第7話 ドッペルゲンガーのような建物

「ほう、いろいろな事情があるのかな?」

 と刑事に言われて、

「ええ、私どもも、分からなかったんですが、話をしているうちに分かってくることが結構ありました。ただ、断っておきますが、管理人に確認したわけではないので、あくまでも、ここだけの話で納得しただけだったんですけどね」

 と看護婦は前置きをしたうえで、

「相手がまず、ほか弁屋から言われたのは、あそこを閉められると、トイレに行けないといわれたというんですよね。私たちは、このビルに入ってから結構経ちますし、私がこの病院で看護婦をするようになってから、5年以上が経っているので、その間にいろいろあったのを覚えていたんです。さっきのトイレという言葉で、ピンとくることもありましたね」

 という。

「ほう、何かあったんですか?」

 と言われた看護婦は、

「ほか弁屋は、元々トイレがなかったんでしょうね。どうやら、トイレを管理人にお願いしたなないかと思うんですよ」

 というと、

「トイレができたんですか?」

「ええ、そのトイレというのが、エレベーターの隣にある扉のところだったんですよ。私はそれを知っていましたけど、シフト制の人は知らなかったようなんです。あそこを、倉庫だと思っていたそうですからね。そして、もう一つ言っていたのは、ほか弁屋から言われたこととして、あのロビーとは自分たちとは関係ないといわれたらしいんですよ。それを納得したのは、トイレの存在を知らなかったからなんですよね。だからきっと、、弁当屋が変なことをいうと思ったんでしょうね」

 というのだった。

「というと?」

 と、刑事の方とすれば、話についていくのがやっとだった。

「そのトイレを利用するのに、普通であれば、エレベーターの前に、一つ扉があるので、そこから出入りしているはずだから、非常口のカギが内側から掛かっていても、問題ないという理屈になると、シフト制の人は考えたようなんですよ」

 と看護婦がいうと、刑事は半分頭を抱えていた。

「ああ、きっと刑事さんも、あの時のシフト制の社員さんと同じ感覚になっているんでしょうね。それは分かります。決定的なことがわかれば、すべてがハッキリ繋がるわけですからね」

 と、看護婦は続けたのだ。

「我々が頭が固いのか、何となく、矛盾のようなものは感じているんですけどね」

 といって、刑事は苦笑いをする。

 看護婦としても、自分もその時、つまりシフト制の社員と話をしている時は、矛盾を感じながら、何かモヤモヤとしたものがあったのだ。

「問題は、弁当屋が、ロビーの警備に関係ないというところにあるんですよ」

 と看護婦が言った。

「どういうことですか?」

 と刑事が聞くと、

「いいですか? あのロビーに弁当屋が関係ないということは、彼らが非常口に出る時、ロビーを通らないということなんですよ。つまり、弁当屋から非常口には、直接出入り口があるだけで、ロビーには、必ず、非常口からロビーに入る扉を開けていかなければいけないということになるんです」

 と、看護婦がいうと、刑事は、少し考え込んでいたようだが、

「ああ、そういうことか。だから、深夜であっても、あそこのカギを閉められると、弁当屋の社員は、トイレに行くことができなくなるということですね?」

 と刑事がいうと、看護婦が、

「ええ、そうです。弁当屋の社員が、早朝に来るのであれば、他の会社が9時出勤が定時だとすると、あそこは開いていないでしょう? しかも、正面玄関も開いていない。そうなると、ロビーは密室で入れなくなるんですよ」

 と看護婦が言った。

「それで、弁当屋は、あそこを閉められると困るということを言ったわけですね?」

 と刑事がいうと、

「ええ、そういうことです。でも、そのシフト制の社員はかなり頭がキレる人なのか、いろいろ分析してましたよ。あれはあれでしょうがなかったんじゃないかってですね」

 と看護婦がいった。

「どういうことですか?」

 と刑事が聴く。

「だって、そもそも、あそこにトイレを作るということは、それが間違っているわけですよね? 何しろ、弁当屋は、ロビーとは関係ないわけだから、だったら、非常口を出たところに作ればいいわけで、でもあそこのスペースにトイレを作るだけの広さはない。そもそも、もっといえば、トイレを作っておかなかったことが、設計ミスですよね。後からトイレがほしいということになるから、こんな変則なことになってしまった。確かに、警備は完璧なので、大丈夫なんでしょうが、ロビーに関しては、本当にザルのようなものだといわれても仕方がないでしょうね。つまり、他の会社が皆帰っても、弁当屋が一番遅いわけだから、トイレは使いますよね。つまり、正面玄関を閉めて警備を掛けていても、非常口から入ってきてトイレを使うわけだから、警備の意味もあったもんじゃない。トイレをあそこに作った時点で、警備はないに等しいと言えるって、あの人は言ってました」

 という。

「なるほど、その通りですね」

 と刑事がいうと、

「でも、あの人は一言言ってましたよ。それなら、弁当屋が、非常口の扉の鍵を持っていればいいんじゃないかってね。そうすれば、自分が、非常口を閉めて帰れるからということですよね、いや、そもそも、非常口を利用するのは、弁当屋しかないわけだから、彼にも関係ないことになる。弁当屋が帰る時に、カギを閉めれば、それで済むことですからね」

 と看護婦はいう。

「はいはい、まさにその通りですね、でも、その人はそこまでしなかったんでしょう?」

 と刑事が聞くと、

「ええ、彼なりに納得したんでしょうね。理不尽だと思いながらも、呆れたという気持ちが強かったのかも知れない。タバコの火で逃げ遅れるのは困るが、あそこが開いていて、泥棒が入るくらい、どうでもいいと思ったのかも知れない。それにロビーだけの問題ですからね、きっと、すべてが分かった時点で、バカバカしいと思ったんじゃないですか? そして、すべての理屈を解釈できたのは、彼だけでしょうね。もっとも、私も彼に聞かされて、納得しましたけど、でも、さすがに彼としては、最期には、力が抜けたんでしょうね。どうでもいいような脱力感があったようですよ」

 ということであった。

「なるほど、これが、弁当屋の事情というわけだったんですね? 何となくですが、分かった気がしました」

 と刑事がいうと、

「今度の事件と、このことが何か関係あるんでしょうか?」

 と、看護婦が聞くと、

「何とも言えませんが、少なくとも、被害者が倒れていたのが、その問題の非常口の前の扉ということであるから、問題が発生したことと関係がないとは、一概には言い切れないでしょうね。もちろん、本当に関係ないかも知れないですが、何か、理不尽でモヤモヤしたものが残っているのは間違いないですから、そのあたりを頭に入れて、捜査してみたいと思います」

 と刑事は言った。

 この話を、果たして、ほか弁屋にぶつける方がいいのか考えたが、とりあえず、警察内部だけのこととして考えようと思った。

 歯医者の人には一応、

「警察がこのことを気にしているとは、ほか弁屋の人には言わないでくださいね」

 とくぎを刺しておいた。

「分かりました。私も実はそんなにこの事件を気にしているわけでもないし、弁当屋の人もそうだと思います。ただ、人が殺された場所が、すぐ近くにあるというのは気持ち悪いもので、早く事件が解決してほしいと思っています。なぜなら、犯人の動機も犯人が誰なのかもわからずに、この場所にずっといるのは、一般市民としては、怖い以外の何者でもありませんからね」

 と看護婦はいうのだった。

 刑事の方としても、

「なるべく早く解決できるように努力します」

 というくらいしかできなかったのだ。

 看護婦との話を終えてから、表に出た二人は、近くのカフェに寄った。駅前にある、大きなカフェで、小腹が空いていたので、プチバームクーヘンを頼んで食べていた。

「私は、ここのコーヒーは濃すぎて合わないので、オレンジジュースにしよう」

 と、辰巳刑事がいうと、

「ここのオレンジジュースの方が、私には濃すぎる気がするんですよ。もう少し薄かったら、私もオレンジジュースにするんですけどね」

 といって苦笑いをする日下刑事だった。

 お互い、それぞれ敬意を表し合っているのは分かっていて、お互いに、本店支店という感覚はなかったのだ。

 食べながら、二人は、看護婦の話のおさらいをしていた。

「さっきの看護婦の話をどう思う?」

 と、まず、日下刑事が切り出した。

「そうですねぇ、あのビルにある、不思議な建て方が、どこまでこの事件に関係があるのかということでしょうね。ただ、気になったのは、犯人が、非常階段の方に出ようとしたところ、向こう側から来た人に対して、出会いがしらに突き刺したということであれば、先ほどの話からすれば、あの扉には鍵がかかっていなかったということになるんでしょうね。被害者は、非常階段の方に何しに行ったんでしょう?」

 と辰巳刑事がいうと、

「もし、被害者が何か泥棒のようなことをしていたとすれば、表からは出られないわけなので、裏から出ようとしたんじゃないのかな? そこで、犯人にばったり出くわした。それで、犯人に殺された」

 と日下刑事がいうと、

「いくらいきなりとはいえ、殺すことになったんでしょう? 何か決定的な不利になることを見られたので、殺されたというのであれば分かるけど、まさか、ナイフを持っているところを見られたからといって、いきなり刺し殺したりなんかしないですよね?」

 と辰巳刑事がいうと、

「それはそうだろう。ただ、被害者とすれば、扉の向こうに、誰もいないと思っていたところに人がいたわけだから、急に悲鳴のような大声を出したのかも知れない。それに驚いて、犯人は、何とか声を抑えようとして、もみ合っているうちに刺し殺したんじゃないのかね?」

 と、日下刑事がいうと、

「それも考えられなくもないですが、ナイフを持って何かをしようとした人間は、それなりに覚悟という意味で、ある程度冷静さを持とうと思っているんじゃないですか? そんな人が、いくら衝動的とはいえ、相手が即死になるほどに正確に刺し殺せるとは思えない。そこに、精神的な矛盾があるんじゃないかと私は思うんですよ」

 と、辰巳刑事が言った。

「じゃあ、犯人はあの扉にカギが掛かっていないことを知っていたんだろうか?」

 と、日下刑事がいうと、

「どうでしょう? ただ、普通に考えれば、あの時間だから、カギは閉まっていると思うんじゃないですか? ただ、それを分かっているのだとすれば、犯人はカギを持っていたか、ロビーに誰かがいることを分かっていて、そして、出会いがしらを利用して、殺したという可能性もあるのかも知れないですね」

 と辰巳刑事がいうと、

「じゃあ、君はあれを、計画的な犯行だというのかい?」

「というか、あらゆる可能性を考えて、もし計画的である可能性が存在するのだとすると、今のようなシナリオしかないような気がするんですが、いかがなものでしょうかね」

 と、辰巳刑事が言った。

「うーん」」

 といって、日下刑事は唸ったが、それは、疑っているっというよりも、そこまで自分が思いつかなかったのに、看破している辰巳刑事に敬意を表しているかのようだった。

「それにしても、このビルの中だけでは、被害者が誰なのか、分からないようですよね。これだけ、捜査しているんだから、ビルの会社の社員や関係者だったら、とっくに分かってもいいでしょう。ただ、しいていうと、会社の人間が黙っていると、他の会社の人には、分からないかも知れないですね、何しろ、このビルは、ワンフロアで一つのオフィスという感じですからね。エレベーターで一緒にでもならないと、普通は知らないでしょうね」

 と辰巳刑事がいうと、

「それはどうだろうね。特に今は、パンデミックなどがあっているので、同じエレベーターには、なるべくたくさんの人が乗らないようにしているだろうからね。たぶん、多くても、3人までがいいところじゃないかな?」

 と、日下刑事が言った。

「そうですね、今は、他の会社の人と、同じエレベーターには、基本的に乗りたくないでしょうね。特にこれだけ狭い敷地面積のビルではですね」

 と、辰巳刑事は言った。

「ところで、私が気になっているのは、被害者が、あそこで死んだとして、誰か、得でもする人間がいないかということを、皆忘れているんじゃないかということなんだよ。もちろん、出会いがしらという意見が多いことで、事件性がそれほど大きくないと思う人もいるだろうが、もし、これが事件だとすると、そういう見方も出てくるんじゃないかと思ってね。犯罪捜査というのは、元来そんなものだろう?」

 と、日下刑事が言ったのを聴いて、辰巳刑事は目からうろこが落ちた気がした。

「なるほど、まったくその通りですよね」

 と、辰巳刑事は感心したのだった。

「だが、そのためには、まずは、本当に被害者が誰なのかということを検証しないといけない。だが、逆に、ここ数日の、特に被害者が死んでから、何か得をしたり、危ういところを助かったりした人がいないかというところから攻めるのもありなんじゃないだろうか?」

 と、日下刑事は言った。

「そうですね。そのあたりを、テナントを調査している連中が分かっていればいいんですけどね」

 と、辰巳刑事がいうと、

「それは難しいかも知れないね。何しろ、彼らは、まず被害者が誰なのかということを中心に捜査しているだろうから、まずは、俺の予感としては、きっと分からないと思うんだ。わかるのであれば、最初から分かっていることだろうし、、まさかとは思うが、まったく関係のない人ということはないのかな?」

 という、とんでもないことを、日下刑事が言い出したのだった。

「それは、日下刑事らしからぬ言い方ですね。これだけ理論的に話を進めてきて、まるで、それらすべてを一度すべて崩してからの発想に思えるんだけど、どうなんでしょうね?」

 と辰巳刑事がいうと、

「ははは、その通りだが、あらゆる場面を考えて、最期に原点に戻るというのが、私の経験からの捜査方法なので、気にしないでくれ」

 と、日下刑事は言った。

「いえいえ、参考になります」

 と辰巳刑事がいうと、

「これは、あくまでも、自分の考え方なので、人に押し付けてはいけないと思うんだけど、若い連中には、こういう考えもあるって時々話をしているんだ。パワハラにならない程度に、ほどほどにしないといけないとは思っているんだけどね」

 と、苦笑いをしながら、日下刑事がいうのだった。

 日下刑事と話をしていると、かなりの年上で、ベテラン刑事と話をしているような気がする辰巳刑事だった。

 桜井警部補にも、かなりの信頼を置いているが、日下刑事とは、その信頼の種類が違う。

 日下刑事は、かなり自分に自信を持っているようだ。

 それは、桜井警部補も同じなのだが、

「身体の奥からにじみ出てくるように感じるのが、桜井警部補で、自分から公表するようにして、まるで自分を追い込んでいるように見えるのが、日下刑事だ」

 といえるだろう。

 どちらが、どうという比較ができるほど、自分を優秀な刑事だなどと思ってもいない辰巳刑事だったが、日下刑事とは、今回初めて組むことになる人だとは、到底思えないほどだった。

「ひょっとすると、桜井警部補の部下が自分ではなく、日下刑事だったら、本部にも負けないような、最強コンビができあがるんじゃないだろうか? それは、県警が誇るといってもいいくらいのコンビになるに違いない」

 と、感じていた。

 自分を卑下しているわけではないが、それだけ自分が、

「自分で思っているほど、全体を見ていないのではないか?」

 と感じるのだった。

「日下刑事も、桜井警部補も、全体を見ている。それはきっと、自分に対しての気持ちの余裕がそうさせるのではないだろうか?」

 と感じるからだった。

 二人はそんなことを話しながら、辰巳刑事は、ぼんやりと、さっきまで捜査していたビルを見ていた、土手の横がすぐ川が横切っていて、その川をすぐ横に、鉄道の鉄橋があり、鉄橋横に、結構大きめの駅があった。

 そこは私鉄の駅で、県庁所在地から最初の急行列車が停車する駅だった。駅はオフィスビルのような変則な建て方になっているわけではなく、ちゃんと斜面を切り取って、整備したうえで、駅ビルの大きなものを作っていた。だから、駅や、駅ビルを利用する人からは、このあたりのオフィスビルが、あのような、へんてこな形になっているなど、想像もつかないに違いない。

 つまりは、

「表から見るのと、裏から見るのとでは大きな違いがあることから、裏からでは、表と違ったビルに入る可能性だってあるかも知れないな」

 ということを感じた。

 このことを、辰巳刑事は漠然としてしか感じなかった。

 そもそも、辰巳刑事の目の付け所はいつもいいのだ。ただ、それが漠然と感じたことであって、そこから先を考えないことで、

「せっかく事件の真相に近づいているのに、分かっていないというのは、何ということだろう?」

 ということになるのだろうが、本人は、

「知らぬが仏」

 とでもいえばいいのか、分からずにいることで、やきもきすることもなかったのだ。

 それがいいのか悪いのか、本人が分からないのに、周りが分かるはずもない。それを思うと、実に皮肉なことなのであろう。

 そのことを考えたのは、川を挟んで向こう側の土手沿いに、このカフェはあったのだ。

 このあたりは、川を挟んで向こう側がオフィス街で、手前が、食事やカフェ、ブティックなどが建ち並ぶ、店舗街という形で、別れているのだった。

 だから、こっちから見ていると、元々狭い敷地面積だった、事件現場となったビルが、余計に、細長く縦に伸びているのを感じさせるのだった。

 それを思うと、事件現場のビルだけではなく、このあたりのビルは、皆似たような形をしていることに気づかされた。

 このあたりの光景を知らないわけではなかったが、こうやって、喫茶店から見ることもあまりないので、余計に気になったのだろうが、今のところ、そこで止まってしまった状況に、辰巳刑事は、自分が事件の核心に近づいたことを、知る由もなかったのだ。

 それを教えられたのは、二人が警察署に戻った時だった。

「やあ、お疲れ様。何かわかったかい?」

 と、桜井警部補が待ちかねていたようだったが、

「まあ、最初はこんなものでしょう。あのビルの歪な構造については、その事情のようなものが分かった気がしました」

 ということであった。

「ほう、それは聞きたいな。利かせてもらえるかな?」

 と桜井警部補に言われたので、黒板に見取り図を描いて、実際の事情を、説明したのは、辰巳刑事だった。

 それを聞きながら、ところどころ、補足を加える日下刑事に、

「この二人は、意外といいコンビなのかも知れないな」

 と、早くも桜井刑事が納得したのであった。

「なるほど、そういうことになっていたわけだね。要するに、ビル側としては、仕方がないということで、ビルのロビーの警備に関しては、ある程度ザルでも仕方がないということにしたのかも知れないな」

 というと、ビルの管理人に話を聞きに行ったグループの方も、

「なるほど、そういうことだったんですね? 私たちは、管理人側からだけ、ロビーの警備が薄いことを何となくの理由で説明を受けたんですが、納得がいかなかったんですよ。何と言っても、言っていることの意味が分かりませんでした。そこには、仕方がないという理由があったことから、相手が警察であっても、どうしても言いにくいことをオブラートに隠しながらになるので、まったく本質をついた話にはなっておらず、結局、曖昧にしか聞こえなかったということなんでしょうね」

 というしかないようだった。

「なるほど、私も、まったく分からなかった事情がこれで繋がった気がするな。ロビーに防犯カメラがあるとしても、それはエレベーターの前と、正面玄関だけですからね。本来なら非常口にあってもしかるべきなのに、そこにないということは、管理人としても、つけても一緒ということで、言い方は悪いが、ケチったということになると考えれば、辻褄が合うというものだね」

 と、桜井警部補は言った。

「ところで、あのビルは構造上、曖昧な構造になっているようだけど、皆あのあたりはあんな感じの建て方なのかな?」

 と、日下刑事が聴いたが、

「ええ、そのようですね、ただ、管理人はそれぞれに違っているようなんですよ」

 と管理人に聴きに行ったグループがいうので、

「それはどういう?」

 と桜井警部補が言った。

「あそこは、土地の所有者が、オフィスビルをそのまま管理しているようで、昔から、あそこには、住宅があったんですよ。そこを駅が再開発を目的として、立ち退きにあった。そこで、ビルごとに管理人を立ち退いた人たちに任せることにして、彼らにも儲かるようにしたというわけですね」

 と答えた。

「じゃあ、住宅だった時も、皆同じ大きさの似たような建て方だったということかな?」

 と桜井警部補が聞くと、

「ええ、そのようですよ。あのあたりの土地の構造から、それぞれのビルの圧力で支え合うように作るというのが、基本的なつくりになっているようです。それは、管理会社に聴いてきました」

 というのを聴いて、

「それは実に面白い、なるほど、土手とは反対側から見ると、どこが入り口か迷ってしまうのかも知れないな」

 と桜井警部補がいうと、

「それはそうかも知れないですね。とにかく、あの辺りは川があるということで、どうしても、不規則な建て方にしかならない。それは、山の中腹や麓にあるマンションなどにも言えることで、このK市というところは、土地という意味では、不規則な建て方をしているところが多いので、結構似たようなところが多いのではないだろうか?」

 と、日下刑事が言った。

 桜井警部補が頷くと、他の三人の頷いて、どうも、この街の特性が、この事件には孕んでいるように思えてならなかった。

「似たようなビルが多い」

 これは、皆の心に少しずつ引っかかっていたのだった。

「ところで、君たちの方では何か分かったかね?」

 と、テナント関係を捜査していた人たちの方でも、あまり進展はないようだった。

「ただ、一つ気になるのは、ここの最上階と、その一つ下の部屋を借りている事務所があるんですが、そこは、同じ会社なんですよ。前は一つしか空いていなかったので、隣のビルを借りていたそうなのですが、こっちのビルのちょうど階下に部屋が空いたので、そちらに移動したそうなんです。管理会社としても、空き事務所を作るよりも、早速新しく入ってくれた方がありがたいし、しかも、階上が同じ会社ということであれば、安心ですからね、だから、家賃も少し安めで契約できるということだったので、引っ越しに手間とお金がかかっても、同じビルにある方がいいということで、こっちのビルに移ってきたということでした」

 というのを聴いて、

「なるほど、それは十分にあり得ることのようだからな」

 と桜井警部補がいうと、

「そうなんですよ。で、その時話していたのが、隣のビルと、建て方はほぼ同じらしいんですよ。もっとも、後で聞いたのでは、管理会社も、工事を請け負う会社も皆同じだということなので、迷うことなく、同じにしておくことが一番いいのは当たり前のことですよね。だから、引っ越してきても、まったく違和感がなかったということでした」

 という。

「そうか、だから、こんなに歪なつくりのビルでも、皆作り方が同じだから、迷うこともなく、表から来た人の混乱しないんだろうな」

 と辰巳刑事がいうと、

「そうなんですが、実際に入っている会社がいうには、あまりにも似すぎているので、たまに、別のビルに間違って行ってしまう人がいるって言っていましたね。そう、まるで昔の公団のようなものですよ。棟にアルファベットのようなマンションの記号がないと、分からないのと一緒ですよね。でも、このあたりのビルは敷地宴席が小さいということもあって、そんなことはしていないということです。だから、実際に間違える業者だったり、時には、新聞屋が間違えることがあるくらいだといって笑っていましたよ」

 というのだった。

「まるで、ドッペルゲンガーのような建物だ」

 と、誰かが言ったが、思わずその場が凍り付いた。

 表現が的確過ぎたのか、笑い事ではすまないようだった。

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