第27話 理事長推薦枠

『……やりますよ。それしか手がぇってんならね』


 俺はバスに揺られながら、半年前に学園ここの理事長に向かって吐いたセリフを思い出していた。自分でも随分な大言を吐いてしまった……とは思うが、


(……成るようになるさ。心残りは……凛や錠太郎と同じ高校に通う夢が叶わなかった事だけだ)


 俺が親父のブリッツパンツァーを持ち出してブリガンダー盗賊配信に手を染めたのは、奴らともう少しだけ一緒に居たかったから……ってのが一番の理由だが、


(こればっかりは仕方ねえ。それこそ俺達の街が消えるかどうかの瀬戸際だからな)


 あの最初のゴーレムバトル……俺達の初レースは、初級カテゴリのレースでありながらなかなかの視聴数を稼ぎ出してくれた。特に10年以上行われていなかった“我が望むは完全決着ショウ・ダウン”はなかなか好評らしい。


(売れっ子……とも言い切れねぇけどな。とりあえずあのレースを含めてこの半年で三勝……あと二つ勝てば2ndカテゴリに昇格できるから、そこまで行けば暫く食って行くくらいは困らねぇで済む。あとは、この学校の特待生枠をキッチリ確保してやれば……)


 理事長アインホルンは俺が特待生になってみせる事を条件に北石HOPEXとのイザコザを完全に引き受けてくれたが……特待生としての待遇はあくまでも学生になってからの物だし、ウチの工場だって爺ちゃんが居なくては休業せざるを得ない。


 つまり……今のは、金は幾らあっても足りない物なのだ。


(とりあえず優先すべきは……特待生枠の確保だな)


 でかい口叩いた手前、試験に落ちたら死ぬほどダサいし…… 北石との裁判はまだまだこれからが本番だ。


(ただアストライアの改良は……協力はするが結果は俺の責任範囲外だぜチャンプ)


――――――――――


 広大な学内を移動するバスは、そこそこのスピードで学内道路を走っているが……移動距離に対して停留所バスストップはさほど多くはないらしい。その証拠に……俺が乗車してから目的の停留所までバスは一度も停車しなかった。


「……さて……」


 俺はボストン一つを肩に担いでバスを降りた。まるでこの学校に来た時のデジャブの様な巨大な門。ただ、一つ違うのは……


 ― wow… wow! ―


 門の奥に鎮座する大きなスタジアムから……漏れる様に伝わる喧騒があった。そして、


「アンタが逆巻鐵男かい? 」


「そうですけど……どうしてそれを?」


(俺を待ってたのか?)


 門からスタジアムの敷地に入った俺は、その場に居た女性職員に即座に呼び止められた。


 ちなみに……彼女(?)は俺よりも上背があり、俺よりも筋肉質で、俺よりも鋭い視線を丸く小さな眼鏡の奥に装備しており……節榑立つ指で支えられたタブレットは、まるで大きめのスマホにしか見えず……


(多分……逆らっちゃ駄目な人だ)


 俺は初対面にも関わらず、彼女がこの学校に在職する限り絶対に逆らわないと心に誓った。


「ああ、他の受験生は既に全員来ているからね」


 ……おいおい。


 俺はスマートウォッチに視線を向ける。まだ試験開始時間には10分以上……


「別に責めてやしないよ。たまたま他の奴らがせっかちだったってだけさね。まあポッと出の馬の骨が顔を見せる時間としちゃ随分な重役出勤だがね」


(あのクソ理事長め……絶対に分かっていて俺には教えなかったな!)


 よくよく考えれば、モーターゴーレムの実技試験を受けるのにペーパーテスト気分で時間ギリギリに来るなんて……確かに迂闊すぎた。

  

「分かりました……で、俺は何処に行きゃいいんです? 試験内容はモーターゴーレムの実技だって事以外は聞いてね……」


 ― Bun! ー


 その時……俺の前に……いや、


「誰だい!! あたしの試験で舐めたマネして……タダじゃぁ済まさないよ!!」


 俺の三メートル先の地面を抉っているのは……じゃなくてバールだった。汎用モーターゴーレムが廃墟の解体なんかに良く使っている代物で、ある意味でこの場にふさわしい道具ではあるが……


(フン……どこにでも跳ねっ返りは居るって事か……)


 俺と彼女はバールが飛んで来た方向に目を向けた。そこに……競技場の隔壁を避けてグレーのモーターゴーレムが現れた。そいつはなんら慌てた風も見せずにノロノロとこちらにやって来る。


四万村しまむら!! コレを飛ばしたのはテメェか??」


 職員さんは見たことのある生徒だったみたいで更に怒り狂っているが、


(あれは……悪い事をしたなんて程も思っちゃいないな……)


 その証拠に外から見えるパイロットのツラには……タップリと悪意が滲んでやがる。


「理由はさっぱり分かんねえけど……まぁ歓迎されてねぇのは分かるぜ……」


 俺は怒り心頭の職員さんに今の事故が気にすると伝え……その場に落ちた小石をそっと拾った。


――――――――――

 

 こっちにバールを飛ばしてきたバカが乗ってるのは、標準的な高架型二列キャタピラに双腕マニピュレータを組み合わせたモーターゴーレムだ。


 コストの問題でモニタシステムを省略し、透明のコクピットハッチだけを備える廉価版と言っていいモデルではあるが……たとえ簡易なモデルだとしても人間の一人や二人など簡単に薙ぎ払うだけの出力を当たり前に備えている。


(おいおい……こういうバカはモーターゴーレムに乗せちゃダメだろ)


 ― ガッ ―


『すまねぇな試験官、なにせ今朝初めて指定された試験用の機体だ。慣熟運転中に手が滑っても仕方ねぇだろ? それとも……噂の理事長推薦枠の受験生はこれくらいで様な臆病者か?』


 卑屈なセリフを嫌味ったらしく垂れ流すバカ面の若い男が……このモデルの特徴である高出力マニピュレータを駆使し、地面に突き刺さっているバールを引き抜いた。


 オープンコール外部拡声マイクで下品な徴発をぶち上げた男は、何故か俺が理事長直々の推薦でこの場に居る事を承知しているらしい。


 ヤツは……マニピュレータを巧みに操って俺の鼻面に引き抜いたバールを突き付けてきたが、俺はあえて視線すら合わせず、ヤツが売ってきたを……完璧に無視した。

 

「あー……試験官? それぞれにマシンが与えられてるなら俺のモーターゴーレムもあるんだろ? さっさと教えてくれ……時間が惜しい」


 俺は……突きつけられたバールを避ける様に自然な足取りでヤツのモーターゴーレムの脇をすり抜けた。一瞬……パイロットからも、そして試験官からも視線が切れる。


 ― カランッ ―


 俺の放った小石が……ヤツのマシンのキャタピラ・スプロケットに綺麗にはまり込んだ。


 ヤツは一瞬呆気に取られた様な表情を浮かべたが……俺が、あの“スジ入りスキンヘッド君”を徹底的にとして扱ってやったおかげで……やっと自分が因縁を付けた相手に“無視されている”と気付いたらしい。


『テメェ!!』

 

 機体を急速に反転させようとし瞬間……


 ― バギャンッ ―


 左の駆動スプロケットギア上手く噛み合わず……空転したスプロケットは本来の噛み合う部分とは別の所に引っ掛かり、履帯をキャタピラーレールから引き抜いてしまった。


「ぐぅぅおっ?!」


 ヤツのモーターゴーレムは外れたキャタピラのせいでバランスを崩し、強引に反転しようとしていたせいもあって……



 ― ズズッン…… ―


 モーターゴーレム本来の機能である……高度なバランス制御をあっさりと超えてしまった。

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#BadSpeedBrigander (ハッシュタグ - バッド スピード ブリガンダー) 鰺屋華袋 @ajiya

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