第17話 レースにタラレバは……

「パイロットのスペック……と言いたいところですが、は大きな差では無かったと思います。確かに我々から見てもいましたが……この勝負では“全体を構成する要素の一つ”に過ぎませんでした」


 私は彼女にレースの解説をしながらモニターに映る彼等の映像をチェックしていった。レースの運営に瑕疵が無かったか? 不正を見逃す事は無かったか? を確認する意味もあるが……


(私にとっては“レース極上のエンタメを取り仕切った興奮”をゆっくりとクーリングする落ち着かせる儀式……と言っては大袈裟か)


「えっと……ではチーフは何が勝敗を分けたお考えなんですか?」


 彼女も別のドローンの映像をチェックしながら……改めて私の見解を尋ねた。素直な事は彼女の美徳の一つだろう。


「そうですね……やはり今回の勝敗のキーポイントはの力が大きいと思います。彼も今回初めての参戦で、序盤ではロッターレオパルト陣営の戦略に翻弄されましたが……パイロットの逆巻氏が序盤にコーンを一つ残して追走を優先したでしょう?」


「ええ。恐らくあのコーンを確保に走っていたら“追いつく事は難しい”という判断なのでしょうが……」


「ええ、そこまではパイロットの判断でしょう。まあ、その後にギリギリ追いつく所までは、パイロットとマシンの能力が噛み合った結果なのでしょうが……通信の記録を聞く限り、その後の戦略は、彼の構築した物だ」


 私の説明に……どうにも腑に落ちない表情の彼女。


「しかし……ならば普通にコンベアルートに先に飛び込めば良かったのでは?」


「その場合、ロッターレオパルトは鉄塔上へ向かう“パルクールルート”に方向転換してコーンを確保したでしょうね。たとえ苦手なルートだとしても、ブリッツパンツァーが対岸のコーンを獲得してから改めて鉄塔の上に登って来るよりは……先にコーンをゲットしていたでしょう。その時点で彼等ブリッツブルーダーの負けはほぼ確定です」


「……なるほど」


 彼女が難しい顔で唸っている。恐らく……今彼女の頭の中では、様々な可能性が検証されているのだろう。


 その間にもチェックは進み、ブリッツパンツァーを最後に……映像のチェックは終わった。


(まさか……この姿と再び相見あいまみえる事があろうとは……久しぶりに血が騒ぎましたよ。逆巻テツオ君)


 そして……こちらのチェックが終わったのとほぼ同時に、メディカルブースのマークが控えめなコール音と共にモニターに表示された。


『こちらメディカルブース。パイロットのメディカルチェックを終了。全て問題無しオールグリーン


 私が受信をタップした瞬間に……帯同医療メディカルチームのリーダーが、食い気味で報告してきた。


(彼は……なんというか、凄腕なのだが……ねぇ……)


 私は……彼の簡潔だが陰気な報告に苦笑した。


「了解。私もそちらに向かいます」


『……pi,』


 返答を確認すると通信は無言で切られた。私が軽く肩をすくめてメディカルブースへ向かおうと管制塔コントロールタワーから出ようとした時……


「チーフ。“赤い猛獣ロッターレオパルト”陣営は……どういう戦略を取れば勝てたのでしょう?」


 ふむ……もしかして彼女はロッターレオパルト陣営を密かに応援していたのかな? 


(発足当初よりは女性のパイロットは増えたが、それでもまだ半数には届いていない。今日のレース……何か彼女にとっては感じる事があったのかもしれないな)


「そうですね、レースに“たられば”は禁物ですが……最善の戦略は、鋼田君が言っていた様に『追いつかれる迄にコーンの確保を終わらせる』事でした。そして、もしそれが不可能であったなら……皮肉な事ですが、バケットホイールへのアプローチでのがだったかも知れませんね」


 ――――――――――


「一つ……教えて頂けるかしら?」

 

(ここの奴らは……いったい何を考えてやがんだ?)


 お嬢様モードに戻った隣のベッドのヌシが……ブリザードより冷たい声で俺に話しかけてきた。運営は俺を凍死させるつもりなのか?


「なっ……何をでしょう……」


 ― ピシッ ―

 

「ヒィッ?!」


 いったい何の音だ?! 何が割れたんだ??


「貴方……“我が望むは完全決着ショウ・ダウン”を選択する事で……私にの?」


 ???


(あー……なるほど。真剣な質問だこれ……もしかしてプライドを傷つけたか? でもなぁ……こっちもギリギリの綱渡りだったのに、そんなの説明してやる義理は……)


 そっと隣のベッドを見ると……見た目は子供みたいな美少女が、大きな目いっぱいに涙を溜め込んでいた。


(クソッ……)


「……意味が分からねぇ。俺はアンタから見りゃ若造かもしんねぇが、自分がそんなに甘い事言ってられねぇのは分かってここに来てる。あの“我が望むは完全決着ショウ・ダウン”は、んだよ」

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