第5話
私がユグル兄様と一緒に、剣の訓練に参加するようになってから三年が経過した。それまで本以上に重たい物を持ったことが無かった私の腕は、訓練のお陰で見違えるほどに筋肉が増した。
腕は一回りくらい太くなってる……気がしないでもない。
腹筋も割れている……気がしないでもない。
筋肉が付き始めるのは確か、十歳を超えた辺りからだったはずだ。だから私の体に筋肉がついていなくても全く問題は無い。それに、筋肉がつかずとも体力は増したのは実証済みだ。
なんと、深夜三時まで書物庫に籠っていても体がダルくならなくなったのだ。これは明らかに体力が増したと言っても過言ではないだろう。今を思えばバン兄様にしてやられたこの訓練参加も有意義なものになったと言える。
そして今日は、私が夢にまで見た『洗礼』の日である。
ここから一番近い村まで行き、教会にて『洗礼』を受けさえすれば、ようやく私も職業を頂けるのである。果たしてどんな職業になるのであろうか。私の記憶の中にあるもので一番気になっている職業は、『孤独者』というものだ。
確かスキルは『孤独』というスキルしか持っておらず、他人との会話が困難になるスキルらしい。とても興味深いスキルである。
だが生涯で変更が不可能であることを考慮すると、生活するのに困らない職業であって欲しいという気持ちもなくはない。願わくば面白くもあり、利便性の高い職業であって欲しいものだ。
教会へ行くための準備が終わった私が自室から出ると、屋敷の玄関にはすでに家族が集合していた。階段を下りた先で、父上が私に声をかけてきた。
「良いかアレックス!教会まで一人で行けるな?『洗礼』は大人への第一歩だから、本人以外はついて行くことは許されていない。まぁユグルもバンも大丈夫だったんだ!アレックスなら心配は無用だな!」
「心配無用ですよ、父上。教会への道のりは何度も確認しました。既に三度ほど一人で往復しておりますし、問題なく『洗礼』を終えて帰って来れるでしょう」
私がそう言葉を返すと、母上は安心して笑みを浮かべてみせる。
「ふふ。やっぱりアレックスは凄いわね!バンなんかピーピー泣きじゃくっていたのに」
「は、母上!それは三年も前の話ではありませんか!」
「アハハハ!」
皆が笑いあう中、私は一人過去の記憶を思い出していた。確かに三年前、バン兄様は母上の服にしがみ付きながら涙を流していた。何故あんなに泣くのかと興味を抱いたものだ。
私からすれば教会への道のりなど、花々に囲まれた美しき楽園と同じなのに。皆には三度と言ったが、実は予行演習を兼ねて百回は往復している。それが露見すると母上に怒られてしまうから内緒だ。
「それでは行って参ります」
そう一言告げて、私はグローリー家の屋敷を出ていく。屋敷の門を抜けたら左右の分かれ道を右に進めばよいだけだ。そのまま真直ぐ進んで行けば、最寄りの村まで辿り着ける。私はウキウキ気分でスキップをしながら教会への道を進んでいった。
◇
教会へと辿り着いた私は、教会の前で祈りを捧げる。神の存在をこの目で見たことがないため、心の底から神を信じているわけではないが、少しでも面白い職業が欲しい。その願いを叶えて貰うためなら祈りなど安いものである。
私が祈りを捧げている間にも、続々と村の子供達が教会を訪れてきた。中にはバン兄様のように涙を流している子供もいる。
私はその子達に向けて祝福の言葉を送った。
「今日という日は、私達にとって新たな人生の始まりの日になる!泣くのではなく笑おうではないか!さぁ行こう!」
飛び切りの笑顔でそう言葉をかけたが、彼らは笑うどころか私の顔を見て変な顔をしていた。この表情はバン兄様が嫌いな食べ物を食べている時の表情に似ている気がする。もしかして、私は彼らに嫌われてしまったのか。まぁ、気にせずともいいだろう。彼らにとっても私にとっても、この扉をくぐった先に新しい未来が待っているのだから。
扉を通った先には子供達が既に列をなしていた。先頭にいる子供はシスターの前で片膝をついてその時を待っている。シスターが一言何かを発した数秒後、子供はスッと立ち上がりこちらに向かって駆けてきた。今の一瞬の出来事で『洗礼』が終わるのか。なかなか簡易的なものなのだな。
そしてどんどんと列は進み、いよいよ私の番が訪れる。シスターの前で膝をつき、両手を胸の前で絡ませて強く握りしめ、瞼を閉じた。
「祝福あれ!」
シスターがそう言葉を発した瞬間、私の頭の中で何者かの声が響いた。
『知識者』と。
その声が聞こえた途端、私の頭の中に未知の知識が駆け巡る。『知識者』という職業について、そして使用できるスキルの名前。理由は不明だが、今まで知りもしなかった自分の事を今知ったのだ。
私はスッと立ち上がり、堂々とした態度でゆっくりと扉に向かって歩いていく。その足取りは来た時よりも遥かに軽いものだった。なぜなら、私の職業は、私が手に入れたスキルは、私が望んでいた通りのモノだったのだから。
神は私の願いを叶えてくれたのである。
教会を後にした私は、無事にグローリー家の屋敷に帰ってきた。母上は屋敷の外で私のことを出迎えてくれ、優しく抱きしめてくれる。そして私達は手を繋いで屋敷の中へと入って行く。
夕食時になり、私はバン兄様の時と同じように父上に促され、自らの職業を家族に発表した。
「本日の『洗礼』の結果ですが……なんと私の職業は『知識者』でした!」
私は笑みを浮かべながら両手を左右に広げた。皆は羨望の眼差しを向けると思ったのだが、父上と母上は首を捻り、バン兄様はゲラゲラと笑っていた。どうやら『知識者』という職業名が私にぴったりだと思ったらしい。
「『知識者』なんて聞いたことがないな……スキルについてはお告げで教えて貰ったかい?」
「はい!私のスキルは『分析』『再構築』『知識枠』の三つでした!まだ検証をしていないため、どういったスキルかは分かりませんが、とても面白いスキルに違いありません!なにせ書物庫の本にも記載がなかった職業ですから!明日から早速検証をしていきます!」
「そうかそうか!アレックスには苦労をかけることになるだろうから、なるべく苦労せずに済む職業であることを祈ってるよ!」
父上は苦笑いを浮かべると食事を始めた。父上が言いたいことは分かる。私達グローリー男爵家はいわゆる貧乏貴族というものだ。統括している領地がないため、領民からの納税何てものは無い。その上王都から距離が離れているため、物資の流通なども限られているのだ。
そして私はその貧乏貴族の三男である。家督を継げるのは一人のみであるため、今のところ長男であるユグル兄様が家督を継ぐ予定となっている。
父上は家督を継がせてやれずに申し訳ないと思っているのだろうが、私とバン兄様はそもそも家屋を継ぐ気などない。家督を継いで面倒な仕事を任されてしまっては、世界を旅し全てを知り尽くすという私の夢が叶えられなくなってしまう。
その夢を叶えるためにも、私は成人を迎えれば独り立ちをしなければならない。どうか波風立てることなく、この屋敷から旅立てることを願いながら、食事を口に運ぶのであった。
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