#BadSpeedBrigander (ハッシュタグ - バッド スピード ブリガンダー)

鰺屋華袋

第一章 錆びた巨人 

第1話 第一種接近遭遇……➀

―西暦2093年7月初旬―


「おい……マジでなのか?」


 俺は頼りない前照灯ライトの中に浮かぶ凛に改めて行き先を確認した。


 一応ここが舗装された道だと言っても……道のすぐ隣には自転車のライトでは照らし切れない深い森が広がっている。その道がこんな深夜ともなれば……ヒグマやシカが突然目の前を徘徊していてもおかしく無い。


(もしもそんな奴らに出くわしたりしたら……俺達の自転車じゃとても振り切れねぇぞ)


「公式の予告動画に映ってたシルエットは間違いなく裏山ここだったよ。廃棄された露天掘り掘削機バケットホイールがその証拠」


 自信タップリに言い切る幼なじみ……だがコイツの自信はアテにならん!


 この先にあるのは何十年も前に廃棄された鉱山だけで……本音を言えばこんな時間に近寄りたい場所じゃない。


「似たような露天掘りの鉱山なんて別に珍しくもねえだろ。それに金が無くて放置された穴掘りマシンなんて……それこそ鉱山に一基は見つかるお約束じゃないか!」


 おいおい……暗いんだから前を見て走れよ。それと器用に“イカンの意”を顔で表現するな。せめて口を動かせ。


「そりゃあ同じ機種はとあるだろうけど……へし折れたアームの角度が、予告動画のなんて……そんな偶然はあり得ないから!」


 そう言ってりんが掲げたスマホには(またオジサンのスマホを勝手に持ち出したな)、月明かりに浮かぶ機械のシルエットが映っていた。


 俺達が必死になって自転車で向かってる廃棄された鉱山跡。そこに棄てられたバケットホイール大型露天掘削機と全く同じカタチの影が……だ。


「それで、だって……なんで分かったんだ?」


「勘!」


「おいっ!」


 微塵の躊躇いもなく妄言を吐くな! こんな時間に家を抜け出してんのがバレたら……俺もお前もタダじゃ済まないんだぞ。


「下手すりゃこの夏休みずっと外出禁止だってあり得るんだ。そんなリスクを抱えてまで抜け出して来たってのに……」


 だから……口に出さずにブーたれるのはやめろ!!


「勿論……今日がレースだと思った理由はソレだけじゃないよ。このチャンネルが配信リリースするペースを考えたら……どれだけ優秀な編集チームが居たとしても、そろそろ撮影してないと筈なの。それにここ一週間は雨が降ってたじゃない? そろそろ……」


 ― カッッ ―


 その時だった。錆びついて二度と動く筈のない巨大なローラーの上から……程の閃光が走ったのは……


「ヤバい……もう始まってる!!」


 △△△△△△△△△△


―西暦2096年7月某日―


〘道路には自動運転車が整然と並び、ビッグデータが流通を滞り無く管理する。渋滞は消え去り、車を所有出来るのはごく一部の富裕層のみ。そんな“窮屈な自由”が社会の常識になった時代……それは結果として“道路を自由に使えない時代”が訪れる事を意味していた……〙


「またその動画を見てるの? いいかげん全部覚えてるでしょうに……」


「デカい声で話し掛けるんじゃねぇよ……」


 俺は振り向きもせずに言い返した。下校中バスの中だってのに……配慮が足りねぇんだよ。


「他に話し相手がいねえなら……単語の一つでも覚えとけよ」


「何よナマイキな……私は理系脳だから英語なんてソコソコで良いのよ。アンタこそ明日からのテストは大丈夫なの? 赤点なんて取ったりしたら……中学最後の夏休みなのに補習の思い出しか残らないわよ?」


「心配しなくてもは、心底堪能する予定だよ」


「……やっぱり高校には行かないの? たしかに義務教育じゃないけど……授業料だって掛からないんだし……」


「確かに……授業料掛からねぇな。で、制服代や寮での生活費、テキスト代に俺のは……いったい誰が出してくれるんだ?」


「そっ………………」


 俺の幼なじみは……口にしようとしたセリフを唇ので押し留めた。改めて俺の口からどうしようも無い現実を語らせる事を躊躇ったのだろう。ガサツな所はあっても優しい奴なんだ。


「まぁ堪能するって言っても半分はバイトで潰れちまうんだけどな。一度くらいなら遊びにも行けるさ……海とかな」


「?? それってどういう……」


「………誘ってんだよ。いやか?」


「………」


 りんの奴……何で黙ってんだ?

 

 俺は仕方なく画面から目を離して振り向いた。そこには……眼をまん丸に見開き、ついでに口を半開きにして固まる幼なじみの姿が……


 おいおい、何をそんなに驚いてんだ。俺の誘いがそんなに意外だったのか?


「で……返事は?」


「……行く……」


 本当に分かってんのかイマイチ怪しいが……まあ、いいか。


「よし……約束したからな」


 俺は約束に念を押してから、日課にしてる動画の視聴に戻った。


「チョット待てぃッ!!」


「いてぇ!!」


 と、いきなり後ろから手刀チョップが降ってきた?!


「あんたねぇ……女の子を誘うのになんなのその……は?! 普通はもうちょっとこう……なんか“然るべき感じ”があるもんじゃないかしら???」


 おいおい……勘弁してくれよ。周りのおばちゃん達がクスクスしてんじゃねえか。


「お前と出かけるのは初めてじゃねぇだろ。何をそんなに……」


「バカ!! 最後に二人で遊んだのは小六の時に廃鉱山でレー……」


 ― バッ ―


 俺は凜の口を無理やり抑え、後ろに立っていた凜を自分と入れ違う形でシートに無理やり座らせた。


 周囲の乗客は俺と凜を物珍し気に眺めていたが……俺が曖昧な愛想笑いで会釈するとすぐに興味を失ったようだ。


「アレを見たのは口にしない約束だろう! どこで“廻警”が聞いてるか分からねぇんだぞ!!」



 ――――――――――



「まったく……勘弁してくれよな」


「ごめんってば」


 バスを降りた俺達は我等がホームタウンに向かって歩いている。


 俺たちが住む街はそれほど田舎というわけじゃないが中学からは相当な距離がある。というのも……2096年現在、子供の数が加速度的に低下した日本では、学校施設の統廃合が急速に進んだ。なんと……俺たちが住む県には中学校が三校しか存在しない。


「……いや、こっちこそ取り乱して悪かった。でも、お前は高校への進学が決まってんだからな。迂闊な発言は控えてくれよ」


 そして公立の高校に至っては……なんと各県下にたったの一校しかない(私立高校はそれなりにあるが……)。


「そんなの……おかしいよ。成績ならテツオの方がずっと良いのに!」


 凜が……言葉少なに自分の気持ちを口にした。


「その成績だって“特別に援助するほどの水準”じゃないからな。幸い食ってくだけなら家業を手伝えばなんとかなる。今の御時世じゃ恵まれてる方さ」

 

「………」


 凜は無言のまま俺の少しだけ後ろを歩いて……そのまま俺達は俺の家の前に到着した。


 ― ゴゥン……ゴォン…… ―


「さあ……俺はこれから少し手伝いがあるからさ」


 俺の家は、あらゆる産業廃棄物……特に重機や小型建設機械の解体、スクラップの分解なんかを生業とする工場だ。


 正直、俺から見ても経営は火の車だが……祖父は同じ様な解体業者が軒を連ねるこの界隈……“地域解体業組合スクラップリージョン”の仲間達となんとか踏ん張っている。


「……分かった。夜になったら連絡していい?」


「ああ……手が空いたらメッセージ入れとくわ」


 ――――――――――


 俺は凛の後姿が完全に見えなくなるまで見送ってから……仕事場のゲートをくぐった。


 いつもならすぐに仕事の手伝いを始めるんだが……凛との会話で少しばかりセンチな気分になってしまった俺は、そのまま工場のすみにある地下への螺旋階段に向かった。


「すまねぇ凛。だけどよ……俺もまだ諦めた訳じゃねぇぜ」


 俺は完全な闇の中に沈んだ地下に降り立つと、迷う事無く漏電遮断器スイッチの方向へと進む。


 この三年……毎日のように通ったおかげで、俺の身体は辺鄙な場所に設置されたレバーを完全に覚えてしまった。

 

 ― Boon…… ―


 流れる電流が回路を震わせ、照明が一斉に灯った地下空間。


 そこには、白い照明を鈍く跳ね返す……


 “銀色の巨人”が静かに佇んでいた。

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