幕間 それでも救いはあった

 私は他人とは違った。

 普通の性癖フェチではない。

 この願望は叶えるわけにもいかないし、口に出すものでもない。


 唯一、共有した人物がいる。

 子供の頃から続けていた弓道をやめ、メイクの勉強の為に遅れながら専門職大学に通うようになった。

 そこで鈴村すずむら 鯖徒さばとに出会う。


 美形を鼻にかけて好き勝手しているクソ野郎ではあったけど、私の中にあるものと同じ怪物を飼っていた。

 どうしようもない変態ヘンタイ同士、友人になるまでに時間はさほどかからなかった。


 鯖徒さばとは漫画絵が上手く、私が原作でショタコン同人誌を描いたりもした。

 サークル名は〝最後の昼食〟。

 それなりに人気はあったと思う。


 大学を卒業し、『再会は刑務所の中かもネ』なんて笑えない冗談を飛ばした。

 お互い、こまめに連絡を取るようなタイプでは無いから、それくらいしか再会の方法は分からない。


 でもまあ、人様に迷惑かけないくらいにヨロシクやっていなさいヨ。


 ──私はメイクアップアーティストになった。

 ヒーロー番組の撮影スタジオ。

 色んなショタが見れるし、飲み友達も出来た。

 人生を謳歌している。

 

 そんなある日、あの小悪魔は私の日常を壊す為やって来た。

 姉夫婦が交通事故によって亡くなった、その息子──甥を引き取って欲しいと言うのだ。


「うわ、こんな筋肉ゴリラがママの弟なんてまじですか」


 とてつもなく憎たらしいクソガキだった。

 それにしても甥? ……なのよね。

 こいつはショタではなく、偽ロリである。

 しかも全身青コーデの。


 その自分の容姿にどこまでも自信があるようなにやり顔は大学時代の悪友によく似ていた。


 浅倉あさくら レンタロウ。

 苗字は父方の物だ。

 無理に変えるつもりはない。


「なんでそんなカッコしてるのヨ」


「可愛いから」


「そっちこそ本当にあの姉の子供かしラ。あれは下着姿で家を徘徊するようなガサツ女だったわ。可愛いとか気にしたこともない」


「さあ? ボクはボクです。可愛いのは遺伝とかではなくボクだけの特権なんでしょう」


 なんで私がこんな腹立つ女装ショタの面倒を見なくちゃいけないんだろうか。


 料理の味にはうるさいし、仕事中でもお構いなしで鬼電してくる。

 服のセンスも悪いからブティックに行けばいつでも口喧嘩。

 そのくせ元は良いからなんでも似合う。

 腹立つ、可愛いこの小悪魔が心底腹立つ。


 腹いせに寝ている間にハチャメチャなメイクをしてやったことがある。


 そしたらレンの奴、寝起きに鏡を見て大爆笑。

 腹を抱えてけらけらと笑い出した。


 『次はこっちの番』なんて言い出して私の顔に落書きを始めた。

 これから仕事だっていうのに……。


 ショタが横で眠っていたら、自分を制御出来ないとずっと思っていた。

 でもレンの寝顔を見ていたら、ちゃんと母性があるのだと安心出来た。


 初めて私は自分が生きていて良い理由を見付けたような気がする。



「そのまま、死ぬつもりか?」



 雷のように胸に響く声を聞いた。

 そうか、私は走馬灯を見ていたのだ。

 今の私は岩に頭を打ち付けて、薄れゆく意識の中で空を見上げている。


 ゾンビウイルスによって日本は壊滅した。

 レンと拠点を探している最中に蛇のような化物に襲われ、私だけ投げ飛ばされ今に至る。


 ……レンは、ちゃんと逃げられただろうか。


「なるほど。ひっかき傷もなしか。これではゾンビ化もしないのも納得だ」


 身体は動かせない。

 どうにかして視線だけでも声の主の方を向く。


 白い雄牛の化物。

 その隣にはクールそうな全身黒のショタ。


「贈り物を渡したいところだが、その身体では耐えられまい。黒野くろのクン。お願いできるかね?」


「ふん。オレはお前の部下じゃない。〝スーツアクターさん〟を見付けるまでお互いに利用し合うだけの関係だ」


「ああ、互いの究極の愛エウロペの為だとも」


 黒いショタが前に出る。

 最後の景色にしてはこれはなかなか。

 こんな闇落ち系の美ショタを拝みながらあの世に行けるなら本望。

 はーん、黒髪紫目ぱなっ。


 取り出したのは黒い──

 ショタが紐を引くと防犯ブザーは漆黒しっこくの槍へと形を変えた。

 えっちな衣装チェンジのオプション付き。


「はにゃん!?」


 槍を胸に刺された。

 私、瀕死ひんしなのに。


時は逆流するクロノス・アワーグラス


「あ、あんっ」


「変な声を出すな変態ヘンタイめ」


「ドSショタは性癖範囲外だけど良いわネ!」


 さっきまで瀕死で動けなかった身体がとてつもなく軽い。

 頭を触れれば出血は止まっているし、打ち付けた岩にも血は付いていない。


 あれ? この黒ショタどこかで……。


「ありが──っ」


 感謝の途中、白い雄牛の化物に首元を裂かれた。


「──へ?」


「ほう、蝙蝠コウモリか。誕生日おめでとうHappy Birthday。これは引きが良い。まさにリーチだ」




 こうして私は、歪曲者パバードになった。

 すぐにでもレンに会ってまた家族に戻りたかったけど、こんな醜い姿見せるわけにはいかない。


 どうか、親切な人と出会って、幸せになってくれと願うばかりである。

 洞窟で腐っていく運命だった私の前にもう一度、現れたレン。


 一緒にいるのは、私が知る限り最も信用出来る男だった。

 怪人は倒される運命だけど、それだけで救いはあったのヨ。

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