第3話 第一種接近遭遇……③ オールドパートナー

 ― ゴゥン……ブォゥ…… ―


 俺が廃油エンジンに火を入れると……重機達が工場ではおなじみの騒音ミュージックを奏で始めた。


 モーターを使った電気自動車は暖気運転なんて必要ないが、こちとら僅かに残った燃料機関を貴重な化石燃料(実際はありとあらゆる廃油の再生燃料)で動かしているのだ。


 ガタピシ唸るコイツラはデジタル制御の作業アーム程のパワーも汎用性も無いが……


(なぁに最高の音楽はエレキやシンセだけで作れるもんじゃねぇさ)


「ま……古い楽器オールドパートナーにはチューニングメンテナンスが欠かせねぇからな。おっ……何だよオメェら。今日は随分ゴキゲンじゃねえかよ」


 俺は馴染のBGM騒音で重機達の調子を確認しながら、爺ちゃんがやって来るのを暫く待った。


 ウチの廃油エンジンは廃油を強力な熱源とし、蒸気タービンを稼働して発電した電力と、オイルポンプで加圧した油圧を各重機に分配して動かしている。


 ややこしいかもしれないが、精密な作業を求める解体用のマニピュレータは電力が無いと使えないし、重量物を移動させるには大トルクの油圧アームが必要なのだ。


「まあ……デジタル制御のアームでも、レース用の機体に付いてる高精度ハイプレシジョン・強腕力ハイトルク油圧制御触腕マニピュレータとは雲泥の差だけどな……」


「ほう……何故それを知っているのかね? 中学生の君が?」


 (………??!! 聞かれた??)


 反射的に振り向いた先に立っているのは……


「工場に立ち入るのは遠慮してほしいんすけどね……」


(さっき爺ちゃんと話してたオッサン? 何で素人を工場に入れてんだよ爺ちゃん!!)


「それは質問の答えにはなっていないが?」


(チッ……面倒くせえな)


「ん? 何か言ったかね?」


「…いえなんでも…。今どき小学生だってブリガンダーの動画くらい見てますよ。ウチはご覧の通りですからね。の違いくらい見てとれます」


 改めて見たらこのおっさん……どっかで見た様な……?


「そうか……いや邪魔をしたね」


 変なオッサンは俺の答えに一応納得したのか、それとも後ろから現れた爺ちゃんに遠慮したのか……それ以上何も言わず、爺ちゃんに会釈して工場から出ていった。

 

「……あれ、誰なんだよ爺ちゃん?」


 何が気になっているのかが自分でも分からない。でも……妙に人の気を引く男だった。


「ただの知り合いだ。さあ、仕事を始めるぞ」


 爺ちゃんが言ったのはそれだけだった。どうやら事務所での会話について説明する気は無いらしい。


「ああ、分かった」

 

 俺は短い返事だけを残して自分が今日担当するマシンに向かった。


「……まぁ何も説明しないのはだからな」


 ――――――――――


 ― Bububububu! Bububububu! ―


 ポケットの中に収めた端末から振動が伝わる。時間はちょうど23:00を過ぎた辺り……仕事はとっくに終わっている。諸々の雑事を終わらせた爺ちゃんは……自分の部屋で日課のジャズレコードを流している頃だろう。


「……アレックス。発信者は?」


 ― 発信者IDは早瀬凜様です。受信しますか?―


 俺は運悪く状態だったが通話くらいなら問題ない。


「繋いでくれ」


 ― 了解しました ―


 その瞬間、耳に突っ込んだイヤホンから…通話が繋がった瞬間の独特の作動音が聞こえた。その直後……


『もしもしテツオ? 随分と忙しそうね?』


(なんだ? 随分機嫌が悪……あっ!)


「……悪ぃな。メッセージ飛ばすの忘れてたわ。ちっと忙しくてよ……」


『ええそうでしょうとも! アンタはそういうヤツよ! 私が何を言ってもロクに聞いてやしないんだから……いっつもゴーレムフォーミュラの動画ばっか見てさ!!』


 俺は……親父が残した機体オールドパートナーを見上げながら……凛のセリフに何か違和感を覚えた。


(何だ?? このモヤモヤした感じ……)


 俺は凛のセリフに感じた違和感で、締め掛けのボルトにレンチを当てたまま固まってしまった。


『何よ! 何で黙ってるわけ? それとも……あんた私と喋りながら、また真唯駆マイク・アインホルンの引退レースを見てるんじゃないでしょうね??』


「いくら何でもそんなこ……」


 そこまで言った瞬間……俺は自分のあまりの間抜けさ加減に、作業台の上から大事なレンチを落としてしまった。


「そう……だ……間違いねぇ!」


『ちょ…ちょっと! いったいどうしたのよ??』

 

 俺の動揺っぷりに凛がびっくりしてるが……残念ながら構ってやれる程俺も冷静にはなれてない。


「凛……」


『……なっ…何よ??』


「もし……自宅に……そんなの信じられる訳ねぇよな?」


 

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