第30話 出張ってヤツは…だいたい突然決まる物ですよね? 2

「ごめん下さい」


 ガンディロスさんの工房に到着して声を掛ける。奥からはリズミカルな鎚の音が響いている。集中しているのか返答はなかった。


「困ったな。一段落する迄少し店内で待たせて貰うか...」


 店内は余り広い訳ではないが、かなり雑多な品揃えで見てるだけで楽しい。以前来店した時はゆっくり見る雰囲気ではなかったのもあるが...


「...これは全部彼女の作品なんだろうか?」


 普通の剣や槍はともかく...明らかに魔物の頭蓋骨に金属で装飾や補強を加えた兜、爬虫類の鱗に穴をあけて編み上げた鎧などもある。どうもこちらの鍛冶師の仕事は金属加工に限らない物の様だ。そうこうしてる内に鎚の音がやんだ。


「ごめん下さい」


 改めて声を掛ける。奥からガンディロスが現れたのだが...その姿を見て思わず目を剥いた。


「ああ! コーサカさん。ちょうど良かった。倉庫の方に伺おうと思ってたんですよ」


 何でもない様に話し掛けて来たが、その右手には明らかに大き過ぎるスレッジハンマーが握られていた。控えめに見ても100kg以下では有り得ない。その証拠に彼女が店の隅にハンマーを置いた瞬間明らかに店内が揺れて凄まじい音がした。


「不躾ですが...ガンディロスさんは随分華奢に見えますがそのハンマーは何キロくらいあるのでしょうか?」


「 !! ああ! 驚かれますよね。これは私の固有魔法スキルで自身の装備に限り重量を無視して扱えるからなんです」


「...なる程。ガンディロスさんはとてつもなく怪力なのだと勘違いする所でした」


 ガンディロスが苦笑する。まあ女性に怪力はほめ言葉ではないだろうな。


「まあ身体強化の魔法も併用していますが...私の体格で鍛冶師が出来るのはこの力のおかげです。それよりもコレを見て下さい」


 そう言ってガンディロスがカウンターの奥から幾つかの包みと木箱を取り出した。


「コーサカさんからご注文頂いていた装備品です。資材を供給して頂いて真っ先に取り掛からせて頂きました!どうぞ確かめて下さい。細部の調整は少し使用して感触を確かめて頂いてからさせていただきます」


 そう言って渡された二振りのナイフのうち大きなブッシュナイフを抜き放つ。こちらの金属は良く分からないが全体的には黒灰色の刀身で刃の部分はチタンに近い銀灰色の刃紋が浮かぶ。不思議な造りをしている。


「初めて見る刃物ですね。試してみても?」


「勿論です」


 と言って指したのは厚さ1cm、長さ1m、幅5cm程の金属棒だ。どう考えても試し切りに向いている物には見えない。しかしガンディロスは自信があるようだ。ならば試して見るしかないだろう。


「行きます」


そう言ってナイフを金属に向かって振り抜く。金属棒は例えるのが難しい手応えを残して2つに別れた。ちなみにカナタは剣術など全く分からない素人だ。あくまでもブッシュナイフの使い方をしたに過ぎない。


「...どういった造りなのか全く想像出来ません。教えて頂けますか?」


「これらはある意味コーサカさんから提供された資材だから出来た金属なんです」


「どういった意味でしょうか?」


「この金属は高純度の鋼に神銅鉱オリハルコン魔白金ミスリル金剛鋼アダマンタイト等の魔法金属を合金化した鋼材を使用しています。今までこれらの金属は溶融して混ぜ合わせるとその比重と融解温度の違いから合金化は不可能と言われていました。しかしコーサカさんが超高純度のそれぞれの金属を微粒子の状態で提供してくださったおかげで可能性が生まれました」


 ガンディロスは段々と興奮しながら一気にまくし立てた。


「まず金属粉末の状態で必要な比率で良く混合します。混合の段階でもある程度不均衡は発生しますが溶融炉での状態よりは段違いに均等に出来ます。そこから融解温度直前まで型で圧力を掛けながら熱を入れると本来出来る筈のない金属塊インゴットが出来ます。このままでは金属密度に不安があるので後はひたすらハンマーで鍛造と圧延を繰り返して鍛え上げていきました」   


 驚いた...焼結金属を生成したのか...もしかしたら非晶質アモルファス金属(強靱性、耐食性、軟磁性が高く金属結晶のようなすべり面がないため、強度と粘りを両立することができる)の生成に成功したのかも知れない。


「刃先は硬質化を、刀身は粘り強さを求めて素材の配合を変えました。硬質な刃金をやや軟質で粘り強い刀身で挟み込み鍛えあげてあります」


 ...更に日本刀に通じる制作方法まで...今回僕は何も制作方法は指示していない。つまり全てガンディロスが自分で考えたのだ。


「あなたは天才です...」


 脱帽だ。今回はそれ程凝った物を求めていたのではなく徐々に面白い物が出来ればいいと思っていたのだがいきなり突き抜け過ぎだ。すでに伝説の武器になってしまっている。


「いえ、先ほども申し上げましたがコーサカさんの資材あってのことです。それにこの金属は今の所コーサカさんの装備以外には使用しません。自分で言うのもなんですが...こんなもの出回り出したら争いの元になるかもしれません」


 ガンディロスは以外と冷静だった。確かにおっしゃる通りだ。これの使用者については、剣術について能なしの僕位が丁度良いだろう。


「ありがとうございます。こちらの小さいナイフやカップ等もイメージ通りです。大切に使わせて頂きます。お代はいかほどでしょうか?」


「お代は頂けません。これは私から今回の事件解決に対する御礼だからです」


 キッパリと言い放つガンディロス見て何を言ってもムリなことを悟る。


「僕は伝手を使って資材を供給したに過ぎないのですが...有り難く頂戴します。でも困った事があったらまた相談して下さい」


「フフ、幾ら私でもコーサカさんが今回の事件解決の裏にいた事位想像がつきますよ。本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします」


 こうして想像もつかない内にとんでもない装備を手に入れてしまった。まあ猫に小判なのは否めないが...

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