第31話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 3
ガンディロスさんの工房から離れ、定宿にしている黒鉄の車輪亭に戻ると宿の前でアルフレートさんが植木の剪定をしていた。
「お帰りなさいませ。本日はお早いお帰りですな」
「只今戻りました。お仕事ご苦労様です。それにしても...立派な木ですねぇ」
黒鉄の車輪亭には入口に向かうエントランスに幾本かの植木があり、涼やかな木陰を作っている。
アルフレートさんは脚立に乗って大きめの剪定鋏を縦横無尽に駆使していた。やっているのは只の剪定なのにアルフレートさんがすると何故こんなに
「お恥ずかしい。忙しさにかまけてお見苦しい限りです。すぐにお部屋の鍵をご用意いたします」
脚立から降りて来ようとしたアルフレートさんだったが、まだ作業は途中の様だし手を止めるのも悪い。
「いえ一段落ついてからで結構ですよ。ここでお待ちしますので」
「いえ、お待たせする訳には参りません。それにこの枝を払うのに斧を取りにいかねばならない所でしたので...」
そう言って立派な枝を叩く、どうも隣の敷地に大幅に入り込んでいるようだ。アルフレートさんが脚立から降りて来た所で、
「そうですか。申し訳ありません...アルフレートさん、斧の代わりに
僕はガンディロスさん作の大型ブッシュナイフを腰から引き抜き、柄をアルフレートさんに向けて差し出した。アルフレートさんは無言で受け取ってしげしげと刀身を眺める。
「...とてつもない業物ですな。枝払いなどに使っても宜しいのですか?」
「そもそもそういう事の為に打って貰った物ですので...ご遠慮なく」
「...それでは少しお借りしましょう」
そう言った瞬間! アルフレートさんは膝を少し曲げ、まるでスキップするように軽く跳ねると3m近いであろう枝まで一気に跳躍した。
「?!」
更に逆手に持ったブッシュナイフが瞬間的に
「素晴らしい業物ですな。しかも確かに武器ではなく道具として意識されて造りこまれている様です。素晴らしい道具を手にして少しはしゃいでしまいました」
そう言ってナイフを返してくる。その瞬間直径30cm程もある枝が上から落ちてきた。
「...凄まじいですね、驚きました」
「これはお恥ずかしい。年寄りの冷や水ですな」
こちらは純粋に斧代わりとして貸したのだが...そんな次元の技術ではない。あの太さの枝は切れ味だけで切れる物ではない事位カナタにも分かる。本当に何者なんだろう?
「さあ、お部屋の鍵をご用意いたします」
「よろしくお願いします」
この時いつかアルフレートさんがどんな人生を送って来たのか聞いてみたいと思った。
――――――――――
アルフレートさんの意外な一面を見た後、部屋で新たな
「とりあえず“テンプオーダー”からだな。ミネルヴァ、現状の状態設定で今の
「主殿の保有魔力のみで維持する場合、立法体換算で一辺約64kmです」
「.....我ながら呆れるな。とりあえず一辺30mで形成してみてくれ。入口は縦2m、横1mで頼む」
「了解しました。空間形成を開始します。一辺30m設定完了、
「“テンプオーダー”」
発動した瞬間部屋の壁に黒い出入り口が現れた。
「このまま入っても大丈夫かい?」
「はい問題ありません。内部状態はこの部屋を基準に設定しております。魔力は集積で十分賄えますので主殿の保有魔力は使用しておりません」
「分かった。入ってみよう」
恐る恐る手を伸ばして黒い壁に触れる。これといった抵抗もなく黒い壁を通り抜けて内部に入る事が出来た。
「...殺風景だな。それに少し広すぎた」
立法体の内壁は灰色で天井に当たる部分がうっすら光って明るい。一つの部屋として捉えると広すぎたようだ。小さな体育館の様で落ち着かない。
「ミネルヴァ、僕が中にいても空間は弄れるのかい?」
「生命維持に問題がある設定以外なら可能です」
「よし、なら天井高5m、縦横を10mで設定してみてくれないか?」
「了解、内部サイズを改変いたします」
ミネルヴァがそう言った途端に内部サイズは小さくなり程々のサイズに収まった。
「とりあえずはこの位でいいかな。入口は内部に入っている間消す事は可能かい?」
「可能です。実行しますか?」
「試してみよう」
「了解、実行します」
途端に入口が消える。これで外部空間から完全に遮断された。
「内部に居る時は酸素の消費なんかの問題は?」
「基本的に設定を変更しない限り維持されます」
「宿の部屋の情報は分かるかい?」
「部屋の映像を一面に投影可能です。実行しますか?」
「頼む。向こうからは見えないのかい?」
「映像は基本的にエントランスを開けた空間が投影されます。外部空間からは視認出来ません。実行いたします」
そう言うと入って来た壁に宿の部屋の映像が投影された。
「よし、この空間をとりあえず拠点化しよう。椅子や机を用意しないとな」
「空間形成を応用して作成する事も出来ますが?」
「それも少し情緒がないしな、多少の出費は問題ない程度の資金もあるし買い揃えよう。後々この部屋を“次元連結”を捜索する部屋にするつもりだしな。それよりもそんなに色んな形の物を配置出来るのかい?」
「立体的な物に関しては大抵可能です。投影技術の応用で色彩設定も問題ありません」
「なら空間中央に直径1mの球体を出してみてくれないか」
「了解。形成します」
瞬時に球体が現れる。これならいけそうだ。
「よしミネルヴァ、ダウンロード情報にあるこの惑星の地図を球体に投影して現在地と“ディメンションキャスト”の情報を反映してみてくれ」
「了解致しました。投影致しましす」
同時に球体にマップが表示される。グー○ルマップの様なデザインの地球儀が出来上がり自分達の現在地がポイントされる。この辺のデザインはミネルヴァが元携帯電話だからなんだろう。
「見た所まだ“次元連結”の予測発生地点は表示されていないようだな。まあとりあえず問題ない様だし一旦外に出ようか、“エントランス”を頼む」
「了解致しました。この空間に接続するエントランスを待機設定致します。必要時には“エンター1”と指示して下さい。自動接続致します」
「分かった。“エンター1”」
指示すると同時に宿の部屋が投影された壁面に黒い出入り口が現れる。
「...しかしこの年で秘密基地を持ってワクワクするとは、まだまだ大人になりきれてない証拠か」
ミネルヴァは無言だ、気にしない事にして一旦外に出る事にしよう...
――――――――――
とりあえず宿の部屋に戻り、必要な物をミネルヴァと話し合う。
「まず椅子と机は必要だな。広めに設定したから作業台も置きたいが...これは空間形成で造ってもいいか。あっ大事な事を忘れてた。ミネルヴァ、作成した空間に別で造った空間を連結出来るのかい?出来ればドアで行き来したいんだが?」
「可能です。どういった部屋ですか?」
「トイレだよ。こちらの世界ではやはりトイレだけは馴染めなくてさ。出来れば快適な物を設置したい」
そう、キャンプが趣味だったおかげか、こちらのトイレでも何とか対応出来てはいたが、やはり快適な空間は欲しい所だ。
「了解です。個別空間を設定してドアで連結、洋式便器を空間形成で設置します。ウォシュレットは必要ですか?」
「そんな事も出来るのか? 是非頼む!」
「水魔法の応用で可能です。汚水は以前行った火山の地下にあるマグマ層に自動で転送して処理します」
「すごいな。宜しく頼むよ」
これからは快適なトイレ生活が送れそうで嬉しい。それからも他の生活に必要そうな物をミネルヴァと話し合っていると控えめなノックがしてアルフレートさんの声が聞こえた。
「おくつろぎの所を申し訳ありません。ビットナー伯爵様の使いの方がお越しです」
「...すぐ参りますので少々お待ち下さい」
はて、また厄介事だろうか?
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