みっちゃんと俺
@Propatria
頭がおかしくなるからね
みっちゃんの家は玄関に穴がポコポコ開いていて、いつだか「これはなんだい」と聞いてみると、「それは撃たれた痕よ」と答えるので笑い転げたことがあった。
おもしろい女はそうそう居ないと思っていた俺には、みっちゃんがすごく特殊な存在に見えた。
みっちゃんの本名はジョイ・ミチコ・ポラックで、お父さんが外人さんで、お母さんは日本人だった。
家は裕福だけれど家族の歯車は大いに狂っていた。
みっちゃんは古典的なハーフの出で立ちで、くるくるとした癖毛のショートヘアにシャープな顔立ち、青い瞳と高い鼻をいつも自慢していた。
体にはタトゥーが這い、無数に開いたピアスの穴がみっちゃんの悩みの数を物語っていた。
俺とみっちゃんは大麻が大好きだった。暇さえあればみっちゃんの車に乗り込み、近所の山でジョイントを巻いて自然の中で戯れていた。
二人でいるのは楽しいし、男と女が二人で長い間いれば、化学反応が起こるのは時間の問題だった。
みっちゃんはまどろみの中、俺を好きという。俺とならエッチしても良いという。
俺は特にみっちゃんを好きじゃないから、冗談を言うなよと軽く流す。
するとみっちゃんはいつも「意気地なしだね」という。
みっちゃんは、魅力的だ。だけど、みっちゃんを俺に支えることは俺はできない。
蛇腹のように手首に残る無数の線状のケロイドも、ぽつぽつとある注射痕も、俺にはあまりにも重すぎた。
みっちゃんと俺は大学で写真術のクラスを一緒に取ったことがある。
ある日いつもの席につくと、みっちゃんがニコニコ笑いながらポスターくらいの大きさの、ラッピングされた板状のものを持ってきた。
あげるから見てみてと渡され、包装用紙をびりびりとやぶると、それは手作りのフレームに入れられた、大きなみっちゃんのモノクロポートレートだった。
裏にはみっちゃんのサインとキスマークがついていた。
「わたしが死んでも忘れないように」
みっちゃんは笑いながら、たぶん冗談のつもりで言ったんだと思う。
だけど僕には、この言葉も、物も重すぎた。
みっちゃんの家はお金持ちで、庭がゴルフ場とつながっている。
いい感じに木が生い茂り、夏は木陰のテーブルでお茶をしながら大麻を吸っていた。
みっちゃんはよく大麻と一緒にハードドラッグもやるが、俺には決して進めようとしない。
俺もハードドラッグには手を出さない。けど、他人がどうしようが勝手だし、みっちゃんはもう、手遅れだから、止めようとも思わない。
たぶんみっちゃんは、そんな俺の捻くれた考えを、人をジャッジしない、理解あるいい人だと勘違いして、俺のことを気にかけてくれているのだと思う。
白い線がみっちゃんのシュッとした高い鼻に吸い込まれていく様を見て、俺はなんとも自分が腐った人間になってしまったような気がして、たまらなかった。
みっちゃんのお母さんは認知症を患っていて、自分の娘も思い出せないことが多い。
ふわふわとした頭でみっちゃんと一緒にお宅訪問ごっこをしたとき、一度お母さんの寝室に入ることがあった。
ウィンドウズXPがまだ現役なお母さんのパソコン画面には、「卑弥呼は回る」と書かれたスクリーンセーバーの3D文字がグルグルと回転していて恐怖を感じた。
みっちゃんのお母さんが認知症になったきっかけは、みっちゃんのお父さんだった。
みっちゃんのお父さんはとても仕事が出来る人だ。
だが家族を蔑ろにするタイプの仕事人間で、みっちゃんが中学生辺り時に家庭不和はピークを迎えたそうだ。
ことの原因はみっちゃんの好奇心だった。
お父さんの部屋にたまたま取りに行くものがあって、何気なしにお父さんの引き出しを開けてみると、大量のポルノがあったそうだ。
それらはすべてアジア人のとても幼い子のものばかりで、父親の歪んだ性癖が故に母と結婚し、自分が生まれ、私もそういう目で見られていたのかと想像したとき、みっちゃんの心は壊れた。
みっちゃんはお母さんに報告し、ショックを受けたお母さんは、お風呂場で首つり自殺を図った。
でもお母さんは死ななかった。
お母さんを助けたい一心でみっちゃんは救急車を呼んで、頑張って蘇生させたからだ。
お母さんは助かった。でもみっちゃんはさらに悲しんだ。
なぜなら酸素が脳に行かなかった時間が長すぎて脳に障害を患ってしまい、お母さんはお母さんでなくなってしまったからだ。
お父さんはみっちゃんがいらないことをしたからこういう結果になってしまったと、みっちゃんをどやしつけた。
みっちゃんはお父さんに反抗し、今まで家庭を顧みなかったこと、変態趣味を隠していたこと、お母さんを大事にしてこなかったこと、心にあったすべてをぶちまけた。
そして殴り合いのケンカの果てに刃物で親を傷つけてしまい、警察のお世話になった。
それからみっちゃんはドラッグ溺れ、ギャングとつるみ、果てしなく堕落した生活に身を落とした。
家の玄関のポコポコは本当に銃弾で、当時敵対していたギャングの襲撃をうけてできたそうだ。
だがなんらかの理由で復学し、みっちゃんは俺を見つけた。
初めて出会ったのは日本語の授業で、俺はただただ単位が欲しいから日本語の授業を取って、ひたすら日本人であることがばれないように隠れていた。
そんな時「日本人でしょ」と言って声をかけてきたのがみっちゃんだった。
それからヘイリーというもう一人の女友達も合流し、俺たちは不思議な関係を築いた。
みっちゃんは下ネタが好きで、どこでもスカートを自分でめくってパンツを見せてきたり、過激なSMバーでの体験を週末に行ってきたゴルフくらいの軽さで話してくる。
そんなみっちゃんの話を、うんうんとヘイリーは笑顔で相槌を打ちながら聞く。
みっちゃんは不器用だけど、根は優しくておもしろい。けど俺は、真面目で壊れていないヘイリーのほうが好きだった。
ある日みっちゃんがめずらしく真剣が話をし始めた。
週末一人で山にドライブに行ったら、車に引かれた鹿が苦しそうに道路に横たわっていたそうだ。
優しいみっちゃんは鹿を助けなきゃと思い車を止め、鹿の容態を確認した結果、もう助からないと判断した。
そしてみっちゃんは車のダッシュボードからナイフを取り、鹿の頭を胸に抱きながらその首筋にナイフを刺し、とどめを刺してあげたのだという。
ヘイリーがほかに助ける方法があったのではというと、みっちゃんは少し煙たい顔をして「苦しそうだったから、終わらせてあげるのも優しさだと思う」と言った。
その発言を聞いて、俺はみっちゃんの中に日本人的DNAを見た。
それは所謂介錯だ。
みっちゃんの中では、生き物が本能のまま自由に動いているのが「生」であって、半死或いは障害の残る生は尊厳のないものと理解しているのだ。
だから苦しみから解放してやることが、彼女にとっての優しさなのだ。
みっちゃんは壊れている。
ある日を境に、俺はみっちゃんとあまり会わなくなった。
俺はヘイリーを選んだ。
それに気付いたみっちゃんは気丈をふるまい続けたが、やがて自分から身を引くようになり、最後に涙ながらこう言って、俺たちはもう会わなくなった。
「こんな私と一緒に居たら、あなたの頭がおかしくなるから」
俺は何も言えなかった。
すれ違いは不和を呼び、三人は一人と二人にわかれ、やがて三人の別人となり、元に戻ることはなかった。
みっちゃんは学校に来なくなり、その一年後にみっちゃんは自殺した。
悲しみよりも、ついに時が来たかというドライな感情しか俺には湧かなかった。
後ろめたさを感じつつ、俺は自分の道を歩んだ。
有名大学へのトランスファーも決まり、俺は今までの勉強の息抜きに夜中にドライブに出かけた。
俺の家もある程度裕福で、何不自由なくこの年まで育て上げられた。
トランスファー祝いに高級外車のオープンカーも買ってもらい、俺は上機嫌で夜の山道を運転した。
好きな音楽をかけて走っていると、急に目の前に鹿が飛び込んできた。
避ける間もなく俺は教習所で習った通り鹿を跳ね飛ばし、一度車をとめて鹿を見に行った。
鹿はぐったりとしていた。
打ち所が悪く、脚は変な場所で折れ曲がり、骨が突き出ていた。
ふと俺はみっちゃんを思い出した。
しかし俺には、この鹿を楽にしてやる勇気も、助けてやる気持ちさえもなかった。
傍観する俺を、鹿は丸々とした黒い目で見ていた。
助けられない者に手を差し出すのは、優しさなのだろうか
俺は何も言わず立ち上がり、家路についた。
家につくとみっちゃんのポートレートを引っ張り出し、キスマークに唇を重ねた。
そして彼女に裁かれる夢を見るため眠りにつく。
あの懐かしい声、意気地なしのリフレインとともに。
みっちゃんと俺 @Propatria
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