第3話 駄菓子屋にて3
一乃瀬大地は、先程の、訪問販売員として駄菓子屋を訪れ、おばあちゃんを足止めする作戦を振り返る。
まさか、あの絵に描いたように優しそうな駄菓子屋のおばあちゃんが、あんな訪問営業キラーだったとは……。
おばあちゃんの歯牙にも掛けない対応を思い出す。
もし俺が訪問営業に転属になっても、この地区割りだけば断固拒否しよう!
一乃瀬大地はそう心の中で固く誓った。
くだらない思考を続けながらも、手はテキパキと動き続けている。伊達メガネ、カツラ、つけ髭、ジャケット等々……の訪問販売員変装セットを手持ちの紙袋に戻していく。
やはりイケメンの黒崎を訪問販売員として行かせるべきだったのか?
いや、俺の話術を持ってしてもあの対応だ。ルックス一つでどうにかなる問題ではないか……。
俺の話術は特に問題なかったはず。お婆ちゃんへのリサーチが足りてなかったことが原因か……。
そうこうしているうちに、駄菓子屋が見えてきた。ごちゃごちゃついている思考を一旦停止し、気分転換のために屈伸運動をする。
「よっしゃあ、いくぜ!」
頬を両手で軽くはたき、気合を入れ直した。
いつもの調子が出てきたぜ!
調子に乗って、
「何事も計画通りじゃ、つまらないもんな……」
と呟いた。
あっ、と思った時にはもう遅かった。インカムがオンになっていたのだった。
すかさず、
「一乃瀬が、ちゃんとお婆ちゃんを引き留められなかったから、こうなってるんじゃないの!」楓蓮の鋭いツッコミがインカム越しに聞こえる。
十円ガムの箱を交換するミッションを行えなくなっていた楓蓮は身のやり場に困っていた。とりあえず、駄菓子を物色する客に扮していた。
「交渉は得意だ、任せな。とっておきもある」
と言いながら、一乃瀬は財布から何かを取り出し、握りしめた。
「全く、どの口が!」
楓蓮はけんもほろろである。
「キミが十円ガムを当てた子かな?」
楓蓮の後ろから声がした。楓蓮が振り返る。
続いて、お婆ちゃんと凛空少年が振り向いた。
「うん!そうだよ!ぼく、生まれて初めて十円ガムの当たり引いたんだ!見て!」
凛空少年は嬉しそうに当たり券を見せる。
スピーカーからその声を聴いている黒崎でさえ、凛空少年が満面の笑みを浮かべているだろうことは想像に難くなかった。
黒崎は身体がむず痒いような、ポカポカと心地いい気持ちになる。
これだから、この活動ってやめられないんだよなぁ〜。
若くして起業し、社長を務める黒崎には、みんなとこんな活動をする時間が、かけがえのないものになっている。仕事では、激しい競争社会の中、毎日身を削って日夜働き通しだ。そんなビジネスの世界に充実感はあるものの、時々、砂漠の中を歩いているような渇きを感じてしまうのだった。
「一乃瀬さん、頼みましたよ」
黒崎はインカムを切ったままで呟いた。その声には一乃瀬への信頼と感謝が滲んでいた。
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