第2話 貴方への贈り物と引き換えに

 私の初恋の幼馴染は、一つ歳上の皇子様である。


「もうすぐですね、フォルク殿下」

「ああ……。僕が正式に勇者になれば、君は僕の騎士として、共に旅に出られるようになる」

「殿下が勇者に選ばれるのは、絶対に間違い無しです! ……それでもやはり、少し緊張してしまいます」

「ふふっ、君が緊張してどうするんだ。壇上に呼ばれるのは、君じゃなくて僕の方なんだぞ?」


 そんな彼に長年の片想いを拗らせている私、ヴィオレッタ・アーデンは伯爵家の一人娘だ。

 そして、ヘルデンラント聖帝国の第二皇子である彼──フォルクハルト殿下。

 更に言うならば、彼はつい先日の卒業パーティーで、私のダンスパートナーになった相手でもあったりする。


 本来であれば、私は彼とこんな風に学園生活を送れるはずがなかった。

 元々平民だった私は、幼い頃に両親を火事で亡くしている。地方の視察に付き添っていた殿下が、私が大火傷で死に掛けていたところを偶然発見し、救って下さったのだ。

 その際に彼が優秀な治癒術師を呼んで下さり、私が負った火傷は綺麗に治療してもらっている。……けれども昔からある例の背中の痣だけは、どうにもならなかったようだけれど。


 ヘルデンラントは遥か昔、魔王を封印した勇者様によって興された国である。

 その血を受け継ぐフォルク殿下は、勇者の再来と言われる程の才能をお持ちなのだ。

 殿下は皇族の一員として、予言にある“魔王復活”に備え、幼少期から剣と魔法の腕を磨いてきた。

 私はそんな殿下に少しでも恩返しが出来ればと、彼の旅に同行したいと願い出た。

 そうして私は十四歳、殿下は十五歳の頃に同時にアカデミーへ入学し、あっという間に五年もの月日が経った。


 今年で二十歳になるフォルク殿下は、サラサラとした黒髪に真紅の瞳が映える、絶世の美青年に成長を遂げた。

 そんな彼に渡すアカデミーの卒業記念として、ピアスを用意してあるのよね……。私の瞳と同じ紫色の宝石をあしらった、上品なデザインの物だ。

 それを渡そうとタイミングをうかがっているのだけれど、どうにも緊張してしまって、なかなかプレゼントを渡せずにいたのだった。


 まもなく講堂で卒業式が始まり、その場で成績上位の勇者候補生の中から、魔王討伐に向かう勇者が決まる。

 けれども、勇者の末裔である殿下が、何故アカデミーに通わなければならなかったのか。その理由は、彼のご先祖様である勇者様ご自身が、単なる平民の生まれであった事にある。

 何の変哲も無い農村出身であったという勇者様は、故郷を守る為に強さを求め、旅の中で立ち寄った教会で聖女様から神託を受けたのだという。

 その後、魔王を封じた勇者様は人々を纏め、故郷の村を大きくしていき、やがてそれが一つの国になっていった。それこそが、ヘルデンラントという国の始まりだったのだ。

 現代にも続く勇者様の家系は、誰もが武勇に秀でた者ばかりという訳ではない。そもそもが村人から始まった血筋なのだから、魔王復活が危ぶまれる現在、次なる勇者もまた平民から見出される可能性もある──というのが、教会が出した見解だった。


 確かに今年の卒業生は、フォルク殿下以外にも優秀な生徒が多かった。しかし、それでも私は殿下が勇者になるのだと信じている。

 ……頻繁に見るあの夢の中でも、私らしき人物が殿下によく似た黒髪の勇者を庇っていた。あれがもしも正夢なのだとすれば、私は勇者となった彼を庇って死ぬ運命なのだ。

 死んでしまう事は辛いし、怖い。それでも、彼が死ぬよりはずっと良い。私一人の犠牲だけで世界が救われて、フォルク殿下が真の勇者となれるのなら……それで良いから。

 まあ、あれが仮に正夢でも何でもないただの悪夢であったとしても、絶対に殿下が勇者になれるに決まっているのだけれど!



 講堂へ向かうには、本校舎から外へ出る必要がある。周囲には人影がほとんどなく、私達以外の卒業生達は、ほぼ全員講堂に集まっているのだと思う。

 ……渡すなら、人目が少ない今がチャンス!


「あ、あのっ、殿下!」


 私は思い切って彼を呼び止めると、小箱に入ったピアスを両手に乗せて差し出した。


「少し気が早いとは思いますが、卒業の記念品をご用意しました!」

「これを僕に……?」

「はい! お気に召さなければ、売り飛ばして路銀にして頂いても構いませんので……!」


 すると殿下は、私の手から小箱を取り上げると、中身を確認する。

 彼の形の良い唇の端が軽く持ち上がり、嬉しそうに目を細めた。


「……綺麗な色の石だ。美しいすみれ色……これを眺めていると、穏やかな気持ちになる」


 ピアスを手に取った彼は、早速私が贈ったピアスに付け替え始めたではないか。

 まさか、こんなにすぐ身に付けて下さるとは思いもしていなかった。

 それに彼は、紫色の宝石を見て『穏やかな気持ちになる』と仰って下さった。

 ……フォルク殿下にとって、私もそのような存在であれば良いのだけれど。


「……どうかな。似合ってる?」


 彼の耳元で、私の贈ったピアスが陽の光に輝いた。

 普段はあまり笑わない殿下が、私に向けて下さる笑顔。それを魂に焼き付けるように噛み締めながら、私は大きく頷く。


「……っ、はい! 大変よくお似合いです!」

「それなら良かった。……大切にするよ。絶対に」

「そう仰って頂けるだけで、私は幸せです……!」

「実は僕も、ヴィオに贈り物があったんだが……。卒業式の後に渡そうと思って、寮に置いてきたままなんだ。少しお返しが遅れてしまうが、許してもらえるかな?」

「えっ、本当ですか!? わ、私なんかの為に……ありがとうございます!」

「大袈裟すぎるよ。それに……『私なんか』だなんて言わないでくれ。君は、僕の大切な幼馴染なんだから」

「……はい、殿下」


 そう。私は殿下の『幼馴染』であって、『恋人』ではない。

 だってそもそも、彼は私のような平民出身の小娘と結ばれてはならない、尊い血筋のお方なのだから……。


 叶わない恋心を告げられない代わりに、せめてそのピアスだけでも、貴方に受け取ってもらえれば──


「そろそろ時間も迫っている事だし、僕らも講堂へ急ごうか」

「はい……!」




 *




「将来有望な勇者候補の卒業生達、五名の中から選ばれたのは──



 リュート! リュート・ジンです!」


 はるばる中央教会からやって来たという聖女様から名前が書かれた紙を受け取った理事長は、高らかにその名を読み上げた。

 ……フォルクハルト殿下ではなく、特別に今年度の五年生から入学を許された、平民出身のリュートという男子生徒の名前を。


「どう、して……」


 私のか細い問い掛けは、周囲の卒業生達のどよめきと、割れるような拍手と歓声に掻き消される。

 壇上で笑顔を浮かべるリュートさんと、握手を交わす理事長。

 その後方で、感情の無い顔でそのやり取りを眺めるフォルク殿下。

 どうして。何故? こんなはずじゃなかったのに!


 ……そう、こんなはずじゃ……なかった、と。


 ……私の中で、何かが胸の奥に引っ掛かっている。


 呆然としている事しか出来なかった私を置いて、時間は残酷に流れていってしまったらしい。ふと気が付いたら、とっくに卒業式は終わっていた。

 講堂の外では、泣きながら語り合う同級生達や、賑やかにこの後の予定を話し合う卒業生らで溢れかえっている。


「……そうだ。殿下から、私宛ての贈り物があるって言われてたんだ」


 ざっと辺りを見回してみたが、彼らしき人物の姿は見当たらない。寮に置いてきてしまったと言っていたから、荷物を取りに戻っているのかもしれない。


「捜しに……お迎えに、あがらないと……」


 でも……いざ殿下にお会いしたら、何と声を掛けるのが正解なの……?

 彼は勇者としてアカデミーを卒業し、私はそのお供をするはずだった。

 けれどもそのお役目を果たすのは、フォルク殿下ではない。


「私は……どんな顔をして彼に会えば良いの……」




 ……けれどもこの後、私は彼からのプレゼントを受け取る事は無かった。

 何故なら、卒業式での勇者発表の後、フォルク殿下が突如として姿を消してしまったからだった。

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