第8話
私がスキルを手に入れてから、約二年の月日が経過した。
積もっていた雪が解け始めた三月の初めである。そんな春の始まりの日に、私達グローリー家は寂しそうな顔をして食卓を囲んでいた。
「それではユグルの門出を祝って……乾杯!」
「「「乾杯!」」」
父上の乾杯の合図で全員がグラスを掲げる。今日はいつもよりも豪華な食事が用意されていた。なぜなら今日を最後に、ユグル兄様が王都へと旅立つからである。
ユグル兄様は四月から王都にある騎士育成学園に入学する予定なのだ。今日はその旅立ちのお祝い、別れの食卓を囲んでいる。
「これでユグル兄様も居なくなっちゃうのか。俺も三年後には商人見習いだもんなぁ……」
「なんだ、バン。ユグルが居なくなると聞いて寂しくなってしまったか?お前もまだまだ子供だな!」
「ち、違いますよ父上!私も早く大人になりたいと思っただけです!」
バン兄様は頬を赤く染めて父上に反論する。それをほほ笑みながら見つめる母上に、少し寂しそうにしているユグル兄様。
私はユグル兄様が羨ましかった。これまで王都で主催されたパーティーもユグル兄様だけは出席してきた。勿論長男だからという理由だが、私も王都には行ってみたかった。まぁいずれ十五になれば、私も独り立ちしてこの家を出ることになるだろうし、それまでの辛抱だ。
黙々と食事を食べる私に気を使ったのか、父上が話しかけてきた。
「アレックスも寂しいか?お前はユグルを慕っていたからな」
「ええ。訓練の相手が減るのは効率が下がってしまいますから、残念です」
私は思っていたことを伝える。私の言葉に父上と母上はため息を零す。どうやら私の返事が気に入らなかったようだ。私に寂しいと言って欲しかったのだろうか。
生憎、私はそんな感情を抱いていない。ユグル兄様が居なくなってしまうことに関して、本当に残念な気持ちしかないのだ。
そうして家族全員で迎える最後の夕食が終わりを告げた。
その後夜も更け、時計の短針が頂点を回ったころ、私の寝室の扉がノックされた。私はベッドから降り扉へ向かって歩いていく。扉を開けるとそこには二人の兄が何かを持って立っていた。
「やぁアレックス。少しお邪魔しても良いかい?」
「こんな夜更けにですか?」
「相変わらず固いなお前は!良いから早く入れろ!」
そう言ってズカズカと部屋に入ってくるバン兄様。ユグル兄様もフフと笑いながら部屋の中へと入ってきた。そしてユグル兄様は手に持っていた物をテーブルの上へと置く。暗くて分からなかったが、よく見ると酒瓶を持ってきていたようだ。
「最後は兄弟一緒に酒を交わしたくてね。三人が揃う事なんてこれから先、いつになるか分からないから」
ユグル兄様は瓶を開けてトクトクとグラスに注ぎ始める。私は年齢上、まだ飲酒をしてはいけないのだが、兄様の願いということもあって了承した。バン兄様も初めて飲むのかウキウキしている。
「それじゃあ、グローリー家の発展を願って。乾杯!」
「「乾杯!!」」
グラスをカチンと鳴らした後、注がれていた酒を口の中へと運んでいく。正直言って、美味くはないが二人は美味しいと言ってたので、これが大人の味なのだろう。
そして酒を飲み始めて数分後、バン兄様が酔っ払い始めた。まだ成長期の子供が大量の酒を摂取すればこうなることぐらい予測できるだろうに。酔っぱらったバン兄様は私に向かって問いかけてきた。
「なぁアレックス。お前は十五になったら何になるんだ?士官でも目指すのか?」
「いえ。私は成人したらこの世界を周るつもりでいます。世界の全てをこの目で見ることが私の夢ですから」
「それは凄い夢だね……それじゃあ冒険者になるのかい?」
「一応そのつもりです。私は兄様と違って家督を継ぐ必要がありませんから。ある程度の収入が得られて、世界を自由に周れる職業は冒険者しかありませんしね」
私はグラスを口に運びながらそう答える。すると、バン兄様が呆れた様子で語りかけてきた。
「ある程度の収入って言うけどよ、お前父上達への仕送りとかはどうすんだよ。まさかしないつもりか?」
「仕送りですか……考えたことは無かったですね。父上達は貧乏とは言え貴族ですし、独り立ちした息子からの支援など、貴族の面子がありますから受け取ることは無いと思います」
「だけどよ、育ててくれた恩があるだろうが!普通は親孝行するもんだろ!俺は父上と母上に楽な生活を送って貰いたいから商人になるんだ!お前も少しはそれを考えろよ!」
酒を飲んで気持ちが高ぶったバン兄様は、私の胸倉を掴み怒鳴り声をあげた。私も父上と母上に育てて貰った恩は感じている。しかし、両親は私達に家督を継いで貰いたいから育ててきたにすぎない。
ユグル兄様に何かあった時の代替品として、私とバン兄様は用意されているだけなのだ。別にそれが悲しいとは微塵も思っていない。貴族の血を守るためには仕方のないことなのだから。
「育ててくれた事には感謝しています。ですが父上と母上も私達を育てるメリットがあったから育てたのです。グローリー家の名を終わらせないためにも、家督を継げる人間が多いに越したことは無いのですから。」
「ッ!おまえぇぇ!」
私の言葉が気に入らなかったのか、バン兄様は怒りに満ちた表情で右拳を私の顔目掛けて振りおろす。しかし、間一髪という所でユグル兄様がバン兄様の右手を抑えた。そして力づくでバン兄様の拳を下げさせて、私の胸倉を掴んでいた左手も離させる。
「バン、暴力はいけない。アレックスも煽るような言葉は止めたほうがいい」
私は乱れた服をなおして、再び椅子へと座りなおす。バン兄様も舌打ちをしながら椅子に座りなおした。
「アレックスは分からないと思うけど、父上も母上も私達を愛してくれているよ。アレックスともあろう者が、今日の食事で気が付かなかったのかい?父上と母上の食事の量が異様に少なかったことを。私達にお腹いっぱい食べて欲しくて、食事の量を減らしていたんだよ」
ユグル兄様はグラスを口に近づけながらそう語った。私は気づいていなかった。両親がそんなことをしていたなんて。だがそれも私達を育てるために我慢しているに過ぎない。その行為が愛情とでもいうのだろうか。
「アレックスは深く考えすぎる癖がある。もっと簡単に考えたほうがいい。父上も母上も、バンも私も、君のことを愛しているんだ。そのことを忘れないでくれ」
私の頭を撫でながら優しい声で語るユグル兄様。ふと私の胸を温かい何かが包み込んだ。その何かが分からないまま、私たちの夜は更けていった。
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