第9話 スタートダッシュ

 ― pi、 pi、 pi、…… ―


 コクピットのモニターに流れる時計が一秒毎に作動音ビープを刻む。山間の廃鉱山に電源が在るわけもなく、いつもなら完全な闇の中に沈む筈の光景……だが、今夜だけは違う。


〚……スタート予定時刻まで一分を切りました。御二方とも準備はよろしいですかな?〛


 今夜の鉱山には……運営のトレーラーから放たれた“照明と撮影を兼ねたドローン”が所狭しと飛び回り、主なコースに使われる部分以外にも必要十分な照明を供給している。


「ああ……問題ねえ」


 俺は狭いコクピットで補助熱源グロープラグを点灯させジェネレーターエンジンをスタートさせた。


 ― バッ……バッ…バッババババババババ!! ―


 コクピットの背後に位置するジェネレーターパックから重い始動音が響き、駆動軸がゆっくりと加速を始める。そのまま暫く……やっと自発回転を始めた。


『ちっ……分かっちゃいたが圧縮比セッティング過ぎる。こんなセッティングじゃなきゃもう少し練習走行プラクティスにも燃料を回せたのに……』


 運営のアナウンスの後……機体の状態をモニタリングしている錠太郎の声が、ヘッドセットから聞こえてきた。エンジンノイズが心配だったが無線の調子は問題なさそうだ。


「仕方ねぇよ。のマシンはパワー重視ゴリマッチョだ。重量比があっても……こっちがスタートダッシュで勝てる保証はねぇんだからな」


(それにしても……)


 奴等はこっち以上に燃費が苦しい筈なのに……昼間の練習走行プラクティスを見ても俺達よりずっと燃料を消費していた。今も俺達のマシンが始動するよりもずっと前にジェネレーターを始動している。


(アレが出来りゃあ油圧回路の温度がより早くあったまるからな……運動制御を油圧シリンダアクチュエーターに頼るM Gモーターゴーレムにとってはあらゆる性能に影響があるだろう)


 だが……奴らのマシンは元々燃費に不安がある四脚駆動マッチョ……対してこっちはバランス制御が恐ろしくピーキーだが軽量と運動性に秀でるだ。


『そうだな……だが、奴らは絶対に何処かで燃料のが必要になる。こっちのジェネレーターもターボ大喰らいで燃費は厳しいが……元々が2ストローク軽量ディーゼルハイパワーユニットなんだ。スタートダッシュに使える燃料は絶対にこっちが有利だ!』


「ああ……マジでスタートはガッツリ決めてやる! “電撃戦車ブリッツパンツァー”の名に掛けてな」


 錠太郎オペレーターとの会話はそこまでだった。眼前に浮かぶドローンがレッドシグナルを点灯させ“スタート20秒前”である事を告げて来たからだ。


 それに続いて……ヘッドセットから裁定者スカさんのカウントダウンが始まった。


〚……スタートまで15秒……10…9…8…7…6…5…4…3…2…1…0!!!!〛

 

 瞬間……俺は“転倒する?”と錯覚する程マシンを前傾させ駆動脚に装備されてる“特殊複合繊維アラミドカーボン鈎履帯スパイク・クローラー”に油圧モーターの動力を繋げた!


 ― ガリガリガリガリガリガリッ  ―


 足元から凄まじい擦過音が響く。


「クソッ! ミスった!!」


 ほんの少し……気が逸って駆動力の配分を多くしてしまった。機体の重量が軽い分、駆動力が過大だとスリップする事は百も承知だったのに……


 ― ドンっ ― 


 その瞬間……俺の視界の隅に真赤な四脚のマシンがスタートするのが映った。


「ちっ……!」


 かろうじて前傾でバランスしていた機体のマニピュレータで地面を。瞬間……“電撃戦車ブリッツパンツァー”は、重力の存在を忘れた様にスタート地点から


『焦るなテツオ! 奴らのマシン、思ったよりダッシュは鋭くねぇ。まだ十分に最初のコーンはれる!!』


 錠太郎の言う通り……俺の視界には何故か先行した筈の赤いマシンがぐんぐん迫って来ていた。


(なんだ……?)


 その光景に感じる強烈な違和感……だが現実に思考が追いつく前に、俺のマシンは奴等をパスし、最初の“仮想円錐指標バーチャルコーン”を破壊した。


『あっ!! クソッ……奴等……クソ!! テツオ!!  

 

 俺の耳元に爆発した声に、錠太郎本気の焦りが伝わる。俺は最大加速から急ブレーキを掛け、次のコーンに向かおうとして……


「なっ???」


 やっと姉御達の思惑を理解した。


 赤い四脚のマシンは……設置された3、コースを先行したのだ。しかも……密集気味に設置されたコーンを破壊しつつ更にマシンを先行させている?


『やられた……これで俺達は残った仮想円錐指標バーチャルコーンを一つも見逃せなくなっちまった』

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