第3話 いざ、ツアース城へ!

「……以上が一日の流れです。何か質問はありますか?」


 ツアース城では深刻な人手不足に陥っているらしい。

 ファッサンの売り言葉にまんまと乗せられて、ツアース城で働くこととなった。



 あの時近くにいた兵士は、私の気が変わる前に、と早速ツアース城で働くための手続き、手配などを段取りして三日後には村を出発することになってしまった。


 村からツアース城までは馬車に乗って二日ほどかかる。

 その間に兵士から、現在のツアース城の状況や近辺地帯の安全状況、城内での注意事項などを簡単に説明された。


 メイドとしての仕事は、城に着いてからメイド長であるマイディンに指示を仰ぐこととなっている。



 ツアース城について、その存在感にびっくりして一瞬固まってしまった。

 何となく噂で「豊かとは言えない土地」だと聞いていたので、城や周辺は寂れた雰囲気があるのだろうと想像していた。


 ……大きい……。


 私のいた村とは比べものにならない雄大な自然。その中に建つツアース城は空を突き破るような高さをもって、周りの自然に負けないくらいの威厳と存在感を放っている。ツアース城を眺めていたら、急に不安が押し寄せてきた。


 私みたいな田舎者に使用人なんて務まるのだろうか……。


 まだ、城門までしかたどり着いていないのに今からそんなんではダメだ!


 気合いを入れるように両手でパチンッと強めに頬を叩く。

 私を城まで案内してくれた兵士が、ちょっと引き気味でこちらを見ているのが納得いかない。


 城門から城の入り口までは広くもきちんと手入れされた庭を通っていく。

 歩道にはキレイな石畳になっていて、その石畳に沿うように可愛らしい花が咲いている。

 奥にはやはりきちんと剪定された草木が、控えめながら調和を乱さぬように庭を飾っている。


 うーん……とても人手が足りないように見えないんだけど……。


 しかし、その疑問は城の入り口をくぐって解消された。


 ずっしりと重厚感のある扉をくぐると、さきほどの庭とはうって変わって掃除が隅々まで行き届いていないことがすぐにわかった。

 換気もろくにしていないのか、空気がほこりっぽい。

 メイドの仕事内容についてはマイディンに指示を請うという話だったけど、彼女の姿は見えない。


 私をここまで連れてきてくれた兵士も「仕事があるから」とどこかへ少し慌てるように行ってしまった。


 城のエントランスでぽつんと一人残されてしまい、途方にくれているとどこからか女性の声が響いてきた。

 城内に反響して少し聞き取りにくいけど、うっすらと「フィリン」と聞こえた気がする。キョロキョロと周りを見渡していると正面の階段上部から声が降ってきた。


「あなたがフィリンですか?」


 そこには黒い髪をひっつめ髪にして、しゃんと立ったメイド服の女性がいた。

 目は鋭くつり上がり、かけている銀縁眼鏡が更に近寄りがたい雰囲気を出している。足首まであるメイド服の裾は、よく見るとところどころ傷みがある。


 ……繕っている暇もないのかしら?


「本日よりここでお世話になります、トイサーチ村から参りましたフィリンと──」

「挨拶はいいから、手が空いてるなら手伝ってください!」

「はっ、はいっ!」


 こっちです、と言いながら急ぎ足で先を行く女性に訳もわからないままついていく。

 女性はとても細いのに、力強く階段を上がっていく。


「申し遅れました。私がここのメイド長を拝命しております、マイディンと申します」


 歩く速度は緩めずに、女性が自己紹介をしてくれた。

 見た目の印象は40代から50代くらいに見えるけれど、話す呼吸は一つも乱れない。

 私も自分の荷物を抱えながら、必死についていく。


「私、フィリンです……っ。よろしくお願いします……!」

「フィリン、来て早々悪いのだけれど、いくつか部屋の掃除をお願いしてもいいかしら?」

「は、はいっ!」


 マイディンさんに案内された部屋は3階の見晴らしの良い南の部屋。

 しかし、見晴らしの良いテラスに通じる大きな窓は分厚いカーテンで閉ざされている。この部屋も換気を長いことしていないのか、少しほこりっぽい。

 部屋の中には、長い間使われていないようなベッドにテーブルとソファ。部屋の至るところに大小さまざまな大きさの木箱が乱雑に積み上がっている。


「まずはこの部屋です。ここはあなたの部屋となるので、自分で過ごしやすいように調整してください」

「こ、ここですか……」

「……この部屋が一番マシだったので、ここで我慢してください」


 マシ!? こ、これで……?


 物置と化している部屋の中を見て、他の空き部屋がどれだけひどいのか……想像するのはやめておいた。想像よりもひどかった場合、立ち直れるか自信がなかったから。


 私のことなど構っている暇はないのだろう。マイディンさんは「この部屋の掃除が終わったら、声を掛けてください。一つ下の階を掃除していますので……」と言い終わるや否や、競歩選手のようなスピードで去ってしまった。


 ひとまず、窓へ歩み寄りカーテンを思いっきり開けた。

 暗かった部屋に太陽の日差しが降り注ぎ、部屋の中をキラキラと輝かせた。


 ……これ、埃が舞い上がってるのね……。


 キラキラ輝く埃を見ながら深く息をはくと、ひとつ自分に活を入れて早速部屋の掃除に取りかかった。

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