第21話 急転

「ククッを付けんでも自分から研究者を名乗るつもりは無い……当時からな」


 ふん。また額に血管が浮いとるぞ。おっと“以前より広くなった額”に……じゃな。


「……相変わらず嫌味ったらしい……」


 まったく……進歩の無い男だ。そのプライドをもう少し別の方向に向ければ、採掘機のコンペで社外企業我々に負ける事も無かったろうにな。


「フン、件のコールドベッドメタン発生プラントじゃが……鉱道内で現在も稼働しているプラントは信号から判断して49機。当然全てを解体処理するには時間が必要じゃ」


「……ほう、有能でいらっしゃる“地域解体業組合”の方々のお言葉とは思えませんな」

 

(おいおい……嫌味ったらしいのはどっちじゃ)


「フン。今回はこの二日間で自律型採掘プラントにメンテナンス信号を送り込む。上手く行けば地上に上がってくれるじゃろう」


 このU炭鉱で稼働している自律型採掘プラントは、メタンを吸着している石炭層を探して自ら移動し、石炭層に穴を開けると合成した二酸化炭素を注入する。


 炭層は二酸化炭素が注入されると吸着しているメタンと置換を起こすので、プラントはそこから離れたメタンガスを圧縮して貯留する。一定量のガスが貯まると鉱内にいくつか設置されたパイプラインから鉱外に輸送する仕組みだ。

 

 稼働の為の燃料リソースにもメタンを使用しているので、放っておけば半永久的にガスを掘り続けるのだが……


「ふん……採掘量も年々減る一方。自律型モーターゴーレムが無秩序に掘り進める小規模鉱道のせいで一部には既に落盤の兆候が見られる。これ以上はコストに見合わないというのが本社の判断だ」


 まあ、儂らも作った当時はこんなに長く稼働するとは思っておらんかったが……それにしても、


「しかし……何故ワシらが設定しておいた停止コマンドを変えたりしたんじゃ? 大体変更したなら、その変更したコマンドを打ち込めばよかろう?」


 ワシは至極真っ当な意見を言ったんじゃがな……管理責任者殿はみるみる顔を真っ赤にして、


「それが出来ればとっくにやってる! 新しいコマンド? 私が知るものか! だいたい稼働を始めて四半世紀以上も自律行動するモーターゴーレムプラントなどいったい誰が想像出来る? 変更した役員はとっくに墓の中だし、記録も残されておらん!」


 何が琴線に触れたのか……ブチ切れた男は、口の端に泡を拭きながら叫んだ。真っ赤な顔と合わせると蟹が泡を吹いている様にしか見えんわい。


(なるほど宮仕えも随分とストレスが貯まると見えるな。しかし……儂らが錬金術テクノロジーのせいでこんなに長く稼働を続けるとは……)


「まったく……長生きはするもんじゃないなユリカ婆さん


 ――――――――――


『遅い!!』


 モバイルから凛の声が響く……時間は日曜の16:00を少し過ぎたところだ。


「そう大声出すなよ。おばさんがびっくりするぞ?」


 勘弁してくれ。昨夜ゆうべは撤収作業で一睡も出来なかったんだ……


『何よ?! せっかくの週末なのにこんな時間まで連絡一つ寄越さないで! それに……会長おじいちゃんは組合の人達と出張に行ってて、しかも錠太郎君が泊まりに行ってるらしいじゃない!! 何で私だけ除け者なのよ? いい加減にしないと……』

 

 おっ……工場のスツールでぶっ倒れてた錠太郎が目を覚ました。さては端末から漏れた凛の声で目が覚めたか?


「分かった分かった。晩飯は一緒に食おうや。なっ……そうだな、王◯の餃子セット奢るぜ?」


 錠太郎があくびしながら工場のモニターをオンにすると、爺ちゃんがいつも見ているニュースサイトが立ち上がった。画面には炎が吹き上がる映像が流れていて……今どき珍しい生身のリポーターが何かを喚いている。


『………私は◯将なら酢豚定食って決めてるのよ!!』


 何を力説してるんだよお前は……


「分かった、分かった……今夜は酢豚でも回鍋肉でも……」


「テツオッ……!!!」


 突然……俺の後ろで錠太郎が叫んだ。慌てて錠太郎を見ると、口に歯ブラシを咥えたままモニターを指さして……?


「なんだよ……」


『突然何よ??』


 俺はもう一度モニターに流れるニュースサイトの配信を見直した。そこには……


〚U炭鉱で大規模な落盤と爆発事故が発生しました。外部作業員を含めた数名が行方不明。現在……〛


 というテロップと共に……


 爺ちゃんと数人の顔見知りの名が、炎を吹き上げるモニターに重なって表示されていた。

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