幕間 母性ある合法ショタって最高では?

 ──昔のことはよく憶えていない。

 記憶にあるのは白い部屋と白衣を着た男たち。

 VHSビデオテープに録画されたヒーロー番組。

 男たちは窓の向こうでいつも話していたが、いつしか唇の動きを少しだけなら読めるようになっていた。


 ──あの少年はもう長くない。

 ──他の子供たちは新しい研究所に移した。


 幼少期は身体が重くて動けなかった。

 肥満だったとか、病弱だったとかじゃなかったと思う。

 ずっと寝たきりで、男たちが言うようにこのまま死ぬんだろうなって。


 悲しみはなかった。

 外の世界のこともよく知らなかったから。

 〝夢〟〝希望〟〝未来〟、ありふれた生きる理由すら思い当たらなかったから。


 そんなある日、扉は開いた。

 寝たきりの俺を誰かがおぶる。

 その小さな背中に揺れながら施設の外に出た、日はとても眩しくて景色は見えなかったけど──間違いなく、生まれた。

 

 鷹岩たかいわ マコトという人間が世界に存在を許されたような気がしたんだ。


「……ん」


 夢を見ていた。

 ぼんやりとしか憶えてもいない過去の夢。


「うむ。起きよった。可愛い寝顔じゃったぞ」


 えらく落ち着きのある声。

 緑色の寝巻姿を着た白い髪の少年──にしか見えない人物が俺に腕枕しながら横に眠っていた。


「……~~~師匠!」


「泣くでない泣くでない。わしとて愛弟子まなでしの祝言を見るまでは死なんさ。──それにしてもよう来てくれた。感謝するぞ」


 彼こそ俺に全てを教えてくれた師匠こと鷹岩たかいわ ショウ。

 年齢不明でゾンビウイルス蔓延前の世界では山に籠って生活していた為、天狗ではないかと噂されていた。

 彼の修行によって養った技術はその後スーツアクターとしての仕事に大いに役立った。


 傷を負って気絶していた師匠をずっと看病し、そのまま寝落ちしてしまったようだ。

 草木やビニールで仮テントを作ったが意外に風を防いでくれて不自由なく休めた。

 お互いの身体の熱で暖も取れたようだ。


 本当に良かった、顔色も治っている。

 もちろん傷はまだ塞がっていないから動くと痛むのか唇を噛む師匠。


「師匠が呼んでくれたら何処へだって駆けつけてやりますとも」


「それは頼もしのぅ。しかし呼ばずともいつでも顔を見に来い。世界がこんなありさまになっといて家族の無事を確かめん奴がどこにおる。寂しいじゃろ」


「すみません。師匠なら大丈夫だろ、と」


「この薄情者めが!」


 いてっ、デコピンされた。


「違うんだ。会いには行った! でも山奥の師匠の家、損壊していたもので……なんか台風直撃みたいな?」


「だったら余計探さんのか!? 心配になるじゃろ」


「いや師匠なら大丈夫だろ、と」


「なんじゃその根拠のない信頼は。……あれは十蔵じゅうぞう、親友の仕業じゃ。そういえばその──わしが持ってた緑色の防犯ブザーを知らんか?」


「ああ、あのうるさい奴。外の木に貼り付けてる」


「そうか。良い薬……とは思わんな。逆に喜んでるかもしれん」


 しゃべる防犯ブザー。

 師匠の治療中ずっといかがわしい展開を口走るもんだから。

 奴が言ってた『合法のじゃショタですぞ! 捕まらんタイプのショタですぞ!!』の意味が分からな過ぎた。

 そもそも恩師にいかがわしい事する弟子がどこにいる。


「それにしても少し見ない間に顔つきが変わりおって。ますます良い男じゃな。じっくり見せてくれ」


 師匠が俺の顔に両手を添える。

 鼻の先と先がすれるくらい、目をじっと眺める。

 ビー玉のような綺麗な緑色。

 しばらくして満足したのかほっぺを軽く叩かれた。


「無事でなにより。安心じゃ。ぬしが生きておるだけでわしは胸を張ってられる。命を無駄にしたらただじゃおかんぞ──今、目をそらしおったな? おい、なにをしでかした。全部吐け」


「いやぁ、なんのことだか」


「ほほう。白を切るか。良かろう! 長期戦じゃな。飯でも食って今までのことを洗いざらい話してもらおうか。そうと決まれば材料集め。昆虫食狩りじゃぁ!!」


「怪我人が動くなって! 安静ッ!!」


 多分この人、俺より回復力あるかもしれない。

 しかも昆虫を探している姿はまさしく夏休みの少年そのものである。

 食用なんだよなぁ。

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