーい!」」」


 揃って元気に返事をしてくれた彼女達を連れて、私はコスモス畑を抜けて町を目指した。




 *




 子供達を家まで送った後、久々にゆっくりと町を見て回った。

 そしてイルザが言っていた通り、最近私が城にこもりきりだったせいか、町の人達からひっきりなしに声を掛けられた。

 殿下の事が心配で塞ぎ込んでいた私は、こんなにも彼らを不安にさせてしまっていたのだな……と、改めて貴族としての自覚を持たねばならないと思わされた。


 オレンジ色の夕焼けが眩しく輝き、人々は家族の待つ家へと帰り始める頃。

 私もそろそろ城に戻らなければと帰路につき、しばらくした頃……遠くから、馬が駆けて来る音が聞こえて来た。

 ふとその音の方へ顔を向けると、馬に乗った鎧姿の男性が見えた。その人は私と同じく、城の方に向かっているらしい。


「……何かあったのかしら」


 ……待って。あの鎧は、アーデン家の兵士のものだ。

 遠かったから誰かまでは特定出来ないけれど、多分彼はフォルク殿下の捜索を任せていた者の一人だろう。

 そんな兵士が、あんなにも急いで城を目指しているのなら──


「殿下の事で、何か分かったのかもしれない……!」


 私も大急ぎで城に向かい、あの兵士が報告に行ったであろう、バルドールお義父様の執務室を目指すのだった。

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