第14話
レッドベアーを倒してから一年が経過し、遂に私がこの屋敷を離れる日がやってきた。昨日、家族や従者全員でお別れ会を行ったのだが、父上と母上は寂しさからか涙を流していた。
「荷物は持ちましたか?」
「ああ。アイテムボックスに収納してある」
「そうですか。では、お昼は持ちましたか?」
「ああ。アイテムボックスに収納してある」
「そうですか。では、武器は持ちましたか?」
「……エリス、私はもう子供じゃないんだ。いい加減過保護にするのは止めてくれ」
エリスにそう声をかけるも、彼女は知らん顔で俺の荷造りを手伝っていく。淡々と作業をしているように見える彼女だが、昨日は夜中まで泣きながらワインを飲み交わしたのだ。
「いよいよ、坊っちゃまもグローリー家を離れてしまうのですね……」
「仕方ないだろう?私はこの世界に数多ある不思議を、この身で体感したいのだ。その為には世界中を旅する必要がある。それに、年に数回は帰省しようと考えているから、そんなに心配するな」
この一年間で、俺は家族の皆からどれだけ愛されているかを知った。書物では知り得る事が出来ない、視認することも触れる事も出来ない、物理的に存在しない概念上の存在。私がそんなモノを饒舌に語るのをおかしく思う奴もいるだろう。
だが私はソレを知った。その結果、彼等が私を愛してくれているのと同じように、私も彼等を愛していると理解した。彼等が私を愛し、大切にしてくれたように私も彼等を愛し、大切にしたい。
「冒険者の仕事が安定したら、年に数回は仕送りを出来るようにする。ユグル兄様とバン兄様にも、顔を見せに行くさ」
「それはユグル様達もお喜びになるでしょう。帰省はいつ頃のご予定ですか?」
「今から立つと言うのに、もう帰省の話か?……まぁ来年の春だろう。冬は道が険しくなるからな。ユグル兄様に会いに王都へ行ったりすると、大体そのくらいになる。まぁ気長に待て」
「畏まりました。楽しみに待つ事に致します」
エリスがそう言って頭を下げる。彼女とはこの一年でより大分仲良くなった。
レッドベアーを討伐した事を父上に報告したら、こっぴどく叱られた。勿論お礼を言われたりもしたが、その後半年以上一人で森へ行く事は禁止された。
それからはエリスと共に森へ行き、フーワラビットやレンゲ鳥を狩ることしか許されず、それが終われば即帰宅であった。そのせいで魔物の生態を調査する事は出来なかったが、まぁ屋敷での穏やかな暮らしも中々悪いものではなかったと言える。
お陰で私は人として成長出来た。エリスからデリカシーが無いと言われていたこの私が、今ではゴブリンよりは有ると言われているのだから。
「さぁ坊ちゃま。外で村の者がお待ちです。乗合いでよろしかったのですよね?」
「ああ。屋敷からでてしまえば、平民と変わらないからな。それに、その方が楽しいだろう?」
自室を出て、階段を降りながらエリスとの会話を続ける。屋敷の扉の前には、両親と全従者の姿があった。
「しっかりやるんだぞ!怪我をしないようにな!」
「体調に気を付けてね?何かあったら直ぐに私達を頼りなさい?」
「大丈夫です。父上も母上もお身体には気をつけて。皆も身体には気をつけるのだぞ!」
家族に見送られながら、屋敷を後にする。エリスや両親に手を振りながら、村の乗合馬車に乗り込んでいく。
「お別れは宜しいですか?」
「ああ。出してくれ!」
御者を務める老人に返事をすると、馬が一声鳴いて馬車は動き始めた。家族の姿がどんどんと小さくなっていく。暫くして、グローリー家の屋敷が見えなくなり私の旅路は始まった。
「……寂しいな」
周囲の人間に聞こえないように、ポツリと呟く。ユグル兄様もバン兄様も同じ様な気持ちになったのだろう。早く兄様達に会って、酒を飲み交わしたいものだ。きっと二人は立派に働いている事だろう。
私が物思いに耽っていると、目の前に座っていた青年が話しかけてきた。
「アレックス様はどこへ行かれるんですか?」
「私か?私の目的地はロックスの街だ。そこで冒険者登録をして依頼をこなしながら各地を回る予定だ」
私がそう答えると、青年は驚いたように口を開いて見せる。
「はぁーロックスの街ですか!てことはこの先の村から歩いて街まで向かうんですかい?」
「そうだな。お前は……いや、君はどこへ行くんだ?」
「私はこの先の村に用事があるんでさぁ。というか、ここに乗合してる奴はアレックス様以外全員が村に用事があるんです」
「そうなのか。じゃあそこまでの旅路、宜しく頼む」
青年達と私を乗せた馬車はこの先の村までの乗合である。そこから先は自らの足で、ロックスの街まで歩いていかなければならない。まぁ、今の私であれば直ぐに到着できるのだが。
なぜなら、レッドベアーを討伐した事により、『再構築』のスキルレベルが1から2へ上がったからだ。その結果、今まで一項しか出来なかった書き換えが二項へ増加したのである。つまり、今の私は二項分の『再構築』を行えるのだ。
だからといって無闇に『再構築』していくと、消費魔力が多くなったり、発動しないという事態に陥ってしまう。項が増加したからと言って、手放しで喜べるものでは無いのだ。
「そう言えばアレックス様。村からロックスの街までは丸二日かかりますが、大丈夫ですかい?」
「ああ、問題ない。私には魔法があるからな」
「おおぉ、流石です!レッドベアーを討伐した英雄だけありますなぁ!どんな魔物が出てもイチコロでしょうね!」
青年や他の者達が、私の魔法について会話を始める。確かに私の『火球』は凄まじい威力を誇っている。だがしかし、今言った魔法は攻撃魔法についてではなく、移動魔法についてだ。まぁ移動魔法と言っても、実際は剣術スキルの『縮地』なのだが。
『縮地』は<10メートル以内の><任意の位置に><瞬時に移動する>という式で構築されている。それを<任意の位置に><瞬時に移動する>という風に再構築したのだ。これにより、範囲指定は無くなり自分が指定した位置に瞬時に移動出来るようになったのだ。
消費魔力は移動距離によってばらつきがあるため、遠すぎる位置は指定する事が出来ない。それに、私が一度目にした場所でなければ指定できないのが厄介だ。
<ロックスの街に><瞬時に移動する>と書き換えてしまうと、魔法式が成り立たなくなってしまう為、それは出来なかった。まぁ一度街に訪れてしまえば、この式も成り立つ可能性は出てくるが、それはついてからのお楽しみというやつだ。
それから、私はガタつく馬車に揺られながら、村までの道のりを楽しむのだった。
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