第19話 知りたい事

 それから少しして……俺と錠太郎と裁定者スカさんの視線に気付いた二人は……


「………んっっん……」


 抱き合って喜んでいた二人は“パッ”と離れると……取り繕った様に咳払い。


「陽輔……本拠地に戻るわ。オークションが始まる迄に資金の確認と調達をします」


「姐さん……!!」


 見た目が子供の姐さんは……メディカルベッドから飛び降りてスリッパを引っ掛けると足早にドアを……抜ける前にこっちに来た?


「貴方にはまた会うかも知れませんが……その時は”必ず”叩きのめして差し上げますわ。それまで……ご機嫌麗しゅうでございます!」


 なんかもう……色々と混ざって良くわからない感情で挨拶をした彼女は、今度こそ舎弟を連れてメディカルルームを出て行った。


「なんともはや……」


 仮面の執事が僅かに見える口元を綻ばせて苦笑する。


「“強靭タフでなければ生きていけない”……か」


 彼女達の後ろ姿を見送った錠太郎がポツリと漏らした。


「ほう……チャンドラーですな」


 スカさんが聞いた事の無い名前を口にした。そんな有名な人の言葉なのか?


「なんだよそれは?」


「親父の愛読書のセリフだよ。チャンドラーは作者だ。もう二世紀は前の本だが……親父曰く“生き方に迷ったら読む本”らしい」


 錠太郎は自分では絶対に認めないが……ロマンチストな所があるからな。コントみたいな彼女達の振る舞いに……“多少の強がり”を見出したのかもしれない。


「で……お前も読んだわけだ」


「たっ……たまたまだ!! 親父が貴重な紙の本を貸すなんて滅多に無い事だったから……機会を失うのが惜しかっただけだ!!!」


 ……何をそんなに慌ててるんだよ。お前がそんなだとスカさんまで恥ずかしく……なって無いか、そりゃあそうだな。


「さて、それでは必要な説明はほぼ終わりましたが……逆巻様にはお聞きになりたい事がおありなのでは?」

 

 ――――――――――


「良かったよ、レースが始まる前に言ってた事を覚えてくれてて……さ」


 彼は優雅にお辞儀を一つ……今度は微笑を浮かべた。


「勿論でございます。しかし……私が知っている事が果たして逆巻様にとってお役に立つかどうか……」


「なんでも構わないさ。スカ……ンジウムさんは親父とは知り合いなのかい?」


 俺はベッドから身を起こして座り、遅ればせながらスカさんにも椅子を勧めた。


「ふふ、スカさんで結構ですよ。残念ながら個人的な面識はございません。逆巻哲哉テツヤ氏が現役の“ゴーレム乗りブリガンダー”であった頃、私はまだ右も左も分からない若造でございましたので……」


「じゃあ、俺の事もテツオでいいよ……って、スカさんももしかして?」


「ええ、私もデビューしたばかりの“ゴーレム乗りブリガンダー”の一人でした。当時、逆巻哲哉氏は既に伝説のパイロットの一人でした」  


「そうなんすか?! そんなの初めて聞きましたよ」


 俺は親父がそんな男だとは全く知らなかった。まあ俺の親父に関する記憶は、朧げな顔が浮かぶ程度だからな……


「そうですか。私が知っている氏は、彼のキャリアの中でも全盛期の頃だと思われますが……そのテクニックは正に神技の域でした。ですので、ある日を境に氏がワイルドバトル野良レースから完全に姿事にも我々はさほど驚きはしませんでした。何故なら、当時の我々の様な若者が抱く夢の一つ……“ゴーレムフォーミュラ日の当たる場所”へスカウトされたというのがもっぱらの噂でしたから」


 そうか……親父はそんなふうに思われていたのか……


「ですが……その後、彼の活躍が我々の耳に届く事はありませんでした。実は……本音を言えば、私も哲哉氏の消息をお伺いしたいのです」


 これは……残念ながらアテにしていた情報はハズレだったらしい。


「残念だけど、俺にもそれは分かんねぇんス。親父は、俺が三歳の頃に家を出て行ったと保護者に聞いてますが、それ以降は全くの音信不通で……今回、俺がワイルドバトルに“電撃戦車ブリッツパンツァー”を引っ張り出して来た理由の一つは、将来の為の金が一番の理由なんスけど……もう一つは電撃戦車ブリッツパンツァーが動画で配信されたら……親父の手掛かりに繋がるかも? って事なんス」

 

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