3.出発!ふたりだけのゾンビ世界
自室で就寝したように見せて、こっそり抜け出す。
隣の部屋のアナンはドローン操作で他の事に手が付いていないっぽいし、この温泉宿内の監視カメラは全て外されて野外に設置している。
床が鳴りそうになるからゆっくりと泥棒のような足取りで進んでいく。
片手にはチェンソーを持っているから猟奇的な強盗か。
温泉宿の裏手には数台の車は止められるスペースの車庫があって、そこへと向かった。
入り口近くの電気スイッチを押すとやや暗い灯りが付く。
「なにこれ。……〝防犯ブザー〟? またアナン、変な物作ってる」
作業台に置かれていた防犯ブザー。
色は赤色で、中心の丸い部品にクモのマークが付いている。
「こんなものあってもこの世界じゃ使わない。鳴らしたらゾンビたちが集まって来ちゃうじゃん──……でもまあ、せっかく作ってくれたわけだし」
一応、なにがあるか分からないからもらっておく。
短パンの後ろポケットに入れる。
「いひゃ!? く、くすぐったい──ちょ、やめ。ふひゃ」
その瞬間、防犯ブザーが震えた。
スマホのバイブレーションみたく、といってもその数倍の振動で。
あの
急いでポッケから取り出して、車庫に置かれていた赤いバイク(アナンが『カ●ダバイク』と呼んだアレ)の収納ボックスに投げ入れる。
今の声で気付かれてはいないだろうか。
大丈夫、口を抑えて出来るだけ声が大きくならないように我慢した。
「……防犯ブザーの役割は果たすんだろうか」
バイブレーション機能だけじゃないよね?
だったら置いて行きたいが、試してちゃんと鳴ったら忍び出ようとしていたことがバレる。
仕方ないから収納ボックスに入れておこう。
それから赤いバイクにまたがる、歳の割には背が大きいと自負しているけど足はもちろん浮く。
操縦レバーの上に小型のタッチパネルが付いている。
タッチするとバイクの設定画面が出てきた。
とりあえず遠隔操作モード解除、通信・位置情報共有拒絶。
……したは良いけど足が届かないのだからもちろん操縦は出来ない。
【自動操縦モード:位置情報を入力することで自動操縦出来ます。ただし障害物を避ける機能は今のところ実装されていません。】
「アナンって実は天才だったりする?」
短期間で作ったバイクにしては色々と機能があり過ぎる。
あの
後はこのバイクを起動させるだけなんだけど……。
「抜け駆けとは見過ごせませんね。
「うぎゃあ!? いちいち急に現れないと気が済まないのかお前は!!」
ここで登場、
じっととした目をこちらに向けている。
正直、アナンよりバレたくなかったのがこいつだ。
「でも行ってどうするんですか?」
「どう、って。もちろんマコトの手助けを。血相変えて走り出すような事態だ、大変な事に巻き込まれているのは間違いない。だから僕も──」
「行ってなにが出来るって言うんですか。足手まといになるのは見えています」
「分かってるさ! なにも出来ないことくらい。僕が倒さなくちゃいけなかった
覚悟は決まっている、レンを睨むと呆れたとばかりにため息をつかれた。
それからレンは身軽に飛んで僕の後ろ、後部座席に座った。
「ひとりで行くつもりでしたが、気が変わりました。ライバルに無駄死にされて、まーちゃんと結婚出来ても嬉しくないので」
「お前だって偉そうにしてるけど足手まといになるなよ」
「はーん? ボクにはとっておきの力があるんで大丈夫です。
その自信はどこからくるのか。
自分の容姿にも揺らがない自信があるような奴だ、根拠のないものなのだろう。
「このバイク、鍵が付いてませんけど。どうやって起動させるんですか?」
「そ、それは……」
【起動準備完了。起動条件:カケルからマコトへの愛のお言葉。出来るだけえっちにメス(♂)っぽく愛を込めて発音して下さい。】
「なんですかこれ」
「ああ、まったく。あの
しかも指定セリフは毎回変わるという鬼畜使用。
「レン。頼むから耳を塞いでて」
「ご
【カケルの次のセリフは『マコトお兄ちゃん。今日からお兄ちゃんだけの専属メイドになったカケルだにゃん。して欲しい事はなんでもしてあげるよ。掃除・洗濯・お料理。……え? 『なんでも』って言ったよなって。もう、お兄ちゃんのえっち(ハートマークを感じるくらい甘い声で)』という!】
言えるわけないだろ、こんなクソ文章──────!!
怒りにまかせてタッチパネルを叩き割ろうとしてしまった。
というかレンが右手を掴まなければやっていた。
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