第10話 奥の手と切り札

 彼女の考えを理解した瞬間……


 俺は残った2つの仮想円錐指標バーチャルコーンのうち、手近の一基だけを破壊し……最短距離から少し離れたコーンは、チビっ子姉御の追走を優先した。


『テツオ!!』


 俺の行動をモニターしていた錠太郎が、ヘッドセットの奥で金切り声を上げる。


「喚くな! どのみち勝つのは一人なんだ。あっちより走れば俺がコーンを集めきれるさ!」


 俺は先行する赤い機体をシステムにロックオンさせた。これで視認可能範囲内なら見失う事は無い。だが……先行する赤い四脚駆動は、スタートダッシュの時とは明らかにアクセルのが違った。


「ちっ……スタートはやっぱりを弾いてやがったのか!!」


『何を言ってんだ?? 』


「あーなんでもねぇ!」


(つい爺ちゃんの言い回しが伝染っちまった。まったく……最近の若者には年寄りの言い方なんて通じやしねえぞ爺ちゃん!)


 俺はそれ以上余計な事は口にせず、少し先を行く向こうの機体を追走しながら観察した。昼間の練習走行プラクティスでは見せなかった性能スペックを改めて分析し、頭の中で追いつく可能性を高速で計算する。


 こっちは残されたコーンを撃破しながらローリング蛇行運転しているが、軽量ボディの強みを活かしてほとんどの仮想円錐指標バーチャルコーンの破壊を最低限の減速で済ませて追走している。


 逆に……向こうは取りにくいコーンを最初から無視している。明らかに“ゴールまでに集められたらOK”と考え最短距離を行く戦略だ。本来ならパワーが上の相手にこれをやられると追いつくのはかなり難しい。


「普通なら……な。だけど親父の“電撃戦車ブリッツパンツァー”を舐めるなよ!」


 ここはアスファルトで舗装された公道じゃない。壁面を段差状に削り取っただけの露天掘り鉱山だ。アスファルトで舗装された道路ならパワーに物を言わせて突き放せたかも知れねぇが……ここの地面には採掘中に溢れ落ちた岩塊が無秩序に散乱している。


 いかに四脚のパワーと安定性を最大限活かして走ったとしても……ほとんど減速せず障害物ハードルの無いラインを追走してる俺を振り切れるはずがない。その証拠に……


「……少しずつ近づいてるぞ!!」


 俺達のマシンは、先行する赤いマシンにジリジリと近づいている。だが……


「クソ! なんであれほど燃料リソースを使えるんだ? 幾ら金が掛かってんのか知らねぇが、それでも俺の機体より軽い訳がねぇのによ!!」


 やはりパワーの差が大きいのか……目算ほど差は縮まらない。だがカラクリは解らなくとも、今は差を詰める事が何より大事だ。


『こちら錠太郎オペレーターだ……返事はいらないから聞け』


 俺がジリジリと焦り始めたその時……半ば無理やり連れて来た錠太郎オペレーターが無線を飛ばしてきた。


『手短に言うぞ。電撃戦車ブリッツパンツァーの捉えた映像と、吸入気センサーが感知した向こうの“排気ガス”のデータでアレのカラクリが分かった。奴等……“ウォーターエマルジョンシステム”を積んでやがる! 排ガスの成分から分析した予測値は……奴等の燃料リソースはこっちより30%は多い筈だ!!』


 ……はあ?


「なんだよそれ?」


 聞くだけでいいと言われてたのに思わず聞き返してしまった。


『黙って聞け! W.ウォーターE.エマルジョンS.システムは水と薬品を燃料に添加して燃焼効率を爆発的に引き上げるシステムだ。添加するのが水と界面活性剤洗剤だからレギュレーションにも引っかからん!』


「マジか?? そんなシステム奥の手……ズルいだろ!!」


 思わず本音が漏れちまった。


『奴等、実質燃料がこっちの三割増だからな。長時間の稼働にも耐えられるし、短時間なら器械式過給機スーパーチャージャーと組み合わせて馬鹿みたいなパワーが使える』


 クソッたれ! そういや爺ちゃんが昔“赤い機体が普通の機体より速いのは当たり前じゃっ!”とか言って……いや今はそんな事関係ねぇ! 


「奴等の事は分かった。仕方ねぇ……ちっと速いが、コーンを全部取られてからじゃ遅え。こっちもを切る!」


 俺は……コクピットのタッチパネル操作盤に手を伸ばした。そこにあるドクロマークをタップすれば……

 

『まて!! それはまだ早い!! それに……奴等のシステムにだって弱点はある!』


(?? どういう事だ?)


『残りのコーンの事は心配するな。奴等、“電撃戦車ブリッツパンツァー”を“旧式のマシン”だと思ってすっかり舐めてやがったからな……とんでもねぇミスをしやがったのさ!』

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