第2話 第一種接近遭遇……➁ 不釣り合いな男

『どうしても……研究所に復帰していただくわけには参りませんか?』


『君がそう言ってくれるのは嬉しいがね……買いかぶりだよ。ワシの様なロートルに、今更何が出来るものかね?』


 俺が工場の事務室に入ろうとドアノブを握った瞬間……珍しい事に、事務所の中から爺ちゃん以外の声が聞こえた。


(爺ちゃんに……客?) 


 俺はノブからそっと手を離し、じっと耳を澄ませたが……室内から聞こえる相手の声に聞き覚えは無い。だが……


(普段は誰と話す時もぶっきらぼうなクセに……?)


 爺ちゃんの声は……ここ最近ではほとんど聞いた覚えのないほど楽しげなものだった。


(あの偏屈ジジィが…… 珍しい事もあるもんだ)


 俺は元々立ち聞きするつもりでは無かったんだが……普段滅多に遭遇しない爺ちゃんの様子にドアを開ける事を躊躇ってしまった。


 どうも中から断片的に聞こえる内容は……男が熱心に何かを訴えている様だけど……?


『しかし……教授せんせいが設計した“アストライア均衡を保つ女神”を超える「三次元ジャイロコントローラー」は……残念ながら未だに存在しません!』


(“アストライア均衡を保つ女神”? 『モーターゴーレム』に搭載されている動力変換装置アクチュエーターの制御・統括アプリの事か?)


 確か……“アストライア均衡を保つ女神”は謎の人物によって産み出された『どんな状況シチュエーションでも完璧に機体バランスを制御するアプリケーション』の俗称だった筈だ?


『ふん……昔の話だよ。あれくらいの代物……今なら子供でも作れるだろう?』


 俺は始めて知った驚愕の事実に聞き耳を澄ませたまま……ドアの前で金縛り状態になってしまった。


 アストライアの開発者が……爺ちゃん?? 


(そんなの初めて聞いたぞ?!)


『とんでもない! “車輪では進めない土地”を抱える国々が多目的多脚探索重機モーターゴーレムを自国開発出来たのは、先生が“アストライア”をフリーアプリとしてネット上に開放リリースしたからです。そのおかげで自然環境を壊さずに“道なき道”を踏破出来た国々が多数存在するのですから! 彼等にとって先生は、今も国を発展させた救世……』


 興奮した声で話していた男の会話が……止まった?


『誰かね? 盗み聞きは関心しないぞ』


 驚いた……気取られる様な音は立てていない筈なのに?


(ちっ……何でバレた? ドア越しに気配でも感じたってのか?)


 俺はノブを回して事務室に入った。そもそもここは仕事場なのだ。誰かに聞かれて困る様な話なら隠れてしやがれってんだ。


「……どうも」


「君は……」


 来客は随分と良いのスーツを着込んだ男だった。年齢は40代……余計なお世話だが左手に指輪は無い様だ。


「孫だよ」


「なんと……では佳織先輩の?!」


(なんだこのオッサン? 死んだ母ちゃんの知り合いか?)


 爺ちゃんが、滅多に居ない客人に短く俺を紹介した。当時に、爺ちゃんの視線が俺にも自己紹介をしろと言ってる。


(ちっ……面倒くせぇ!)


「っす。逆巻鐵雄サカマキテツオっす」


 オイルと埃で汚れた事務所には不釣り合いなスーツを着込んだ男……その男は、さっきとは打って変わって穏やかな目で俺を眺めている。


(こっちからすれば……どんな顔してようが、オッサンの視線なんて気色悪い以外に無いんだがな)

 

「先に重機に火を入れとけテツオ」


「分かったよ爺ちゃん」


 俺は荷物をデスクに放り出して事務所から出ようとドアに向かった。途中でもう一度変なオッサンと目が合ったので軽く会釈した。


「バカモン。会社では社長と呼ばんか!」


 おいおい、何を気取ってんだよ(笑)


「普段そんな呼び方してねぇだろ。先に火入れしてるからな」


 ――――――――――


「……驚きました。先輩の息子があんなに立派な青年になっているとは」


 私の現役引退の年に生まれた知らせを聞いたから……


(なんと十五歳か!)


 私も歳を取る筈だ。


「ふん。図体は育ったかも知れんが……まだまだガキだよ」


 孫の事を話す教授は……口調とは裏腹に穏やかな目をしていた。


「不躾ですが……進学先は?」


 (??)


 私は、自分の今の職業柄、さほどおかしな事を聞いた訳でもないはずなのだが……教授せんせいの表情が明らかにさっきより曇った。


「儂は進学させたいと思っとるが、あいつの方がとんと聞き入れん。ウチ会社の状況を知っとるせいだからデカい事は言えんがな……まったくだれに似たのか、とんだ頑固者に育っちまった」


 そう言うと先生は頭を抱えた。見た所本気で孫の頑固さに参ってる様に見える。その証拠に……先生の口から今まで見た記憶のないほどの盛大なため息が、紙巻きタバコの煙と共に吐き出された。


(隔世遺伝の可能性を考えない所が先生らしいな)


 ― クスッ ―


 恩師の弱音に思わす苦笑が漏れる。


(そうだ。私はこういう“人間臭い”所こそが研究者には大切だと思うからこそ……この人を買っているんだ!)


 ほんの少し、例えば“アストライア”を課金制にしていれば、それがユーザーにとってほんの僅かな額だったとしても……私の恩師は世界で有数の富豪になっていたはずなのだ!


「先生……失礼ですが、私の今の仕事をお忘れでは?」


 私は苦笑しつつ、先生に渡した直後からデスクの上に放置された名刺を指さした。


「先生、そこにある無駄に多い肩書を良く見てみて下さい」


 名刺に書かれた肩書の殆どは単なる名誉職だが……ズラズラと書かれた肩書の最初の二つが今回に限っては役立つかも知れない。


 何故ならそこには、


 到達限界地域開発事業団理事

 未踏地域開拓特派員育成高校理事長

 ……………………

 ………

 ……


 と黒々とした文字で印刷されていたからだ。

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