第15話
「さてと、この辺で良いだろう」
グローリー家を後にして、乗合の馬車で近くの村まで送って貰った後、私はロックスの街を目指して歩いていた。
「十分程歩いてみたが、何も起こる気配はないしつまらんな。『縮地』を使ってさっさと街に行ってしまうか」
送って貰った村からロックスの街までは、順調に行っても丸二日はかかると青年は言っていた。私の徒歩と青年の徒歩を比較した事がないので、実際の時間は分からないが、そのくらいは掛かると推測している。
道中面白い事が起こると期待して、徒歩で進んでいたのだが、何も起きる気配は感じられなかった。流石に二日間も退屈な時間を過ごす気はない。
私は剣の柄を握り、『縮地』スキルを発動した。剣術スキルである『縮地』を発動させる為には、剣を手に持っている必要があるので少し面倒だ。
スキルを発動したのと同時に、私の見ていた景色が瞬時に切り替わる。先ほどまで立っていた場所から、五百メートルは移動しただろう。これを魔力が尽きるまで続けていけば、徒歩で行くよりも遥かに早く着く。
「さて、ロックスの街まで急ぐとするか」
そう呟きながら『縮地』スキルを発動していく。不恰好ながらも、誰の目にも止まる事なく俺は移動をしていった。
それから三時間が経過し、私は無事にロックスの街に到着する事が出来た。道草をしていたら思ったより時間が掛かってしまったのだが、移動を楽しむ事が出来たので、まぁ良しとしよう。
それに、先程まで私は丘の上に立っていたのだが、ロックスの街を見渡す事ができる丘の上に出られた事で、移動時間を更に短縮する事が出来た。
その結果、魔力が底を尽く前に街へと到着した。これから街に入ってギルドに行き、冒険者登録を済ませたら休みを取る事にしよう。最後に目の前に見える門まで『縮地』で移動すれば、無事にロックスの街へ到着だ。
「『縮地』」
この三時間で何度も行ってきたスキルを発動させ、門前へと一瞬で移動する。すると、突然目の前に現れた私の姿に驚いたのか、門を守っていた兵が後退りしながら槍を構えてきた。
「な、何だ突然!何者だお前は!!」
「私か?私はアレックス・グローリーである。グローリー男爵家の三男だ」
「グローリー男爵家だと?み、身分を証明するものはあるか!?」
「身分を証明するものか……父上からの紹介状でよければあるのだが。それでもいいか?」
「御当主からの紹介状か!それを見せてみろ!」
私は兵に言われた通り、父上が私のために書いてくれたギルド宛の紹介状を提出した。そこには、私の容姿と名前と身分を保証する旨が記載されており、グローリー家の紋章も刻まれている。
「なるほど……容姿と名前は一致している!それではこの石板に血を垂らすのだ!」
「ほう、『真理の石版』か!見るのは初めてだが、書物通り血を垂らして使うようだな!何故これが劣化せずに長年使えるか分からないが……それに血が消えるというのも不思議だ。やはり……」
「早くしろ!そこの窪みに血を入れれば、君が犯罪者かどうか判定してくれる!」
『真理の石版』をじっくり観察したかったのだが、兵に急かされてしまい、私は泣く泣く指先から血を垂らして窪みへと流し込む。流し込んだ血は一滴程であったが、みるみるうちに石版全体へと広がっていった。そして、私の血が全体へと流れ終わると石版が青い輝きを放つ。
「よし!君は犯罪者じゃ──」
「素晴らしい!これが『真理の石版』か!私が窪みへ流し込んだ血の量では到底足りないはず!それなのに、何故石版全体へと広がっていけたのだ!まさか、増幅の魔法式が組み込まれているのか?<血を増やす>という項があるかもしれない!」
「うるせぇぇぇぇ!!」
石版へとしがみついていた私を引き剥がす兵士。どうやら自分の会話を遮ったのが癪に触ったのか、額に血管が浮き出ていた。
「もう一度言うが、君は犯罪者じゃなかった!!ロックスの街へ入るのは問題ない!でも今みたいな変な行動は街中でしないように!いいね!」
「承知した。だが私は街中へ行くよりも、まずはこの石版に興味があるのだ。『分析』させてもらっても宜しいか?」
以前の私なら、兵に確認を取ることもなく『分析』スキルを発動させていただろう。だが今の私はそんなデリカシーの無い事はしない。エリスに教えて貰ったとおり、礼儀を大切にしなければならないのだ。そうすれば相手も気を良くして、あれよあれよと事は進んでいく。これぞ『甘え上手』と言う奴だ。確か上目遣いというものをすればさらに効果的らしいが。
「『分析』?何だか知らないけど、石版はここから持ち出す事は禁止されてる!それに後がつかえているんだ!ほら、行った行った!」
しかし私の『甘え上手』も虚しく、兵士は私に背を向けてしまった。仕方がないが取って置きを見せるしかないだろう。エリス直伝の『上目遣い』をなぁ!!
「兵士殿……」
「なんだ!こっちは忙しいん……」
「『分析』させてくれないか?」
中腰になり、膝に手を当てる。自分の腕で胸部を中心に押し寄せる。更には舌を口からペロッと見せて、首を斜め四十五度に傾ける。そして必殺の大きな目で下から相手の事を凝視する。これがエリス直伝の『上目遣い』だ。
「……何やってるんだ君は。気持ち悪いから早く街の中へ入りなさい」
しかし、兵士にはその必殺技すら効かなかった。仕方なく、石版を分析する事を諦めて、街の中へと進む事にした。
「それにしても、全く効かないではないか。エリスの奴め。帰ったら説教してやらねばならんな」
気を取り直し、ロックスの街中を堂々と歩き始める。風の噂で息子が『変人』と呼ばれているのを両親が知るのは、それほど遠くない未来の話である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます