第9話『令和元年東日本豪雨災害・秋津、学生部長へ』
2019年は本来はめでたい年であるはずだった。
5月1日には元号が令和となり、新たなる天皇陛下がご即位。
昭和天皇ご危篤から自粛ムードに支配された昭和から平成の改元とは違い、存命のうちに天皇が上皇となり皇太子に皇位を譲られたのだ。
羽賀信義内閣官房長官も新元号の墨書を掲げ、令和おじさんとして一般国民から人気となる。これはのちに、ナンバー2に徹することで堅実なイメージだったはずの羽賀信義が、保守党総裁選に出馬する布石となる。
世間はお祝いムード一色となった。
2019年7月、新元号フィーバーで国民の熱狂冷めやらぬうちに、参議院議員選挙に突入。変わらず保守党公民党連立政権が多数の得票を得た。
そのような年の9月、東日本豪雨災害が起こる…… 2019年9月11日、台風が迫る中、物部泰三は実に間の悪いとしか言えないタイミングで内閣改造を実施。それは明らかに、参議院選挙で浮揚した政権支持率のアドバンテージを活かすためであった。
交代した新閣僚の主な顔ぶれは……
茂手木敏正外務大臣
西村篤志経済再生担当大臣
秋津文彦国土交通大臣
大泉進太郎環境大臣
……などである。奇しくも、美咲と悠斗の父らが経済再生担当大臣、国土交通大臣として入閣するに至ったのだ。
荒垣健防衛大臣は留任する一方、秋津らと親しい森田正好文部科学大臣は外された。それも政治というものか。
台風は千葉県内房から上陸した。甚大な被害をもたらした台風に対し、政府は非常災害対策本部を立ち上げた。物部内閣総理大臣が本部長、内閣官房長官と防災担当大臣が副本部長、その他閣僚が本部員を務める。
荒垣健防衛大臣は、31000人規模の自衛隊派遣を指示。 自衛隊を指揮する荒垣大臣もさることながら、秋津文彦国土交通大臣も現地に派遣した国土交通省官僚への采配など、職務に忙殺されていた。
* *
私設秘書として動き回れる国土交通大臣の息子であり、みずからも保守党学生部委員長である秋津悠斗は、身分をあえて名乗らず世良田大学の大学生ボランティアとして千葉県鋸南町の被災地に入った。
「(さて、ばれずに済むかな?)」
甘いスパイごっこはすぐに打ち砕かれた。
バスで現地入りした悠斗の目に入ってきたのは、ほぼ全世帯ブルーシートで屋根を応急処置した街並みであった。汚水を吸い込んだ畳が悪臭を放ち、ゴーグルに作業服が欠かせない。陸上自衛隊、警察、消防が町で住民に聞き取り調査を行っている。戦場ともいえる光景だった。
やがてバスは、ボランティアセンターが間借りする町役場にたどり着いた。ボランティアセンターでは入り口にテントが張られ、ボランティアたちが先着順にパイプ椅子に座りレクチャーを待っていた。
そうしてボランティアのニーズが紹介され、先着順に割り振られていく。
再び車に乗り込んだ彼らは、山奥の集落へと向かっていった。
気合を入れたのもつかの間、
「えっ、引き返せ!?」
車内のリーダーらしき中年男性が本部と携帯電話でやり取りする。
「えっ、自衛隊がそこは既にやってると? ……分かりました」
通話を切るリーダー。
「まったく、自衛隊とボランティアの活動範囲が重なってて連携が取れていないよ」
* *
スコップで被災家屋から汚泥を書き出す悠斗。
秋津文彦と出会ったあの千葉県豪雨災害と違うのは、彼も責任ある大人の仲間入りをしたし、幼いからちやほやされる年でもそろそろなくなるという点だ。
「はあはあ」
「おい兄ちゃん、もう限界か」
悠斗はタオルで泥まみれの顔を拭く。
時間がきた。
……安いビジネスホテルにたどり着いた秋津。
「予約していた秋津です」
「ボランティアですか」
ビジネスホテルの年配の女性従業員がフランクに話しかけてきた。ちょっと驚く。
「はい、そうです」
「ご苦労様です」
風呂に入って疲れを癒すこととした。
細身ながら引き締まった彼の体が明らかとなる。その彼の体にシャワーの水滴が滴り、色気が漂う。
「(今日は自衛隊とボランティアの連携がうまくいかなかった。活動範囲がダブっているんだ。両方ともバラバラに瓦礫を運んでいるから効率が悪い)」
一瞬、顔面にシャワーを吹き付けた秋津悠斗はひらめいた。
「(そうだ! まずボランティアが家でがれきを集めて、地区ごとに自衛隊が運べばいい)」
悠斗はお大急ぎで風呂から上がった。
* *
最も若いからという理由で特別にメンバーミーティングに招かれた悠斗は、意見するチャンスを得た。
「世良田大学の秋津悠斗です」
予定外の発言をするなよ、とボランティアスタッフたちがうんざりした顔になる。
「自衛隊とボランティアの連携を深められないものでしょうか」
「いやいや、私たちは自分たちの仕事をやっていればいいんです」
途中で年配の頭が固そうなスタッフに遮られるも。
「例えば現状ではボランティアと自衛隊が別個に災害ごみを集積所に運んでいますが、ここに改善の余地があるように思えます。まずボランティアが中継点に運んで、次に自衛隊がそれを運べばいいんです」
「ちょっと待って」
本部運営役員が突然意見を言ってきた若者の素性を探るべくスマホで検索する。
「ああ、やっぱり! 保守党学生部の秋津悠斗君!」
「えーっ、秋津国土交通大臣のご子息だったんですか!?」
ボランティアたちが色めき立つ。
「なあんだ、早く言って下さいよ」
ホワイトボードに貼ってあったマグネットに秋津悠斗のものが加わる。
「それでは悠斗君は明日からボランティアセンター本部運営に加わっていただきます」
* *
秋津への待遇が目に見えて変化しだした。
「ご苦労様です」
若い自衛官らが運営本部に出入りする秋津悠斗に敬礼するようになったのだ。
秋津悠斗の仕事は、運営本部に詰めての連絡係や雑用などだった。それでも、本部で働かせてもらているという事実が気分を高揚させる。たまにアドバイスを求められることもあった。
この日は労働党中央執行委員長蘇我和成衆議院議員が鋸南町に来訪した。
蘇我委員長は労働党町議会議員の出迎えを受けると、町長室に入った。
「まさか国会議員が来るとはね」
「労働党は困ってる人の味方ですから」
運営本部役員が感想を述べると、悠斗が応じた。
「それに蘇我委員長は千葉県が選挙区です」
「なるほど。さすがです秋津君」
そこへ蘇我委員長がボランティアセンタ―運営本部を視察しにやってきた。
労働党役員と運営本部役員の名刺交換が済むと、秋津悠斗の紹介の番になった。
「蘇我委員長、こちらは……」
「秋津国土交通大臣のご子息の秋津悠斗君ですね」
「ご存じだったんですか!?」
「労働党にも情報収集能力はありますよ」
悠斗はくすぐったい気持ちになった。
「悠斗君、ボランティアと自衛隊の有効な連携策を考えたのはご立派です。ですが──」
「ですが……?」
「若い自衛官と敬礼を交わすのはやや張り切りすぎですね、気をつけてください」
秋津悠斗は子犬みたいにしゅんとした。と
* *
東京。市ヶ谷──防衛省。
防衛大臣執務室において、ブルゾンを身に纏った荒垣防衛大臣は統合幕僚長からの報告に唸った。
「なるほど。そのやり方は正味秋津悠斗君が考えたものかい?」
秋津悠斗のボランティア経験、そして効果的な運用方法は荒垣防衛大臣の耳にも入った。
「統合幕僚長」
「はい」
「あらためて災害派遣現地部隊に通達を。秋津悠斗君のプランを実行してください」
「畏まりました」
……防衛大臣の命令が統合幕僚監部、統合任務部隊司令部、現地部隊に伝わるころには、秋津悠斗はボランティア期間を終え、世良田大学の学業へと戻っていった……
再開した学業や課題と並行して、秋津悠斗にはやるべきことがあった。保守党学生部委員長の選挙である。
* *
保守党学生部のうち、東京都支部連合会学生部は、最も若い党員で構成される。その都連学生部の中に、中央執行委員会が存在し、都道府県から都、都から中央へと学生部のカーストは確かに存在するのだ。
「……で、他の立候補者は」
「秋津悠斗君だけです」
公式非公式問わず、学生部各位に中央執行委員長のポストの打診があったものの皆、口をそろえて固辞し、代わりに秋津悠斗を薦めた。
「秋津悠斗君がいるじゃないですか」
「秋津がリーダーにふさわしいと思います」
「ルックスもいいし、党の支持率アップにもつながると思います」
「悔しいけど、僕じゃ太刀打ちできない」
とのことである。
物部内閣総理大臣は、秋津国土交通大臣と秋津悠斗学生部員を保守党総裁執務室に呼んだ。
「君が秋津悠斗君だね」
秋津悠斗は恋人を奪われた私怨はこの際封じ込めることとした。それよりも、総理大臣が直々に自分のために時間を割いてくれた驚きのほうが勝った。
「はい」
「もしかして以前、桜を見る会で私に話しかけてくれたかな?」
「! まさか覚えておいででしたか」
「総理大臣たるもの、記憶力を常に磨かねばならない」
「……仰る通りです」
「そして君もな」
「え」
「より高みを目指すのであれば、この程度の役職、全うして見せたまえ」
物部は悠斗に推薦状を手渡した。
「私は保守党総裁として、秋津悠斗君を党東京都連学生部中央執行委員会委員長に推薦する」
「はい!」
* *
2019年、秋。秋津悠斗は大学2年生にして保守党学生部中央執行委員会委員長の立場となった。
恋人を物部政権に奪われたあの日の少年は、その物部政権で政治のノウハウを覚え、沙織、洋介、美咲、斯波、国枝、柏木、森田……多くの仲間を得た。
物部総理大臣に対しては、愛憎入り混じった気持ち。船橋喜彦という乗り越えるべき相手を見つけ、オヤジの下で政治家としての修行に励む。
船中八策ともいえる政策を練り上げ、自らの口で語る力を磨きつつある。
秋津悠斗は飛躍する。
学生部委員長のポストは、秋津悠斗が目指す政治家人生の序章に過ぎないのだ……
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