第8話『疾風の荒垣健・それぞれの境遇と決意と』
世良田大学1年生の秋津悠斗は、秋津文彦衆議院議員を紹介党員として保守党に入党した。
配属先は党学生部。将来の有望株として育てられるのだ。同時に彼は秋津文彦国土交通大臣の私設秘書のようなものでもあった。
当然メディアへの露出も増え、イケメン党員として名が知れるようになる。彼は衆議院議員の息子である。政治の世界は人気商売で結局は存在感、華があるかで決まる。必然的に学生部の中でリーダーシップを発揮する場面が増えてきた。
悠斗自身も決しておごることなく、こまごまとした雑務も積極的に引き受ける。学生部の指南役議員の覚えもめでたかった。
似たような事例として、
秋津と大泉に共通するのは若さであるが、秋津悠斗は大泉進太郎の子供でもおかしくない年だ。さらに言えば、大泉は総理への野心を隠しがちだが、秋津は幼いゆえに全く隠していない。
国枝、柏木ら参謀役の友、森田正好や秋津文彦ら周りの大人たちの後援で、政策の中身についても人に聞かれた際、安定した問答ができるようになっていた。
そのような秋津悠斗の裏の顔は……革命家玉川芳彦の協力者。秘密結社自由芸能同盟に素性を隠した状態でオブザーバー参加を許されていた。
秋津悠斗は着実に、総理大臣への階段の初歩を登りつつある。
当然、秋津悠斗なる学生党員が頭角を現しているという情報は、現党総裁の物部泰三内閣総理大臣にも報告が上がった。
……保守党総裁室の執務机で報告書を読みふけっていた物部泰三は紙を置くと、傍らのソファーに座る秋津文彦代議士をにやけ顔で見る。岸本勇雄外務大臣、森田正好文部科学大臣も同席する。
「文彦さんとこの悠斗君、ずいぶん活躍しているそうじゃないですか」
「はあ、お恥ずかしい限りで。帰ったら釘を刺しておきます」
秋津文彦が昭和の親父らしい仕草でハンカチで汗をぬぐう。
「いやいや、政治家の若いうちはこれぐらいでいい」
物部は機嫌がよさそうだ。
文彦を呼びつけていたのは、防災担当大臣としての入閣を要請するためであったが、文彦は派閥内に志望者がいるとして譲った。もっとも、御屋敷幹事長に邪魔立てされ見送られた形だ。
「一度会ってみるかな、秋津悠斗君と」
* *
2018年、夏。
どこまでも広がる青空に入道雲が高く昇る。灼熱の滑走路をブーツで踏みしめ、サングラスを格好良く外す、パイロットスーツ姿のその男──荒垣健。
彼こそ、防衛大臣その人である。彼のあるべき姿とは防衛省の大臣執務室で書類を決裁することではなかったか。いや、違う。荒垣を荒垣たらしめる所以は政治家ではなく戦闘機乗りとしての彼の人格にあるのだ。
昨年2017年の末、日本国と南興社会主義人民共和国が経済協定と安保協力を結び、年度末には日本自衛隊と南南興軍部との間で実務者協議が始まった。
今日は待ちに待った合同演習である。
荒垣は灼熱の滑走路を歩くと、F35戦闘機に乗り込んだ。
ヘルメットを被り、酸素マスクをつける。梯子が外され、離陸位置につく。
左手でエンジンスロットルを押し込み、滑走路を加速していく。
今、離陸した──!
荒垣の描く空の軌跡と人生がシンクロしていくようだ。
荒垣健、果たしてどのようなストーリーを持つ人物か……
2011年、東日本大震災発生!
宮城県の航空自衛隊松島基地が津波に吞まれた。海水と瓦礫の濁流に浸ったF2戦闘機の中には荒垣の愛機もあった。
東日本大震災では時の民衆党政権の対応に国民の批判が集中する。一方野党時代の保守党も臨時体制での閣僚ポストの打診を断るなど、与野党の足の引っ張り合いが目立った。
汚泥にまみれた戦闘機、そのコックピットから地平線いっぱいに広がる被災地の惨状を見て、そして上空には中国ロシアの偵察機が挑発しながら飛ぶ中、若き荒垣は誓った──
与党も野党も日本を任せられない。ならば自分が政界に転身し、新時代のリーダーになってみせる! と。
そのような彼が議員バッジをつける前に、政権で高官として大抜擢したのが、他でもない民衆党の船橋喜彦内閣総理大臣である。船橋は党派性は違えども、自衛官の父を持つ身として荒垣の愛国心、使命感に同情する余地は十分にあった。
荒垣は、左派の多い民衆党政権で処世術を学び、高官として行政のノウハウを体感したのである。
年は変わり、2012年。
民衆党政権の反動から右派層の支持を集める物部泰三が保守党総裁に再登板。物部は就任後即改新党に連立を打診し、荒垣は防衛大臣の栄誉に属した。
物部首相は地球儀を俯瞰する外交と銘打ち、世界規模の安全保障戦略を策定する。日米同盟にインド、オーストラリアを加えた枠組み「セキュリティダイヤモンド構想」を用いて中国ロシアが主導する「新シルクロード構想」への対抗策とするドクトリンは、実は荒垣健が提案起草したものだ。物部の政策のうち外交安保に関するものは荒垣の領分なのだ。
物部政権において、特定機密保護法、テロ等準備罪が制定され、集団的自衛権が閣議決定された。日本は中露北の軍事的脅威に対抗すべく、自らも完全武装する道を選んだ。
そして時は流れ、2018年。暑い夏が始まる──
南興島の海面すれすれを空気を切り裂き飛ぶF35A。レーダーが捉えた。
『F35A高性能型!?』
今回の日興合同軍事演習に荒垣防衛大臣が出撃することはまだ双方の部隊に知らされていない。
容赦なく火器管制レーダー波を浴びせ、撃墜判定。
『うわ!』
『畜生!』
衝撃波で南南興機をぶっ飛ばしつつ、目くらましのため太陽を背に宙返りを見せつける。
『まさかあれは、荒垣防衛大臣!?』
果敢にも南南興の戦闘機が食いつこうとするが、後ろについた途端、荒垣機が急旋回した!
『防衛大臣ではない』
そのままレーダーの射線を確保し、ロックオン。
『えっ!』
撃墜判定だ。
『ただのエースパイロットだ!』
そう荒垣予備三等空佐は言ってのけた。
* *
大学3年生。進路のことを本格的に見据え、就職活動に励む時期だ。
だが桜香子は違った。桜香子は、官僚の父桜俊一、神職の母桜花子を持ちながらも、自分はごく普通の女の子として暮らしていくのだろうと思ってい ところが、物部泰三内閣総理大臣が税金で桜を見る会を開き、その証拠資料を財務省出向参事官だった桜俊一に改竄させ、全ての罪を押し付けたことで、桜家の生活はどん底へと叩き落される。桜俊一は降格の上、近畿財務局へ左遷となってしまった。
長女の香子は図書館司書の夢を諦め、次女の凪子は財務省官僚の夢を諦めた。
東京だとマスコミが押し寄せてくるから家族ごと地方に逃がしたのだと青梅一郎副総理兼財務大臣は言った。空虚な響きだった。これによって桜香子は当時交際していた秋津悠斗と別れさせられる羽目になったのだ。
就職活動も厳しいかもと言った香子に、悠斗は政治家になって迎えに行くとプロポーズする。
だが香子はめまぐるしく進む就職活動の日々の中で悠斗の甘いまやかしの言葉などすっかり忘れてしまっていた。
合同就活会場において、大学三年生の四月にパーソナルリクルートサービスから会長の竹内蔵之介自らアプローチがあった。
悠斗はネットの情報から桜香子がパーソナルリクルートサービスで働いていることを突き止め、DMで真偽を確かめることとした。
《香子さん、お久しぶりです》
《わ、悠斗君、久しぶり》
《本題に入りますが。よりにもよってパーソナルリクルートサービスで派遣登録するなんて、何考えてるんですか!?》
《ちょっと、いきなり何?》
《パーソナルリクルートサービスで派遣登録したと聞きました。なにわ維新の会と癒着して公務員、正社員を削減し、代わりにパーソナルリクルートサービスが──》
《私たちはいつまでも子供じゃいられないっていうことだよ》
《どういう意味ですか》
《これ以上言うならストーカーとして通報──》
《そうですか。二度とラインしません》
《──え、あ、ちょっと、まだ話は、》
これ以上言うならストーカーとして通報するかもしれない普通は、だけど大切な思い出があるから私はそんなことしない。それが桜香子の言い分だった。なのに、秋津悠斗の早とちりのせいで伝えそびれた。伝えたかった言葉、届けたかった思いがあったのに。
何度打ち直しても既読がつかない。送れない。きっとブロックされてしまったのだろう。
男女はもどかしいすれ違いを経験し、大切な思い出が音を立ててひび割れたのを悟った。
* *
あくる日、秘密結社自由芸能同盟のテレビ通話会議に現れた秋津悠斗中央委員は泣きはらした顔をしており、斯波議長、美咲をはじめとする同僚中央委員の皆を心配させた。
「何があった?」
「泣いてるの?」
「ちょっとね」
悠斗は照れ臭そうに鼻を掻いてごまかした。
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