第2話『桜を見る会・物部政権の功罪』

 紅白幕が風で揺らぎ、数えきれない桜が新宿の庭園に咲き誇る。

「桜を見る会の成功を祈り、乾杯!」

 物部泰三内閣総理大臣は、今年も一合ますを手に、肉厚な笑顔で開会の音頭をとった。

 濃紺の高級ブランドスーツを桜の花びらがくすぐる。

 物部総理大臣と芸能人らとが楽しそうに記念撮影し、彼らの持ちネタを披露していく。

季節の花を楽しむ厳かな首相官邸の文化的行事は、物部の総理大臣再登板以降、酒池肉林の下品な接待パーティーとなり下がった。一万数千人の来場者の多くは総理のお膝元である保守党山口県支部連合会の党員で占められ、その事実だけでも総理が桜を見る会を選挙目当てで私物化していることがわかる。さらに、流行の芸能人や、果てはアイドルグループまで呼び込み、政権に功労のあった者を接待させている。

 その人ごみの中にあって、ひときわ目立つ美少年がいた。容姿にすぐれる彼は藍色の髪に紫の瞳を持っていた。はらはらと舞う桜が芝生に立つ彼の容姿を引き立てる。

 その美少年の名前は、秋津悠斗。

 紫の瞳は色眼鏡のように政権の功罪にフィルターをかける。

 少年ゆえの幼い権威主義で与党の保守党は偉くて強いんだと思い込み、政府、与党主催の幾多ものイベントに足を運んでいた。政権の闇も知らず、日米安保の強化(アメリカ追従外交ともいえる)、雇用の拡大(物部政権は派遣労働者を加算して雇用を増やしただけであるが)などなど政権側の政治宣伝を鵜呑みにしている。

 悠斗は同じ学校の上級生、洋介と美咲を連れ立ち、物部総理大臣との握手の順番を待ちかねていた。彼と彼女も、海上自衛隊最新鋭艦護衛艦やまと艦長東城幸一一等海佐の息子と西村篤志衆議院議員の娘であり、いずれも政府関係者の子女であった。とくに美咲はアイドルでもあるから芸能人枠ともいえる。

 彼女は甘いはずのジュースを口に含み、苦いため息をついた。

「税金の無駄遣いね」

「そう言うな。親父さんの立場もあるぞ」

 美咲をたしなめる洋介は自衛官の息子としてよく己を律しており、自身も防衛大学校志望だ。

「だってさあ、プロデューサーが税金でお仕事受けて、私たちはタダ働き同然で、政府広報の出演とか㏚イベントに動員されてるんだよ。おまけにセクハラパワハラもあるし、これじゃあ国営枕営業じゃん」

 美咲の言葉は事実だ。

 いまだ高校生でしかない彼女の青春がむさくるしい男たちの欲によって性的搾取されているのはひとえに、首相官邸と大手芸能事務所の癒着が大きい。

 物部首相はコンテンツ産業を利権化するため、官民合同のクールジャパン機構を立ち上げた。

 クールジャパン機構には、政府広報、もっといえば政権プロパガンダを委嘱。

 美咲のせりふにあった春本Pとは、そんな政権と利害の一致した、アイドルを徹底的に性的シンボルとして利用し過密スケジュールを強いているプロデューサ―、春本健一のことだ。

 政府の芸能汚職はいわゆる『公金チューチュー』を許す愚策ではないか?

 そうこうしているうちに物部総理との握手の順番が回ってきた。

 洋介と美咲と軽く握手したのち、悠斗のところで総理が立ち止まり、その事実に悠斗が頬を紅潮させる。

「君、政治家志望だったっけ? オヤジさんから噂はかねがね聞いているよ」

「物部総理、いつも憧れていました、光栄です!!」

「お、おお、どのあたりを評価してもらえたのかな?」

「日米安保の強化や雇用を増やしたことですよ」

「悠斗、その辺にしておけ」

「あっ、オヤジ」

 総理は次の列へ握手とあいさつに回っていった……

 次に回るは各国大使の列。南興社会主義人民共和国の駐日大使もいる。

「腹減ったなあ、何かつまんでいくか」

 秋津文彦国土交通副大臣は腹をさする。

「オヤジ」

 悠斗は手をさすりながら愁いを帯びた顔つきになる。

「どうした、改まって」

「俺、物部総理大臣みたいな政治家になりたいです。どうやったらなれるんですか」

「反物部派の意見にも耳を傾けることが大事だぞ。物部さんのようになりたければな」

秋津悠斗は栄華をきわめる物部総理大臣を見て、自分もいつかは政治家になりたいと思う。あわよくば総理大臣になれるものだと少年ゆえの甘い考えで有頂天になっていた。


      *    *

 

 赤坂の高級料亭に黒塗りの車が停まり、SPが後部座席の扉を開ける。物部泰三内閣総理大臣が姿を現した。主賓の登場だ。

 季節の草花が植えられた庭に、鹿おどしが鳴る。それを眺める部屋の卓には日本酒、天ぷら、刺身、煮物、吸い物と豪勢な料理が並ぶ。

 女将が襖をあけ物部を通すと、政権幹部が正座に足を組み直した。

 副総理兼財務大臣、内閣官房長官、与党幹事長、ブレーンチーム、くわえて桜を見る会の協賛企業役員が揃っていた。

「ああ、そのままそのまま」

 彼らこそ2012年の保守党政権奪還、物部総理総裁再登板を支えた功臣たちである。永田町では総理大臣と与党総裁を兼ねる人物を総理総裁と呼ぶ。物部は強烈な光の先に影を落とす政治家、もっといえば賛否の分かれる政治家なのだ。

オトモダチ内閣。口さがないものはそう呼ぶ。

物部が上座に腰を据え、清酒で一献。

「今年も桜を見る会にご協力ありがとうございます」

 物部が刺身を口に含みながら政権幹部をねぎらう。

「少し募集枠が偏っていたのでは?」

 寡黙で下戸な羽賀信義内閣官房長官が烏龍茶を飲み、ムードに冷や水を浴びせた。

 羽賀信義内閣官房長官。黒子に徹するタイプの寡黙な実務家で、秋田のイチゴ農家から横浜市議を経て内閣官房長官にまでのぼりつめた。庶民派として行政のコストカットが持論である彼は、官僚のクビを飛ばすために作られた内閣人事局の創設者でもある。

「大丈夫です、招待者名簿は破棄されました。官僚が自主的にやってくれています」

「忖度ですね」

「その官僚、うちの財務省から出向している桜俊一参事官って言うんだけどよ、桜っていう名字なんだぜ? 桜を見る会のサクラの名簿を桜参事官が始末するなんて笑えるなあ」

 青梅一郎副総理兼財務大臣がガハハと笑う。

 笑えない冗談どころか公の場でも失言を繰り返す青梅は、髪を黒染めしていても老いは隠せない。自身も青梅派という派閥を率いる80歳近い首相経験者だ。九州が選挙区で、青梅グループという事実上の財閥を弟が経営している。

「おや、桜一族は神道政治連盟では割と名の知れた家ですよ? 巫女の一族で女系なんです。今の参事官はお婿さんだったかな」

 物部がさらっと重要なことを言う。

「総理! 官僚の手綱は強く押さえとけや!」

 顔をすっかり酒で赤らめた御屋敷芳弘保守党幹事長が膝をぴしゃりと叩きながら怒鳴った。

 和歌山県議会議員からのたたき上げである御屋敷幹事長は、運輸大臣に経済産業大臣、党総務会長を歴任した国交行政の長老だ。派閥の子分への面倒見がよい反面、中国に日本の土地を売り渡す腹黒い一面もある。そして同じたたき上げの経歴を持つ羽賀信義をひそかに後援する政界のフィクサーでもある。そのような金権剛腕の御屋敷を幹事長に起用したのは物部の長期政権の秘訣だろう。

「官僚など非正規に変えてしまえば良いのですよ」

 大泉政権下の元総務大臣にして人材派遣会社パーソナルリクルートサービス会長の竹内蔵之介が肉厚な顔で笑う。

 公務員など非正規に、そう暴言を放った竹内蔵之介は二つの顔を併せ持つ。政府に委嘱された経済学者としての顔と、その経済施策でうまみを得る派遣会社の元締めとしての顔だ。

 まず経済学者としての竹内が経済財政諮問会議でコストカットを大義名分に公務員や正社員の首切りを提案する。それを受け、大泉、物部、羽賀ら政治家がそれを実行。そこで格安の人材の提供に名乗りを上げるのが人材派遣会社パーソナルリクルートサ―ビスだ。まさしく、我田引水。

 大阪発の政党なにわ維新の会にも竹内の信奉者、もっと言うと新自由主義の信奉者が多く、図書館などをコストカットする話が持ち上がっている。

 物部政権が雇用を増やしたと喧伝されているし、実際支持者も信じ込んでいるが、これがからくりなのだ。

「まあまあ、この後はうちの慰労施設で二次会といきませんか」

 ほくそ笑んだのはアイドルPの春本だった。

 

       *    *


 無料通話アプリのグループ名には【自由芸能同盟】と表示され、若者たちがオンライントークに花を咲かせる。チャットと同時にボイスチャンネルでも話が弾む。

 議題は、桜を見る会。物部政権の功罪についてだ。

『こりゃ本気で物部政権を討たねば』

 と言った彼のロールには、中央委員会議長と表示されていた。

アイコンは武士の家紋。見る人が見たらわかるだろう、斯波家の家紋と。

 彼こそが玉川芳彦。この自由芸能同盟の党首である。

『ってことは、政治家を目指すんですか?』

 中央委員に登用されたばかりの党員が玉川に尋ねる。

『待て待て、その前にやるべきことがある』

 母方の先祖から斯波家の血筋を引きながらも、毒親に理数系への進路を強いられている玉川は、すぐには動けない。

『やるべきこと?』

『桜を見る会の様子を見たろう。美咲ちゃんたちソロのアイドルを政府筋から保護し、UEN48、坂グループの経営権を奪取する』

 現代の世に、斯波家の末裔が世直しのために立ち上がろうとしている! 

『春本健一Pだけではなく、竹内蔵之介の汚職も問題ですね』

『なにしろ竹内は慰労施設に物部泰三、羽賀信義を招いて接待。アイドルをキャバ嬢代わりにしていたからな』

『奴らはグルってことじゃないですか!』

「はっくしょん」

 慰労施設でアイドルの女の子に耳かきしてもらっていた物部らがくしゃみをした。

 物部政権に対して、追い憧れる秋津悠斗と、対抗心に燃える玉川芳彦。ともに政治家を目指しつつも正反対のアプローチをする二人の英雄の卵。対立軸が鮮明となった。







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