第4話 第一種接近遭遇……④ 蘇る巨人

『?? 何を言ってるのよ? ワケの分かんない言い訳で赦して貰おうなんて……そんな作戦は通じないわよ』


(ひでぇ言い草だぜ。ま、もともとこっちが連絡しなかったのが悪いんだから仕方ねぇが……)


 作業台から飛び降りた俺は足元のレンチを拾い上げた。まあ……凛はウチに来客があったなんて知ってるはずねぇしな。


「すまねぇ。埋め合わせはするから機嫌直せ」 


『……絶対だからね。ところで土曜日明日日曜日明後日の予定は? 仕事は休みなんでしょ? 時間があるならテスト勉強くらいは一緒に……』


 ああ……マズったな。週末はどうしても予定でギッチリだ。先に帰り道で言っておけば良かった。


「あ〜……すまねぇ。週末はぎっちり予定が詰まってるんだ。日曜の夕方には少し時間が出来るかもしんねぇが……」


『え〜……分かったよ……』


 ……イヤホンから聞こえる声のテンションが明らかに下がった。


「日曜に身体が空いたら連絡するさ」


 俺は締めかけだったボルトにしっかりトルクが掛かった事を確認してレンチを外した。喋りながら整備するなんて本当は褒められたもんじゃねぇからな。


『絶対だからね! じゃあもう時間も遅いから切るよ。おやすみ』


「おやすみ……時間が空き次第連絡する。約束だ」


 ― pi. ―


回線が遮断された音と同時に……俺は機体の前に立ち、相棒を見上げた。


 工場の地下で埃を被っていたを見つけたのは二年と少し前、そして初めて“ワイルドバトル非公式の賭試合”を目撃してからは三年……


「なんとか間に合った……か。メンテナンスだけで2年も掛かっちまった。初めての“ゴーレムバトル”がぶっつけ本番……俺も大概イかれてるのかもな親父」


 ――――――――――


 翌朝……予定通り爺ちゃんは組合の連中と朝から出掛けていった。今日から二日間、地方の巨大建機を分解する出稼ぎに行くと聞いている。


「予定通り出掛けてくれて助かったぜ。土壇場でこの光景を見られちゃどうなる事か……」


「おいテツオ。“これが今生で最後の頼みだ”って泣きつくから来てやったのに……これはどういうつもりだ?」


 俺に不服そうな顔で悪態をついてるのは……凛と同じく、俺の幼なじみの一人で鋼田ハガネダ錠太郎ジョウタロウだ。


 俺よりも背が高く、俺よりもハンサム。成績も優秀。俺の地元では珍しく堅実な勤め人の息子。ちなみに無愛想なクセに女の子にもモテるという俺が閻魔なら地獄行き間違い無しのスペックの持ち主だ。


「そう言うな。この前の定期テストで数学を落とさずに済んだのは誰の予想問題のおかげだ?」


「ぐぬっ……」


 完璧超人のコイツの唯一の弱点……それは数学が壊滅的に苦手だって事だ。俺は他の成績はそこそこだが数学だけはそこらの奴に負けた事はない。


「ほら……変な声で呻いてないでそっちのフックを掛けてくれ。さっさとしないと誰に見られるか分かったもんじゃねぇ」


 爺ちゃんが出発してから……俺は大急ぎで工場の廃油エンジン動力に火をいれて数年振りにリフトを稼働させた。


 ― ゴゥン…… ―


 久しぶりにリフトの油圧モーターに油が送り込まれる。レールを軋ませながら暗がりから浮かび上がってきたのは……


「最後のレースから十年以上……か。随分と久しぶりの太陽だな“電撃戦車ブリッツパンツァー”」


 鈍い銀色に輝く……体高4mの巨人だった。


 蘇った鋼色の巨人は……すっかり時代遅れになってしまった二脚駆動デュアルレッグを折りたたみ、跪いた姿勢で地上に現れた。


 牽引用の車輪を握って地にマニピュレーターを着く姿勢は、騎士が主君に忠誠を誓う叙勲式のシーンを見ている様だ。


 ちなみに……放置しっぱなしだった親父の電撃戦車ブリッツパンツァーは、塗装の殆どをサビのせいで失っており、サビは俺が磨き落としたのだが……新たな塗装をする暇は残念ながら無かった。


「さあ、今度はトレーラーの牽引フックに付け替えて積載するぞ! 無人トレーラーの出発時間は決まってるからな。とっとと始めんぞ!」


 俺はとうとう日の下に出てきた愛機“電撃戦車ブリッツパンツァー”への感動を我慢し、すぐさまチャンネル「#BadSpeedBrigander」の連中が手配したフルカバータイプのトレーラーへ積載を始めた。


 自動運転車輌以外は公道を走れないこの御時世、どうやって非合法のレース機体を運搬してるのかは謎だったが……なんの事はない。奴ら自前の運搬車輌を持っていて運航計画をきっちり交通局に申請してやがった。


「なるほどな……申請された情報の内でフェイクなのは積荷の内容だけか。これなら発覚のリスクは最小限に抑えられる……」


 錠太郎がトレーラの運航予約を確認して感心してやがるが……


「お前の親父……確か交通局の人じゃ無かったか?」

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