第8話 あの日、ダン王子は

「なぁ、この視察に私は必要か?」

「もちろんでございます! 王子は将来、この国を背負って立つお方なのですから、ご自身の国がどのようなところなのかを見て回るのは大変重要なことなのですよ」

「ふーん……」


 何人かの大臣と護衛を乗せた馬車にのり、街の視察に出ていた。

 国民の暮らしを知るために、とのことだったがこんな着飾って馬車に乗って街を回っているだけではとても視察とはいえないだろう。


 街の住人も私たちを「王族」という目で見てきて、普段の生活の様子などわかるはずもない。


 そこで私は大臣たちが立ち寄った貴金属を取り扱う店で、色々な品物を見てまわるフリをして逃げ出した。

 華美な格好で一人で街なかを歩いていると目立つから、途中で見つけた服屋に入り着ていた服を売って適当な服を買った。余った金で念のために防具と武器を買っておいた。


 幼い頃から、座学も武器の扱いや戦い方など様々なことを叩き込まれてきたので、多少のトラブルなら自分ひとりでも対処できると思っていたのだ。


「おやぁ〜お坊ちゃん、一人でお散歩ですかぁ?」

「おいおい、まさかこんなきったねーところを天下のグラッド家が歩いてる訳ねーだろが」


 身なりを庶民らしく整えて歩いていたところ、前方からニタニタと薄ら笑いを浮かべながらこちらに歩いてくる二人組がいた。

 私が彼らの言うことを無視して歩いていくと、彼らは話しながら後ろをついてきた。


 何か危害を加えられた訳では無いが、ずっと後ろからついてこられるのは気味が悪い。

 折を見て、彼らをまこうと考えていたらいつの間にか行き先を彼らに誘導されていたようで、気がつけばひと気のない通りに来ていた。


「おぅ、あんた。今視察に来てる王子サマとやらだろ。痛い目に遭いたくなきゃ、しばらくの間俺たちの言う事を聞いてもらおうか」

「断ると言ったら?」

「しょうがねぇ。大人しくなるまでちょっとばかり痛い目みてもらうだけよ」


 彼らに対して剣を振るのは簡単だったが、こちらの身元がバレている分変な噂をたてられたらまずいと思った。

 相手と向き合うようにしながら、周りを確認すると彼らの近くに木箱が乱雑に積んであった。


 アレをうまく崩せれば……。


「……わかった。頼むから痛いことはしないでくれ」

「おっ、男のくせに随分聞き分けがいいんだな。そういうお坊ちゃんは嫌いじゃないぜぇ」


 私は両手をあげながら、じわじわと彼らに近づいていった。彼らは私が無抵抗だと思い、すっかり油断しきっていた。


「身代金の要求はまずやるだろう、それから……」

「あ、危ねえ!」

「い、いてぇ……く、くそ……おい! あのクソガキはどこ行った⁉」


 油断しきった彼らは私のことをよく見ていなかった。近づいてからは簡単だった。

 木箱に体当たりをして彼らに被さるように木箱が崩れた隙を見て、とにかく彼らに見つからないように走った。

 ただただ、右に左にと走っていたらいつの間にか森の中へ迷い込んでいて君が野獣に襲われているところに遭遇したんだ。


 そこからは君もよく知っているだろう。

 私の方こそ、礼を言いたい。あの時は助かった。



 ただ、あのあと戻ってからは大変だった。


 勝手に視察から抜け出したこと、着ていた服を売り払ったことや人さらいにあいそうになったこともバレていた。

 視察は急遽切りあげられて、護衛たちの厳重な監視のもと王城へ戻るや否や父である現国王に呼び出された。



「このバカ者が! 一体、何をしに視察に行ったんだ!」

「……申し訳ありません」

「罰として半年間の外出禁止を命ずる! 反省しろ‼」



 そうして半年間、大人しくしていたのだがある日体に異変が起きた。


「な、何だこれは……! ち、父上! 母上‼」


 朝、起きたらこの狼の姿になっていたのだ。

 母上はこの姿を見たら泡を吹いて倒れてしまわれた。父上は殊の外冷静であったが人前には出せないと踏んだのだろう、このツアース城の城主を私に命じた。

 そして、私は事情を知る者たちを引き連れてこの地を守るようになったのだ。



「そうして、王子様はここへきたのでした」


 ダン王子はまるでおとぎ話でも聞かせるかのような口調で物語を終わらせた。


「そうですが……そんなことが……」


 私が少し悲しげに目を伏せると、ダン王子は私をまっすぐ見つめてきた。


「これは私の憶測の域を出ないのだが……」と少しだけ話が続いた。


 王子が外出禁止の罰を受けている間に王の周りで怪しい動きがあったようなのだ。

 王子がこのような姿になった時にどうすべきかと知らぬ女に相談していたのだ。野生の勘とでも言うべきか、その女からとても嫌な禍々しいものを感じたのだという。


 王子の処遇が正式に決定し、王の御前で言い渡されたとき、王のすぐ近くにいたその女だけがニヤリと笑っていた。


 アレは王の近くにいてはならない。この国に災いしか呼ばない……そのような気がするのだ、と言う彼の顔は真剣だった。



「しかし、今の私にはなんの力もない……」


 ダン王子は悔しそうにグルルルとうなる。


「それなら、元に戻る方法を探してみましょうよ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る