第32話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 4

 翌日、僕はビットナー伯爵の使者から連絡アポイント受けて伯爵邸に来ていた。驚いた事に伯爵は王国の宰相であるゴルディアス・フォン・パウルセン公爵を伴って待っていた。


「お初にお目にかかる。陛下より宰相の職責を賜っておるゴルディアス・フォン・パウルセンじゃ。コーサカ殿の事はブランデルより聞き及んでおる。先日以来、我らが国への数々の配慮、誠に痛み入る限りじゃ」

  

「初めてお目にかかります。カナタ・コウサカです。こちらこそ、ビットナー伯爵やご令嬢には特別の配慮を頂き誠に感謝しております」


 ゴルディアス・フォン・パウルセン公爵は見たところ60代半ば程、白髪で少し小柄なおじいちゃんだ。後にビットナー伯爵に話を聞いた所によれば、先王の御代から、30代で宰相として文官を取り仕切り国を支えて来た、王国始まって以来の名宰相だそうだ。


「うむ、今日は先日よりの懸案であったコーサカ殿と我らとの契約内容の確認と締結、それに最初の仕事の依頼をしたいと考えてお呼びしたのだ。まずはこれを見ていただこう」


 公爵がそう言うと、ビットナー伯爵から数枚の羊皮紙が渡される。


 内容は概ねこの前伯爵に話した内容だ。軍事利用の禁止と秘匿魔法の非開示が主な内容だが、その他に依頼内容の守秘義務や実力行使をする場合はなるだけ報告と相談(緊急時にはその限りではない)を行う。依頼内容によっては拒否権がある等だ。報酬については適宜相談となる。


「問題ないと思います。ただ宰相閣下もご存知だと思いますが、僕は故郷への帰還を目的に活動していますので場合によっては御期待に添えない事もあるかしれませんが...」


「その事については弁えておる。仕事の契約期間以外は其方を最優先して頂きたい。それをふまえた上でこちらの資料を見ていただこう」


 改めて羊皮紙を数枚渡された。内容を一通り確認する。

 

「先日の騒動の報告書ですね。背後関係については分からなかった様ですが...」


「そうなのだ。その背後関係の調査が今回の依頼になる。アレディングは件の取引相手と連絡を取る際に帝都の宿に伝言を残していた。具体的には宿に伝言を受け取る為に出入りしていた者から背後関係を探ってもらいたい」


「つまり帝都ベルギリウスに赴くという事ですね?しかしそんなに簡単に帝国に入国出来るのですか?」


 その気になればスキルで簡単に入国出来る。だが目的が背後関係の調査であるなら現地の人間との接触は必須だ。今の様な身分では帝国に入国するのも一苦労だろう。


「心配には及ばん。先日のコーサカ殿が阻止した砦への侵攻を覚えておるだろう。実際には被害はほとんど無かったが王国としては当然、帝国に対して一方的な侵攻の責任を追求しておる」


 王国としては当然の対応だ。殴られっ放しでは国家運営等立ちゆかないだろう。当たり前だが舐められっぱなしでは居られないのだ。


「帝国側は軍部を統率する大臣の一人が、国境近くで行っていた演習を利用して暴走したと言い訳して事を収めようとしておる」


「それは何ともお粗末ですね。国家運営の門外漢である僕でも、下手な言い訳なのが分かりますよ」


 そんな言い訳で戦争を無かった事に出来るはずがない。


「当然、帝国側もそれで話が収まるとは考えておらんだろう。今回の場合なら相応の賠償金と関係者の処刑等を落とし所とするのが妥当な所だ。濡れ衣で処刑される誰かには同情するが、こういった時を利用して政敵を落とし入れるのは良く有る事じゃ」


 綺麗事で国が回らない事位分かっているが、聞いて気分のいい話ではない。

 

「現在、王都には帝国側の使節団が来て条件の折衝を行っておる。そ奴らが帝都に帰る際にこちらからも使節団を派遣する。その使節団には滞っていた民間の交易団が同行出来る様に手配した。コーサカ殿にはこの交易団に身分を偽って同行して頂こうと思う」


「なる程、分かりました。一つだけ、今回の件はアレディングの証言から帝国その物が背後にいるとは考えにくいと思われます。ですが調査結果から帝国との戦争に発展する様な事実が発覚した場合、僕自身はそれを避ける様に処理したいと思います。王国にも出来うる限り同様の対応をお願いしたいのですが宜しいですか?」


 ここで戦争など起こされたら落ち着いて“次元連結”の調査が出来ない。どこの誰かはしれないが大人しくしていて貰おう。


「是非もない。無益な戦は王国でも忌避する所だ。此度の件、宜しくお願いする」


「承知致しました。若輩の身ですが力を尽くします。宜しくお願いいたします」


 こうして僕は帝国に赴く事になる。それは.....有る意味、砦からの一連の事件に導かれた必然の結果だったのかもしれない。

 

 だが、後日事柄を思うと理系人間の自分でも運命が自我を持って悪戯を仕掛けているとしか思えなかった。


――――――――――


 帝国の某所、メッテルニヒ子爵邸の奥まった位置にある部屋。


 若き当主であるゲオルクはローブを目深に被った人物と言葉を交わしていた。


「今回の件でマズい立場に立たされたのではないか?」


 ローブの男が問い掛ける。


「問題ない、起こった事が事だからな。以外に対応のしようがない。それに俺にも多少の自負はある。俺以外の誰が警戒を行っていても結果は変わらなかっただろうさ」


 普段の彼を知る副官が見たら目を、いやを疑うだろう。かつてこれほど饒舌な上官を見た事がないだろうからだ。


「そちらも予定通りとは行かなかった様だな」


「ああ、全く忌々しい限りだ。直接問題になる訳ではないが予定は多少変更せねばならん」


「我らが殿はどう仰られているのだ?」


 ローブの男がピクリと震えるが以前の様に咎めたりはしなかった。


「...何時も通りだ。問題にもされん...」


「...不満なのか?」


「それこそ恐れおおいことだ...しかしなゲオルクよ、我はこの道が殿下の望みなのか分からんのだ。あの方は我ら全ての配下への責任感で望まない生き方をしているのではないか?」


「...お前にわからん事が俺に分かる筈もなかろう? だがな、俺たち全ての配下があの方とその父上に頂いた恩はそれこそ自らの命を懸けても贖う事が叶わん。もしあの方が本当は平穏な暮らしを望まれているなら俺達は全力でそれを御守りする。あの方はそれが分かるからこそ言い出せないのかもしれん...もしそうならば進言するのはお前の役目だぞ」


「...分かってはいるのだがな...ままならん物だ」


 あの方の気質は間違いなく平穏に暮らす事を望まれている。だが同時に父上を始めとした数多の配下達の無念を忘れる事も出来ずあの方を縛り付けている。


「まあここで俺達が気を揉んでも致し方あるまい。から命じられた使節団の監視任務もこなさねばならん以上暫くはには顔を出せそうにない。すまんな」


「それこそ致し方あるまい。こちらは我らが事を進めるから心配いらん。夜も更けてきたし今日はこれまでだ、また連絡する」


「ああ、またな...」


 ローブの男はその場に立ち上がるとそのまま薄くなって消えていく。暫く身じろぎもしないでいたゲオルクは一つため息をついて扉から出て行った。



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