第6話 歯医者への尋問
現場を見ていた証言を探している刑事たちも、一度は、少なくとも現場を見ておかなければいけないということで、まわりの捜査に向かう前に、まずは、現場を見てみることにした。
「お前たちは初めてだったのか?」
と言われたが、
「ええ、最初に見ておかなければいけないところですからね。現場百篇というじゃないですか?」
というのだった。
すると、それを見た日下刑事は、
「うん、それは実にいい心がけだ。どうしても、最近は科学捜査を中心に考え、楽をするということに結び付けようという若い連中が増えてきたからな。それを思うと、あまり褒められたものではないような気がするんだ」
と言った。
それを聴いた辰巳刑事も同じように頷いたが、気持ちは右に同じということであろう。
「ここに、被害者は倒れていたんですね?」
と聞くと、
「ああ、そういうことだ」
と辰巳刑事が今度は答えると、
「被害者はどうして、非常口の方に向かっていたんでしょうね? 身元がハッキリしないということなので、このビルの人間ではないということなのだろうけど、まず、どうやって入ってきたんでしょうね? 元々、他の会社が営業時間中に、どこかに潜んでいたということだったんでしょうかね?」
と一人の若手刑事がいうと、
「そうだな、それは難しいところだな、何かをしてここから出ようとしたんだとは思うんだけどね」
と今度は、日下刑事が答えると、
「泥棒か何かだとすると、何か盗まれたものがあったりしないのだろうか?」
と。もう一人の若い刑事がいうと、
「そのあたりは、これから聴いて回るつもりではいたんだが、お前たちもそのことに気づくなんて、なかなかやるじゃないか」
と日下刑事にいわれ。若い刑事は、
「これは、二人の刑事、両方とも、ここまでは考えていなかったんじゃないかな?」
と感じたことで、急に愉快な気分になった。
「確かに、泥棒という発想はあったが、基本的にここの警備は結構厳しいものがあるので、そう簡単に、泥棒も難しいんじゃないかな?」
と日下刑事がいうと、
「どうしてですか?」
と聞かれると、
「このビルは、警備を掛けた階のエレベーターは止まらないようになっているんだ。だから行くとすれば、非常階段からしかいけないようで、その日、非常階段から、それぞれの階にいくカギは、内側から締まっていたんだよ」
と日下刑事が答えた。
「じゃあ、被害者が、カギを持っていたんじゃないですか?」
と聞かれたが、
「いや、彼の所持品からは、カギは見つからなかった。考え方としては、犯人が持っていったといえなくもないが、これが、出会いがしらの殺人という考えもあるので、もし、そうだったとすれば、わざわざカギを取っていくことはしないだろう。犯人とすれば、一刻も早く、この場から立ち去りたかったに違いないんだ、それは、犯罪者の心理というものではないんだろうか?」
と、日下刑事が答えた。
辰巳刑事はそれを聞いていて、
「まったくその通りだな」
と思ったが、客観的に聞いていると、どこかぎこちなさのようなものもあった。
それは、普段と聞いている目線が違っているからであろう。
どちらにしても、結局、その付近から、事情を知っている人、目撃者等を知っている人が見つからなかったが、辰巳刑事の中で、この若手刑事たちと話をしたことで、気付かされたことが多かったというのが大きかったのではないだろうか?
そのおかげもあって、すぐそばでその話を聞いていた、
「ほか弁屋担当」
の刑事たちが、ほか弁屋に、カギのことは、
「聴くべき内容だ」
ということを意識するようになったのは、正解だったといってもいいだろう。
二人の刑事は、さっそく、ほか弁屋に話を聞こうと思い、来店した。
「いらっしゃい」
流暢な言い回しで聞こえてきた言い方で、マスクをしていても、
「外人だ」
ということは分かった。
彼ら二人も、若手刑事ほど外人連中を目の敵にしているわけではなかったが、少なくとも快く思っていないのは、若い二人と同じだった。
やはり、警察のような、きちっとした規則に守られている人間にとって、外国からやってきて、我が物顔で振る舞い、文化の違いをいいことに、こちらをあざ笑うかのような態度をとってきた人間が多かったことから、当然のごとく、嫌だと思うのだった。
「すみません、我々はこういう者ですが」
といって、警察手帳を提示すると、露骨に困ったような顔をしたが、すぐに気を取り直して、
「じゃあ、奥の方で」
といって、中から奥に通された。
きっと、表情が元に戻ったのは、
「自分たちが、事件のことで話を聞きたいと思っている」
ということが分かったからだろう。
最初に警察手帳を見ただけで、あそこまで露骨に嫌な顔をしたのは、たぶん、今までにも警察相手に、嫌な思いをしたからに違いない。しかも、その表情は明らかに、敵対視しているのだった。
ということは、今までに、入国の際か、それとも、不当就労などが横行している中、
「我々は違うのに、何で皆一緒のように思われるのか?」
ということで、怒っているのかも知れないが、それだけだろうか?
ひょっとすると、本当に不当就労されていて、見つかれば、強制送還されることが分かっているので、身構えたというところであろうか?
あそこまで露骨な態度をとるのは、そこまでの事情があると思っても仕方のないことであろう。
ただ、今回は、事件の捜査が中心であるし、管轄部署も違うので、そのあたりを、彼らも知っているのかも知れない。もし、不当就労であれば、その後ろに何らかの組織のようなものが蠢いているだろうから、まさかと思うが、そこまで調べておかないと、事件も進展しないかも知れないと思えた。
実際に、不当就労のトラブルから、殺人事件に発展したという例も、全国的にはあるのかも知れない。
そのあたりも、調査の必要があるのではないかと、実際に外人を目の前にすると感じないわけにはいかなかった。
「いくつかお聞きしたいんですが、このお弁当屋さんは、このビルのテナントになると思ってもいいんですか?」
と聞くと、
「ええ、そうなります」
「じゃあ、このお店ができたのは、いつ頃ですか?」
と聞くと、
「私は、ここに入ってからまだ3年目くらいなんですが、6,7年前からお店自体はあると聞いています」
「じゃあ、このビルの他のテナントはどうですか?」
と聞くと、
「私たちは、ビルのテナントといっても、他のオフィスとは違って、独立した店舗なんですよ。他は皆会社でしょう? 大家さんが、一階は、店舗にしようと思っていたらしいんです。コンビニだと狭すぎるので、ほか弁屋がちょうどいいということで、ほか弁屋も、このあたりを物色していたようなので、結構早く契約は成立したんだということは聞いていますね」
と答えた。
「なるほど、そうだったんですね? でも、他のテナントとは別ということは、どういう管理になっているんですか? 戸締りや警備などですけど、私が知っているところとして、こちらのお店は、11時まで営業されているんですよね? 基本ですが、たぶん、お宅が一番遅くまで営業されているとおもうのですが、その時に、隣のロビーについては、何かご存じですか?」
と聞くと、
「先ほども申しましたとおり、うちは、向こうとは関係ないので、向こうの警備に関しては、ほとんど意識がありません。向こうの警備をうちが掛けるわけではありませんからね、でも、私が知っているのは、2階の歯医者ですが、あそこは、午後九時までやっているようですよ。看護婦さんの一人と私はお友達なんですが、その人がいうには、バスの時間があるので、9時半過ぎくらいまでは、事務所にいるということを言っていましたね」
ということだった。
「ああ、じゃあ、下の歯医者は、上のロビーと同じ警備なんですね?」
ともう一人の刑事がいうと、
「ええ、その通りです。だから、詳しいことは歯医者さんに聞かれればいいかも知れませんね」
ということであった。
「ところで、この人なんですが、見覚えありますか?」
といって、被害者の写真を見せると、すぐに、
「知らない」
とは言わず、さらに凝視するかのように写真を見ていた。
それを見る限り、
「まったく知らない」
ということではなさそうだが、じっと見ているということは、
「知っているには知っているが、そこまでハッキリとは知らない」
ということになるのだろうと感じた。
「この人、何度か、お客さんとしてお弁当を買いに来られたことがあったような気がしますね」
と答えたので。
「それはだいぶ前のことですか?」
と聞くと、
「それほど前というわけではないですね。ここ数か月の間に、私がいる時間帯で数回くらいですかね? ひょっとすると私のいない時間帯にも買いに来たことがあったかも知れないですね」
というのであった。
「常連さんというところまでは行っていないということでしょうか?」
と聞くと、
「ええ、常連さんであれば、もっと頻繁に来てくれるでしょうし、最初に比べて、どんどん頻度が短くなるはずですが、この人は頻度が短くなるということはなかったんです。だから、本当に時々買いに来る客ではあるけど、常連になってくれるかも知れないと思っていたけど、ならなかったそんな客の一人ですね」
「どういう客って多いんですか?」
「そうですね、人それぞれですから何とも言えないですが、そんなには多くはないと思います。ここまでちょくちょく来てくれるのであれば、普通なら常連になってくれる人が多いので、そうでもないということは、食事に関しては、飽きっぽい性格なのではないかと思ったんです。だかあ、うちに買いにこない時は、カレー屋だったり、牛丼屋だったり、注文しておいて、取りに行くというそういうパターンの人が、結構多いと思っているので、この人もその一人なのではないかと、私は勝手に想像していました」
という。
この話は、実に参考になった。
実際に後から調べてみると、この客は近くのカレー屋だったり、牛丼屋で、時々、電話注文をしておいてから、取りに来る客ということだった。
「今では、ネットでも、注文できるのに、この人は、律義にいつも電話をしてきましたね」
というのが共通した意見で、弁当屋も、同じことを言っていたのだった。
とりあえず、ここで聞いた話は、それくらいだったので、お弁当屋と、再度話をする前に、前述の、
「階下の歯医者に話を聞くのが、先だろう」
と考えた。
歯医者の受付には、小柄な女性がチョコンと座っていて、ほか弁屋の女性定員がいうには、
「小柄な女性が受付に座っていると思います」
というが、それに間違いはなかった。
歯医者の受付はエレベーターから降りて、目の前にあった。そして、その奥が診療室になっているのだった、
「ほか弁屋の下が、そのまま歯医者になっているわけか?」
と、大体の地形関係が分かったのだ。
刑事がエレベーターから降りて、受付に向かうと、なるほど、小柄な女性が、立ち上がって、挨拶をした。その身長は、150cmはないであろうことはすぐに分かったのだった。
「すみません、ちょっとお伺いしたいんですが」
と警察手帳を提示し、声を掛けると、歯医者の女性は一瞬、たじろいだ雰囲気であったが、すぐに、気を取り直して、
「はい、何でしょう?」
と笑顔さえ向けた。
そもそも、歯医者というのは、大体において、嫌がられるところであるので、子供には、優しくするように心がけていることから、普段から、笑顔には気を付けているのだろう。
ただ、今回は大人が相手、たぶん、昨日の殺人事件関係のことであることは分かっているのだろう。
今回病院を訪れたのは、辰巳刑事と、日下刑事の二人だった。すでに、お互いに事件について何となくであるが話をしているので、
「お互いに、昔からの中のような気がするな」
ということを感じていた。
歯医者に話をしにきたのも、最初から計画していたわけではなかったが、それぞれに気づいて、阿吽の呼吸で、エレベーターに乗ったのだった。
最初にどちらかが先に気づいて、
「あっ、そうだった」
とすぐに気づいたことで、
「まるで、お互いにすぐに気づいたかのように、まわりから見れば、そう感じることだろう」
と考えると思ったのだ。
実際に、階下に来ても、二人の息はピッタリのようで、最初に看護婦に話しかけたのは、辰巳刑事であったが、日下刑事は、黙って従っているだけだった。
本来なら、それぞれの署では、最前線のトップといってもいい存在。
であれば、主導権は普通に考えれば、県警本部から来ている日下刑事が握ることになるだろう。
しかし、実際に最初に話しかけたのは、辰巳刑事、ある意味、
「地の利」
ということで、日下刑事には、相手に譲るというところを備えている人間だったのだ。
ただ、相手が、
「本部に対しての対抗心」
というのを露骨に示していれば、
「自分も黙っていない」
とでも、思うことだろう。
だが、相手がちゃんとこちらを立ててくれて、お互いに立場を尊重するような相手には、自分から敬意を表するということを忘れることはないのだった。
「辰巳刑事は、なかなか、自分をわきまえておられる」
という言い方を、日下刑事はわざとした。
もし、そこで対抗心を燃やしてくるようであれば、こちらも、
「目には目を、歯には歯を」
ということで、対抗心を燃やすことだろう。
本部の権威をひけらかすということは嫌いだったので、あくまでも、自分の実力を表に出すということになるのだろうが、辰巳刑事もそのあたりはわきまえているので、
「わきまえる」
という言葉の本当の意味を分かっているのだった。
わきまえるという言葉には、
「物事の善悪をハッキリとつける」
という意味がある。
「勧善懲悪であっても、理不尽であれば、成立しない」
ということを、辰巳刑事にいいたかったのであろう。
「ここのビルのことなんですが、この歯医者さんが、結構以前から、ここにあったということを聞いたものですから、少しお話を伺いたいと思って来てみたんですが、よろしいでしょうか?」
と、辰巳刑事が切り出した。
時間的には午後1時半くらいであった。
この時間にやってきたというのは、理由があった。
歯医者の昼休みというのが、午後1時から二時半ということになっていたからだ。1時間半をとっているのは、たぶんであるが、
「午前の患者が少しずれこむ可能性があったりすると、1時間だけだと、食事をする時間もないほどに、大変だからなのかも知れない」
と思ったのだ。
だから、午後1時ちょうどに来るよりも、少し時間をずらした方がいいと思って、この時間に来たのだった。
すると、看護婦は、ニコっと笑って、
「いいですよ。ただし、お弁当を食べながらでもいいですか? 昼休みの時間って貴重なもので」
と言った。
「ああ、もちろん、構いませんよ。こちらが一方的に押し掛けたのですから」
と刑事は言ったが、彼女としても、刑事がこの時間に訪ねてきたことは、ちゃんとこちらのことを気遣ってのことだということを分かってのことであろう。
そう思うと、質問に答えるのも、気分的に嫌ではなかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて、そうさせてもらいます。じゃあ、こちらにどうぞ」
といって、中に入れてもらった。
歯医者というと、独特の臭いがある。薬品の臭いなのか、消毒液なのか、とにかく、まずは臭いだけで、たじろいでしまう。
そこに持ってきて、さらに辛いのは、
「キーン」
という、歯を削る音である。
子供の頃など、あの音を聴いただけで、逃げ出したくなったという人が、ほとんどなのではないかと思うほどに、歯医者というのは、
「聴覚と嗅覚で襲い掛かってくるところだ」
という意識が強くなってくるのであった。
「まず、お聞きしたいのはですね。この病院が昔からあったのであれば、ほか弁屋さんのこともご存じではないかと思ったんですよ。このビルというのは、どうも構造的に不思議な構造になっているだけではなく、中に入っているテナントも、それぞれに特徴があるような気がするので、一つ一つ調べる必要があると思ってですね」
というのを聴いて、看護婦は、
「刑事さんたちは、昨日の殺人事件を調べているわけですよね? 私はその現場を直接見たわけではないのですが、どんな感じだったんでしょうか?」
と看護婦がいうので、
「被害者は、どうやら非常階段の方の扉を開けようとしたんでしょうが、その時、だしぬけに、非常階段の方から出てきた人に、刺されたような感じだったんですよ」
という。
看護婦は少し考えていたが、
「そうなんですか? あの扉に関しては、以前から曰くというか、ちょっとしたことがあったんですよね。もちろん、今回の事件とまったく関係のないことなのかも知れないんですけどね」
という。
「どういうことでしょうか?」
と刑事が聞くと、
「今はまだ貼ってあるかどうかわからないんですが、今から半年ほど前のことでしょうか? 今はもうこのビルから退去した会社があったんですが、その会社が、5階にあったんですよ。今は、4階の会社の別部署が入っているようなんですけどね」
と看護婦がいうと、
「それは知っています」
と刑事は答えた。
「その前の会社は、システム関係の会社のようで、シフト制を敷いているのか、普通に日勤者が、午後7時まで仕事をしているんですが、その時間に出勤し、早朝帰宅するというシフトの会社があったんです。その深夜の人は、業務の監視だけだったので、基本、毎日一人だとおっしゃってました」
と看護婦が言った。
「なるほど、その会社は、今はいないわけですね?」
というと、
「はい、そうです。で、その会社の人が最初に気にしだしたことが、ちょうど一年前のことだったんですが、どうやら、3階のロビーで、深夜、ホームレスなのか、通行人なのか分からないけど、侵入してきて、中でタバコを吸っているということだったんですよ。実際に、タバコの吸い殻が結構落ちていましたからね」
という看護婦に対し、
「ロビーの中にですか?」
「ええ、そうです。私も見ました。それでですね。深夜に来ている人が私にいうんですよ。午後九時十五分を回ったら、下のカギを閉めてもいいかってですね。私たちが、基本的に。9時までの診療なので、それ以降は、他の事務所もいないだろうということで聞いてきたんでしょうね。私は、構いませんと答えました。その人の言い分も分かるんですよ。寒い時とか、雨の時など、ホームレスなどは、扉が開いていれば入ってきますからね。タバコを吸う輩だったら、これ幸いと、人のことを考えずにタバコを吸うでしょう。でも、吸い殻の始末もしないようなやつなので、もし、火事にでもなったら、ビルの上の階にいれば、逃げられない可能性が高いでしょう? 何しろ、敷地面積が狭いし、エレベーターは危ないので、非常階段になる。これも危ないだろうから、火事を起こすというのは、致命傷になるというんです」
という看護婦の話を聞いて、
「それは当然の言い分でしょうね。それで、歯医者さんが帰ったあとに、下を閉めるようにしているわけですね?」
「ええ、そうです。今は、最期に出るのは、うちか、たまに残業する会社くらいなので、ほぼ午後九時半以降開いているということはないんですけどね。その会社の人は、このビルに3年くらいいたでしょうか? 結構短い間だけだったと思うんですが、その人がいうには、下を閉めたとしても、遅い時間に戻ってくる人がいても、カギは皆持っているはずなので、開けて入ればいいだけですよね。自分が今は朝までいるから開いているだけで、もし自分がいなければ、本当は閉まっているはずだからですねと言っていました。それももっともな話ではないかと私は思ったんですよ」
というのだった。
「うん、確かにそうですね」
と刑事は言ったが、今のところ、
「だから、どうだというのだ?」
と、正直、何が言いたいのか、分からない状態だった。
「その事務所が退去する少し前だったんですが、そのシフト制の人で、カギのことを気にしている人がいると言いましたが、その人が、ある時、少し騒いだことがあったんです、その人の言い分ももっともだったんですけどね」
と看護婦は言った。
「ほう、どういうことですか?」
と刑事が聞くと、
「あれは、正面玄関のカギを閉めるようになってから、数か月くらいのことだったでしょうか? 正面玄関のカギは、前から、最終退出者は最終警備を掛けてから、表に出て、キーを使ってカギを掛けて帰るというのが当たり前のことになっていたんですが、その人もそうしていたんですよね」
と看護婦がいう。
「それはそうでしょうね」
と刑事がいうと、
「だけど、非常口側は何もいわれていないので、閉めていなかったというんですよ。でも、よくよく考えると、正面玄関を閉めたんだから、非常口側の扉も閉めないと意味がないと思ったらしいんです。それで何度か、非常階段を閉めてから、早朝帰っていたというんですよ」
「なるほど、分かります。普通考えれば、当たり前のことですよね」
と刑事が相槌を打つと、
「だけどですね。どうも、その扉に、閉められると困る。最近閉まっているので、毎回、管理人に開けてもらっているという内容のことを、非常階段のノブのところに書いて、貼ってあったということなんです。私たちは、ほとんど見ないので、気にもしていませんでしたが、シフト制のその人はすぐに気づいて、これはおかしいといい出したんですよね」
「それで、ここに聴きに来たんですか?」
「いいえ、その人も、まずは、どこが貼ったのか分からないということで、最初は、ほか弁屋さんに聞きに行ったということなんです。何しろ相手は、外人でしょう? なかなか話が込み入ったところになると通じないようで、今度は私のところに来たんですよ」
というではないか。
「それで、分かったんですか?」
「いろいろ話を聞いてみて、話をしているうちに分かってきましたね」
と看護婦は言った。
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