第10話
狩りから帰ってきた私と父上を母上が出迎えてくれた。私はアイテムボックスから今日狩ってきたフーワラビットを取り出してメイドへ渡す。その足で風呂に入り、体をさっぱりした後、私はバン兄様の部屋へと向かった。
扉を三度ノックした後、返事を待たずに部屋の中へと入っていく。
バン兄様は私に気付くことなく机に向かってひたすら勉強をしていた。目の下にはクマが出来ており、見た目も少しやつれている。商人見習いとしての働き口が見つかってから、バン兄様は寝る間を惜しんで勉強に時間を割いていた。
「バン兄様、夕食の時間です。父上も母上も待っていますから、行きましょう」
「あ、ああアレックス……もうそんな時間か。全然気づかなかった」
バン兄様は時計を見て驚いていた。朝からこの時間までぶっ続けで勉強をしているのはとても凄いことなのだが、どうにも効率が悪いのが兄様の悪いところだ。
私はもっと効率の良い勉強法があると言いかけて、口を閉じる。正論をぶつけるだけでは、また兄様の怒りを買ってしまう。私も処世術というものを身に着けたのだ。
「根を詰めすぎてもお体に障りますから。適度に睡眠をとってください。昼間に学んだことは睡眠をとることで記憶に定着すると言われております。夜はしっかりとお休みになってください」
「そうなのか……わかった。夜は早めに寝るようにするよ」
バン兄様はそう言って椅子から立ちあがり、フラフラとおぼつかない足取りで部屋を出ていく。私も兄様の後に続いて屋敷の中を歩いていった。
食堂の扉を開けると、既に料理が運ばれており父上と母上も席に着いていた。私達も自分達の席へと歩いていき席に座る。
食事を始める前に父上から話があった。
「ユグルから手紙が来た。どうやら無事に三学年へ上がれるそうだ。これで来年の四月にはユグルも騎士団入りが確定したようなものだな!」
そう言って笑みを浮かべる父上。騎士育成学園は三年制の学園で、成績不十分だと留年もしくは退学になるそうだ。ユグル兄様はどうやら無事、三年生になれるらしい。その後は数年間、騎士団に入って活動するそうなのだが、私としては早くグローリー家を継いでもらいたいものだ。
そんな私の願いを知る由もなく、父上は話を続けていく。
「それと、今日のメインはアレックスが狩ってきたフーワラビットだ!皆アレックスに感謝するように!」
父上がそう言うと、家族全員が俺に手を合わせて祈りを捧げてきた。最早これも習慣化している。数カ月前、父上に将来冒険者になるための訓練をして欲しいと頼み込んだことがきっかけで、私と父上は毎日のように森に入るようになった。
それからというもの、毎日狩ってくる獲物が食卓に並ぶため、ユグル兄様が居た時よりも、食事は豪華になっている。だが母上は私が森に行くことを良く思っていないのだ。
「アレックス……今日はゴブリンに遭遇したんですって?やっぱり冒険者なんて危険な職業目指すのは止めなさい!収入も安定しないし、危険と隣り合わせなのよ?貴方なら学者にでもなれるわ!」
母上は名案を思い付いたと言った顔で私に提案してくる。だがこの問答もすでに何十回やったことか。私は何度も学者にはならないと言っているのに。母上の頭からはその記憶が綺麗に抜け落ちてしまっているのかもしれない。
私は心の中で大きな溜息を零しながら、静かに返事をする。
「何度も言っていますが、学者にはなりません。私は冒険者になって、世界を旅するのです」
「冒険者だなんて危険だわ!それに、学者になれば自由に好きなことを研究できるのよ!?もしかして学者が嫌いなのかしら?」
「嫌いではありません。寧ろ尊敬しております。光に速度があると提言した『リ・キュール』は私の尊敬する人物の一人です。ですが、学者になればその結果も功績も、全て国に捧げる事となり、国の意思により行動を制限される可能性があります。私はそれが嫌なのです」
私が必死に反論するも、母上の表情は曇ったままだ。その間に、バン兄様の方からカチャカチャと食器の音が鳴り始める。兄様も私達の会話に飽き飽きしているのだろう。私もバン兄様を見習って、母上の視線を無視して食事を始めることにした。
だがそれが母上の気に障ったのか、母上は鬼のような目つきで父上を睨みつける。怒りの矛先が自分に向けられぬよう、父上は慌てて私達の会話へと割り込んできた。
「あ、あれだぞ!確かに国に縛られはするが、学者の地位を得なければ、将来アレックスが得た知識を評価されることは無いんだぞ!!それでも良いのか!?」
「私は自分の知識と探求心を満たすことが出来ればそれで良いのです。その知識を後世に残すことの必要性を感じてはいませんから。それに、文献として残しておけば私の死後も、私と同じような人間が必ず現れて、それを見つけ出してくれるはずです」
私は食事を勧めながら両親に反論する。自分の人生を自由に生きて何が悪いというのだろうか。こんなくだらない問答をするより、もっと心配するべき人間が目の前に居るはずだ。
「それに、私よりもバン兄様のことを心配すべきです。無理をしすぎて体調を崩しては本末転倒ですよ」
「そうよ、バン。頑張っているのは分かるけど、しっかり休みなさい?」
「分かってますよ、母上」
バン兄様は笑顔で母上に返事を返す。だがその表情にはかなりの疲労が見えていた。それから他愛もない会話が続き、食事が終わる。私が席を立ち自室へと戻ろうとすると父上から声がかかった。
「アレックス、明日からはお前も戦闘に参加して貰うからな。なるべく早く獲物を狩って、森の奥へ行くぞ」
「分かりました!準備しておきます!!」
父上の許しが出たため、明日はゴブリンと戦闘が出来る。私は高鳴る胸の鼓動を抑えられず、自室に着いた後も寝ることが出来なかった。ゴブリンの声や戦闘手段、一体どんな生態をしているのか気になって仕方がなかったのだ。
結局朝の四時頃まで妄想を膨らませてしまい、起きたときには太陽が昇りきっていた。急いで屋敷の外に向かったが父上は怒りの笑みを浮かべて立っている。その後、森に出かけたが獲物の収穫をした段階で帰宅を命ぜられて、森の奥へ行くことはできなかった。
「冒険者を目指すというのに、時間を守れないとは何事か!」
屋敷に帰ってきて父上が発した第一声がそれだった。どうやら私の見立て以上に父上は怒っているみたいだ。恐らく、私の進路について母上にこっぴどく責められたのだろう。そのストレスを私で発散しているのだ。
結局それから2週間は森の奥へ行くことは許されず、フーワラビット狩りをし続けることになったのだった。
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