第5話 秘密の部屋の中は……

「フィリン! 足元に気をつ……あぁ……」


 城内にガシャンッと騒がしい音が響く。やってしまった。

 花瓶の水を取り替えようと通路に飾ってあった花瓶を手に取ったのはいいけど、未だに慣れないメイド服の裾につまずいてバランスを崩してしまった。

 持っていた花瓶は虚しく宙を舞い、砕け散った。


 ダン王子とはなかなか会えないまま、毎日仕事に追われるようになった。

 起きたら洗濯をして、それから城内の掃除に飾られている花の取り替えや私たち使用人の服の修繕もおこなう。

 マイディンさんが前よりも忙しくなった気がする、とボヤいていたのは聞こえなかったことにしておこう。


「申し訳ありません……」

「ふぅ……慣れないのだからしょうがないです。私が他の水換えはしておきますので、こちらの片付けをしておいてくださいね」


 城内のホウキとちりとりの場所だけはもう目をつぶっていてもわかるくらいには何度も使っている。

 ツアース城に来てまだ日が浅いのに、壊したものが多くて自分でも嫌になってくる。


 ……壊したものってあとから請求されたりするのかしら……。だとしたら、私の初任給なんて全然残らないんじゃないの⁉


 なんだか頭が痛くなりそう。


 暗い気持ちでホウキとちりとりがしまってある外の物置小屋へ向かう。


 アレ? なんかいる……?


 物置小屋の横になにかうずくまっているような影が見える。なんだろう、動物のようにも見えるけど……もっと近づかないとよくわからない。

 何も気にせず、ぐんぐん近づいていくとうずくまっている影が動物みたいにモフモフしていることがわかった。

 艶のあるグレーの毛並み の動物だった。頭を隠すように丸まっていてよくわからないけど、大きな犬かオオカミのように見える。


 この城の番犬かしら?


 しかし、どこかに繋がっているようにも見えない。が、よく見ると背中と思われる部分には大きな傷があり、他にも足やお尻にもたくさんの傷があった。

 しかも足やお尻の傷はまだ新しくところどころ出血している。

 背中もせわしなく上下していて、呼吸が荒い。


 医者? 獣医? とにかく、人を呼ぶか手当してあげなきゃ!


 私はあわてて来た道を戻った。



 マイディンさんに話を聞くと、医者はツアース城を含め周辺の村に数える程度しかおらず、ツアース城にいる医者は往診で留守だという。獣医なんてものもいない。

 しかし、医務室にある救急箱を使っていいとのことだったので箱を抱えてさっきの場所まで転ばないように急いだ。


「あれ……?」


 息を切らしながら物置小屋まで戻ってきたけど、もうグレーの動物はいなくなっていた。

 辺りを探しても動物の気配はなく、心配ではあったけども仕事もストップしていたので後ろ髪を引かれる思いで城内へと戻った。



 ◆ ◆ ◆



「さっきの子は大丈夫かなぁ~……」

「そんなうわの空でやっているとまた粗相しますよ」


 マイディンさんと一緒に食堂を掃除しているとチクリと小言を言われてしまった。慌てなければそうそう失敗なんてしないのに。


 威厳のあるツアース城に相応しい大きな食堂も、あまり使われている様子がなくてもピカピカに磨く。

 メイドとしてこの城に勤めているのはマイディンさん一人だった。その他にコックや庭師もいるけれど皆を足しても片手で足りる。

 野獣が多い為かこの地域を守る兵士たちはそれなりにいるみたい。


 城主であるダン王子も忙しいのか城内で姿を見ていない。


 私のことを覚えているかわからないけど、会った時には改めてお礼を伝えたいな。


「そういえば、このお城では番犬か何か飼っているんですか?」

「……いきなり何ですか」

「だって、私が動物がいると言っても驚いたりしなかったので、飼ってる子が居るのかな〜って」


 そうなのだ。

 私が獣医や医者の事をマイディンさんに聞いた時に全然驚いたりしていなかったので、ここで飼われているのだろうと思ったのだ。


 マイディンさんは視線を少し泳がせる。

 しかしそれも一瞬のことで、またいつもの隙のない鋭い目で私を見てきた。


「特に飼っている記憶はありませんが、どこからか迷い込んだのかもしれませんね」

「そうなんですか?」

「土地柄、野獣など動物の類は多いのです。しかし、害のないものまで殺生はしません」


 そんなものなのかな?

 それでは私の部屋にあった動物用のおもちゃはなんだったのだろうか?


 ……箱に入ってホコリ被ってしまわれていたんだもの、昔は何か飼っていたのかもしれないわね。


「さぁさ、洗濯物もそろそろ乾くでしょうから片付けてしまいましょう」

「はーい」


 そのまま掃除に夢中になってしまったので、マイディンさんがホッとした表情をしたことに気がつかなかった。




 そのまま一日の仕事を終えて自室で過ごしていると、いつもは静かな城内がなんだか騒がしい。


「ん〜……どうしたんだろう……?」


 ゆっくりとした足取りで自室の扉から廊下の方を覗いてみた。3階は変わらず何もないみたい。

 音が響いてわかりにくいけど、どうやら2階で話しているようで、階段のほうから細く伸びた影がちょこちょこ動いているのがわかる。


 ……もしかして、侵入者⁉何か武器になるようなもの……っ!


 私は部屋の隅に追いやっていた箱の中から固い棒のようなものを適当に掴むと、ゆっくりと階段へ近づいていった。

 階段まで着くと、下から話し声が聞こえてきた。じっと息を殺して様子をうかがう。


「──……無茶をされて……」

「それより、アイツは誰だ」

「トイサーチ村より新しくきたメイドです。……旦那様はまだお会いになっていらっしゃらないでしょう」

「……」

「……とにかく、きちんと手当をいたしましょう」

「こんなの、舐めときゃそのうち治る」

「そんなこと言っていると跡が残りますよ」

「……チッ」


 小さく舌打ちが聞こえたと思ったら、しばらくして扉が開いて……閉じる音が響いた。

 どうやら話していたのはマイディンさんとダン王子のようだった。


 こんな遅い時間までお仕事をされているのね。毎日遅くまで仕事していて、体は大丈夫なのかしら……。


 階段を静かに降りて、2人がどこの部屋に入ったのかキョロキョロしながら廊下を歩く。

 昼間、マイディンさんから入るなと言われた浮き彫りの扉から細く光が漏れている。

 そっと扉に耳をあてると中からボソボソと話し声が聞こえてくるけど、何を話しているのかまでは聞き取れない。

 どうにか内容がわからないかなぁ、と夢中になって扉に耳を押し当てていた。



 ……あっ、まずい!!



 ギィィィ……と低い音を響かせて、聞き耳を立てていた私をあの重厚な扉は中に招き入れてしまった。

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