第6話 憧れの初恋の人は

「フィリン……っ、あなた……!」

「あっははは……」


 ドタン、という派手な音を立てて開いた扉から部屋の中にうっかり入ってしまった。

 勢いよく打った膝が痛い。


「えっと、あの……」


 どうしようという気持ちとダン王子がいるというドキドキが私の中で、ひしめき合っている。

 目だけをキョロキョロと動かしてダン王子を探してしまう。


「……フィリン! 聞いているの⁉」


 マイディンさんの鋭い声にビクリと肩を震わせると、マイディンさんの後ろから低くも耳障りの良い声が聞こえてきた。


「我々がこの部屋に入る前から気配は感じていた。多分、ずっと話を聞いていたのだろう。……ここに長くいればいずれ知ることだ」

「で、ですが……」

「それに、おまえもさっきチクリと私に言ったではないか。新しいメイドにまだ会っていないだろう、と」


 マイディンさんが後ろを向いて少し慌てたように言うも、さらっと打ち返されてしまった。

 マイディンさんが少しうつむいて話している。ダン王子に諌められたのがよほど堪えたのだろうか。


「しかし、フィリンはまだここに来て日が浅く……旦那様に失礼な態度を取るのではないかと……」

「ふっ、その時はその時だろう」


 私の目の前で何かとても失礼な会話をしていないかしら、この2人……。


「あ、あのっ! お言葉ですけど、そういう事は私がいないところで話してくれません? それに……ダン王子にはご恩もあるので、そんなに失礼な態度はとらないと、思います……よ?」


 言っていてだんだん不安になってしまったのが、言葉尻に出てしまった。


「そうだな、大変失礼した。改めて……私がこのツアース城の城主、ダン・グラッドだ」

「あ、えっと、私、トイサーチ村より参りました、フィリンと……⁉」


 続きが言葉にならなかった。


 ダン王子がマイディンさんの後ろからゆっくりと私の前に現れた。

 薄いグレーがかった青い瞳、艶やかなグレーの毛並み。背中には大きなキズがあり、その他四肢には細かな傷がある。モフモフの尻尾が左右にゆっくりと揺れている。


 昼間、物置小屋の脇で見かけた動物が私の目の前にきたのだから。


 昼間は顔を隠していたのでよくわからなかったけど、犬というよりは狼のような見た目をしている。


 膝の痛みも忘れて、口をパクパクさせながら目の前の狼を指さしてマイディンさんと狼を交互に見やる。

 ダン王子だという目の前の狼は、なんだか申し訳無さそうに私から顔を逸らした。尻尾もなんだか垂れ下がってしまい、しょんぼりしているように見える。

 そんなダン王子の様子に反比例するように、マイディンさんの顔に青筋が見えているような気がする……。


「フィリン! 旦那様に失礼な態度をとるんじゃありませんっ!!」

「いや、え、だって……」


 マイディンさんが頭を抱えるようにしてため息をつく。


「やはり、まだ旦那様に合わせるのは早かった……」


 パニックになっている私とイライラしているマイディンさんを落ち着かせるように、優しい声色でダン王子が話す。


「2人とも、もう夜も遅い。とりあえず自室に戻ってゆっくりと休め。私のことは明日にでも改めて説明しよう。……マイディンもそれでいいな?」


 ダン王子にその場を収められ、私たちはそれぞれ自室へと戻った。


 人の言葉を話す狼。ダン王子だという狼。狼を「旦那様」といい、付き従う使用人。


 もしかして、私、とんでもないところに来てしまったんじゃない⁉


 自室のベッドで横になっても、なかなか眠ることはできず、窓の外が明るくなり始めた頃にやっとウトウトし始めた。



 ◆ ◆ ◆



「やばい‼」


 ハッと目が覚めた私はガバっと勢いよくベッドから飛び起きた。

 窓から見える太陽は今日も大地を暖かく照らしている。が、いつもよりも位置が高い気がする。


 今、何時⁉

 と、とにかくマイディンさんの元へ行かないと……っ!


 足先にベッドシーツが絡んでいることも気が付かずそのまま足を取られて盛大に体を床に打ち付ける。


「……いったぁい……」


 昨夜の出来事に頭が追いつかず、自分のドジ加減にも嫌気がさしてきて感情がいっぱいいっぱいになりそうだった。

 南側の窓から降り注ぐ太陽の光でさえも今は憎らしい。


 床から起き上がれないまま、ぐずぐずしていると扉をノックする音が聞こえてきた。


 今更ドタバタしてもマイディンさんに怒られることは確実。もう諦めよう……。


 ため息をつきながら床でグズグズ寝転がったままでいると、再度扉がノックされた。


「フィリン、いるか? いるなら、扉をあけてくれないか?」

「え、ダ、ダン王子⁉……い、今、開けますのでちょっと待ってください!! きゃぁ!」

「⁉ どうした? 大丈夫か!!」


 突然のダン王子の訪問にあわてて扉を開けようとして、ベッドシーツに絡まったままの足をそのまますべらせて再び床にビタンと体を打ちつける。

 ダン王子が扉の外から心配して、中に入ろうとドシンと体当たりしているような音が聞こえる。

 ダン王子に扉を壊される前に急いで扉を開けて顔をのぞかせると、昨夜見た狼姿のダン王子がそこにはいた。


「フィリン、大丈夫か!」

「えっと……ハイ、大丈夫です……ハハハ……」


 ダン王子は少し訝しんでいたけど、「まぁいい」と本題に入った。


「この姿について少し話をしたいのだが、いいだろうか?」

「は、はい。あっ、でも私仕事が……」

「マイディンにはすでに話を通してある。今日はメイドの仕事はしなくても構わん」


 よかった~。それなら、寝坊をマイディンさんに怒られなくて済む。


 ホッとした私はニコニコしながら王子と話す場所を聞く。


「それで、王子。どこでお話いたしましょう?」

「良ければフィリンの部屋に入れてくれないか? こちらは日当たりもいいので、ゆっくり話すには最適な造りなのだ」

「私の部屋ですね! どうぞど……えっ私の部屋ですか⁉」

「あぁ」

「あの、今すごおおく散らかってまして……できれば違う部屋がいいと思うのですが……」

「なぁに、別に構わん」


 ダン王子は扉の隙間からスルッと頭を入れてそのまま室内に入ろうとして、ピタッと止まった。


「……す、すまなかった……話は私の書斎でしようか……」

「あ、あの、いつもこんなに散らかっているわけでは……王子ー!」


 私の部屋の状況を見て、ドン引きしてしまったダン王子はそそくさと書斎へ向かってしまった。

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