第5話 駄菓子屋にて5

「こんなにもらっちゃ悪いや――」

凛空はそう呟くと金のエンゼルのみを受取って、駄菓子屋から颯爽と走り去って行った。


その背中を目で追っているうちに、一乃瀬は思わず駄菓子屋の外に出ていた。


日光が燦々と辺りを照らす。


さっきまでは、ただただ熱く、鬱陶しいとしか思っていなかった太陽だが、何故か今は、ポカポカと心地良く感じる。


なんでいい顔をするんだ。


凛空少年も一乃瀬の欲するもの、つまり、十円ガムの当たり券、を渡したことで、人の幸福に貢献したことになる。

人のために何かをするっていうのは、胸の辺りがあったかくなって、少し全身がこそばゆくなるんだよな。

一乃瀬は、さっきの少年の顔から、そんな気持ちを味わっているんだろうと想像した。


俺の胸もポカポカしている。きっとこの太陽のせいばかりではない。

そんな瞬間を感じると、この活動はやめられないんだよな……。


朝比奈凛空。

将来の有望なメンバーになりうることを強く心に記憶した。

そう、我らが、「秘密結社 見えざる手(インビジブル・ハンズ)」のメンバーとしてー。




「どうだ、楓蓮?」と一乃瀬は小声でインカムに呟いた。


お菓子を漁るガサガサ音に混じって、

「すごい!こんなにキレイな金色の幸福オーラは久しぶりに見たわ!」

と興奮気味の楓蓮の声が届いた。お菓子のガサガサ音はずっと続いている。


「改めて楓蓮に"視て"もらう必要はなかったか……。まあ、あんな笑みを浮かべてたんだからな」

一乃瀬は手のひらで日光を遮りながら、はるか遠くの大空の先にある大宇宙を透かして見るように言った。



「いいところで悪いんだが……」と二人のインカムに黒崎の声が聞こえる。

「──まだ十円ガムの箱を普通のやつに戻せていない。ミッションはまだ続いてるんだ!」



****



「ねえ?やっぱ、見えざる手(インビジブル・ハンズ)ってちょっとダサくない?」

と言いながら、結城楓蓮は湯呑みを両手でつかんで緑茶を啜る。


「おいおい、カッコいいだろ!俺たちのチーム名だぞ。もっと誇りを込めて言ってもらわないと」と一乃瀬大地はペプシ・コーラをゴクリと一口。強い炭酸が苦手な一乃瀬は咳き込みながらいう。

「ゲホッゲホッ……その秘されし名を軽々しく言ってはいかんぞ!いつ何時、誰がが聞いてるのかも分からないんだから。我々は謎と神秘に包まれた秘密結社だぞ。まるで神の見えざる手のように、誰にもその存在を知られることなくあらねばならないんだからな──」

一乃瀬は少し悦に入ったように言った。

楓蓮は少し不安そうに首を傾げ、口を開こうとする──。

「まあまあ、二人とも。一応みんなでチーム名決めたんだしね」

と黒崎が間に入った。


一乃瀬大地、結城楓蓮、黒崎翔は8畳ほどの居間でちゃぶ台を囲っている。


「あの時は少し──。お酒が入ってたからついつい……。っていうか、黒崎も意外とこういうネーミング好きだよね?なんて言うか……、厨二病?」


「そういえば!なんだっけ…?あのとき楓蓮が提案したチーム名?なかなかのネーミングだったよな〜」

一乃瀬の声は笑いを堪えたように震えている。


「いや、それは、それはもういいから……」

楓蓮の腕もプルプル震えている。それに気づかない一乃瀬はニヤニヤしながら話を続ける。

「ああ、あれだ──。思い出したぞ。プッ、確か……」


「ぷっ……」

一乃瀬が言う前に黒崎は笑ってしまった。


黒崎の眼前を何かが素早く通り過ぎる。

その後、宙を舞う派手な色。

ドタン!

黒崎がゆっくり左を見ると、一乃瀬が仰向けに倒れていた。

一乃瀬の周りはそこらじゅう、派手な包装紙に包まれた十円ガムが散乱していた。

これはさっき取り戻した全て当たりの十円ガム……。

黒崎が右隣へ視線だけゆっくりずらすと振りかぶったまま、腕をプルプルさせる楓蓮の姿が目に入った。

咄嗟に口を塞ぐ黒崎。


ここは、とある住宅街にある、とあるアパート305号室――。

ここには、知られざる「秘密結社 見えざる手インビジブル・ハンズ」の隠れたアジトがあるのだ。

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