第9話

 ユグル兄様が騎士育成学園に入学してから二年の月日が流れた。


 この二年間、ユグル兄様が居なくなった寂しさを紛らわすかのように、父上が剣の訓練を強制してきたお陰で、随分と体も大きく成長した。私はその合間を縫う形で、自身のスキル検証に日々を費やしている。


 バン兄様も商人見習いとしての働き先が見つかり、来年にはグローリー家から旅立って行く。そのために一層の勉学に励んでいた。


 ◇


 今日は父上と共に、屋敷から少し離れた森の中へやってきている。父上と私は周囲を観察して、夕食のおかずになるような獲物を探していた。すると目の前を小さなウサギが横切り、茂みの方へと駆けていく。


「フーワラビットか……今日の御馳走はあれで決まりだな。アレックス、頼んだぞ」


 父上がそう呟くと、私は右手を前に突き出して魔法を発動させる。


「『水刃ウォーターカッター』」


 右手から放たれた水の刃は、目の前を駆けるフーワラビットの首を刎ね、息の根を止めた。私はフーワラビットの亡骸へと歩いていき、それを持ち上げる。そして何もない空間に、フーワラビットの亡骸をしまい込んだ。


「やはりこの『アイテムボックス』は便利だな」


 私が今使ったスキルは『アイテムボックス』と呼ばれる商人が持っているスキルだ。異空間に、生命反応を示さない物体を入れられるというスキルである。この空間の中では時間の流れが停止するため、容量が多い者『アイテムボックス』を持っている商人ほど大成すると言われているのだ。


 このスキルはバン兄様が所持していたスキルで、私はそれを再構築させて貰った。


 そのため私の容量はバン兄様とは比べ物にならない程に多い。このスキルがあることで私が狩った動物や魔物を大量に保管できる。そのおかげで、食材を手に入れてくるという条件の下、森での活動が許されたのだ。


「レベルはどうだ?上がったか?」 


 父上に促されて自分のステータスを確認する。


 ----------------------

【名前】 アレックス・グローリー

【種族】 人間

【性別】 男

【職業】 知識者


【Lv】 5

【HP 】 500/500

【魔力】 550/550

【攻撃力】 F-

【防御力】 F-

【敏捷性】 F-

【知力】  S+

【運】 A+


【スキル】

 剣術

 水魔法

 火魔法

 アイテムボックス


【エクストラスキル】

 分析

 再構築Lv1

 知識枠Lv1(4/5)


 ----------------------


「残念ですが、レベルは上がってないです。フーワラビットではレベルも上がらなくなってきていますね。これよりもレベルを上げるためには、より多くの魔物を倒すか上位の魔物を倒す必要があるみたいです」


 この二年間で私のレベルは五になっていた。屋敷の森近くに出現するスライムやフーワラビットなどを狩っていたら自然とレベルアップしていったのだ。


 だが自分のレベルは上昇したものの、ステータスは一つも成長していない。それに加えて『再構築』や『知識枠』のレベルも上昇しなかった。きっと、他に条件があるのかもしれない。


「まぁ私にはスキルがありますから。現状、レベルはあまり関係ないと考えています」


 『再構築』スキルのお陰で私のスキルは、ここに生息している魔物など相手にならない程になっていた。その良い例が『火球』である。


 火球の魔法式を<五個の火の玉を><敵に向かって><真直ぐに放つ>と再構築したことで、一度の詠唱で五個同時に火球を放てるようになった。勿論消費魔力はその分増加しており、一度発動するだけで五十の魔力が消費される。


 余裕気に語る私を見て、父上は心配そうな瞳で私を見つめた。


「今は問題ないかもしれないが、将来的に冒険者になる際は高レベルになっておかないと、いざという時に苦戦するぞ?」

「それは分かっています。ですので今日は、より奥へと進んでみたいのですが……」


 いつもより早く獲物を手にした私は、普段狩りをしているエリアよりも奥へと進んでみようと父上に進言した。屋敷からも近隣の村からも離れて行ってしまうため、魔物が多く生息していると言われている場所だ。父上は悩みながらも、伸び悩んでいる私の為に許可をしてくれた。


 草木を掻き分けて進んでいくと、嫌な気配が漂い始めた。空気が変わったのだ。今まで狩りをしていたエリアと違い、肌にひりつくような気配を感じる。私は好奇心が抑えられずに、ドンドン奥へと進んでいく。暫く歩いたその時、何かの気配を察知した父上と私は茂みに飛び込み、身を隠した。


「静かにしていろ。なにか来る」


 父上が小さな声で私に告げる。すると、奥の方の茂みが揺れ動き、そこから今まで見たことが無い容姿をした生命体が現れたのだ。緑色の肌に、尖った耳。低い背丈に腰布を巻いているだけの生物である。その生物を見て私は胸を躍らせた。父上がその姿を見てひっそりと呟く。


「あれはゴブリンだ。低級の魔物だが集団になると厄介だぞ」


(文献で容姿は知っていたが、あれがゴブリンか!)


 『分析』スキルを発動させてステータスを確認する。


 ----------------------

【種族】 ゴブリン


【Lv】 1

【HP】 15/15

【魔力】 5/5

【攻撃力】 F

【防御力】 F-

【敏捷性】 F-

【知力】  F-

【運】  F-


【スキル】

 棒術


 ----------------------


 私の心はゴブリンによって乱されていた。果たしてどんな鳴き声をするのだろうか。どんな攻撃手段を取るのだろうか。身体能力はどの程度なのか。私はいても経っても居られず、父上に声をかける。


「早く戦いましょう!奴の生態を観察したいのです!」

「待て待て!!まずは私が見本を見せるから、アレックスは茂みに隠れていなさい!」


 父上は興奮する私を手で抑えつけながら、ゆっくりと行動を開始した。


 ゴブリンに気付かれないように、姿勢を低くして背後へと回り込み、そして一気に脳天めがけて剣を振るう。ゴブリンは声を上げる事すらできずに、パタリと地面に倒れて動かなくなる。


「こんな感じだ。基本的には魔物に気付かれないように行動すること。気づかれた場合、直ぐに倒すこと。でなければ仲間を呼ばれてしまうからな。それと、危険を感じたら逃げる事!これが守れないようならこれより奥には進めさせられないぞ!」

「……分かりました。」


 父上が私に説教じみた言葉をかける。私が興奮していたのを見て、ふざけているとでも思ったのだろう。だが私はいたって真剣だ。自分のレベルを上げることも大事だが、この世界の全てを私は知りたいのだから。


 父上のせいでゴブリンの生態を知ることは叶わなかったが、まだ機会はある。地道に待つとしよう。


 それから私と父上はゴブリンの解体作業を行った。冒険者になるには必須の知識のようだ。基本的にはギルドと呼ばれる場所に、解体専属の仕事をしてくれる人が居るそうだが、どうしても運べない場合は自力で解体する必要がある。私には『アイテムボックス』があるが、これも一つの知識だ。


 ゴブリンの体内から小さな魔石を取り出してアイテムボックスへとしまう。この魔石は魔道具を利用するために使われるらしい。だがゴブリンから取れた魔石は利用できる箇所が限られているため、あまり価値はない。


 それから何度かゴブリンと遭遇したが、父上から今日は見て勉強しろと言われ、全て父上が戦闘を行った。ゴブリンが攻撃する暇すら与えないため、今日は不満でいっぱいだったが致し方ない。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る