15.可愛いと美しいは共存できない

 突如として現れた美女は金色の長髪をふわっと持ち上げる。

 ラベンダーの香りがした。

 胸周りは色っぽい事に変わりないのだけど……。


 ──遅れて気が付く、〝〟である。

 美青年、病み娘から教えてもらった知識で表現するのなら『メスお兄さん』なのだろう。(意味は未だによく分かってはいないけど)


「私も自己紹介しておこうかしら。鈴村すずむら 鯖徒さばと。見てお分かりの通り、鏡に聞くまでもない世界一の美人よ」


「ほんと、自覚している奴は駄目だ。どうして私の周りはそんなのばかりなのか」


 力尽きて地面に伏していた蝙蝠コウモリ歪曲者パバードはよろよろしがら立ち上がる。


「それで、答えを聞かせてくれる? 私の可愛い仔羊ショタ


 メスお兄さんは30メートル程先を見据える。

 視線の先はレン。

 弓矢を構え、いつでも撃てるようにしている。


────────────お前と一緒に行くわけないじゃないですか


 レンの口が動いた。


「ちょっと大声で話すかこっちに来なさいよ! なにを言っているのか聞こえないじゃない」


「俺は聞こえるが?」


「私も」


「聴力化物じゃない! 男ババァコウモリはまだ分かるとして、なんでアンタまで聞こえんのよ!?」


 どうやら聞こえないのはメスお兄さんだけである。

 確かに全身を覆っている戦闘服ヒーロースーツで聞こえづらくはなっているが、意識を集中させればそう難しいことではない。


「わかった、じゃあアンタ等が通訳しなさい」


「聞こえるが、あっちに声を届かせるのはどうするんだ?」


「それは私がしよう、声の波を変えれば届くであろう」


「なんで会話するだけでこんな面倒なことしなくちゃいけないのよ」


「君が危険人物なのが悪い」


 俺がレンの声を聞き、メスお兄さんに伝える。

 そして蝙蝠コウモリ歪曲者パバードがメスお兄さんの言葉をレンに届ける。


「まずは利点を言うと。私みたいな美の結晶といればいつでも目の保養になるじゃない?」


──却下です


「それに色んなテクニックを持っているわ。一生凌辱されても飽きさせないくらい、自分でも知らない声を出させてあげる」


────────ボクが〝受け〟だと思っている自体──────解釈違いなんですけど


「もうっ、わがままな娘。分かったわ。週に一度くらいなら交代リバしてあげる」


────そもそもな話────────お前の隣じゃボクは輝けない──それに


 レンの目に籠る殺意。

 弓をこれ以上ないくらいにしならせ、引く。


──────────阿婆擦れに抱かれる趣味はない──お前は────────────地獄で悪魔に向かって腰を振っているのがお似合いですよ


 ちょっと、レンちゃん?

 言葉が過激すぎるって。


 放たれた矢、メスお兄さん──ヘビ歪曲者パバード【人間態】に向かって飛ぶ。

 しかし、頬をかすっただけだった。

 血が輪郭をそって流れていく。


「私の、美しい顔に、傷を」


 まずい、これはまずい。

 すぐさま俺は走り出す。

 殴っても止めなくてはいけない。

 でなければこいつはレンの命を奪う。


 ショタコンとか以前に自分の顔を傷付けた者を許さない。


「邪魔よッ!!」


 瞳が光る。

 ──油断した。

 【人間態】でも〝石化の目〟を使えるのかよ。


 俺の両足が徐々に石へと変わっていく。

 その石化は腰で止まったがもう、動けそうにない。

 動くのは胴、左腕、顔首のみ。


「約束したじゃないか! レンの答えを聞いたら文句ひとつ言わず帰ると」


「ほんっと、おバカね。『』に誓ったのよ。そんなものあるわけないでしょう」


「良心のない人間なんているもんか!」


「私たち歪曲者パバードはもう人間なんて下等な生き物じゃないのよ。それに、良心のない人間なんてわんさかいるわ」


 相手は俺を置いて全速力で走り出す。

 【人間態】から【怪人態】へ再び変わり、レンに向かって。


 ──俺が怪人の良心を信じたせいで、レンが死ぬ。

 ──俺の安っぽい正義感が、レンを殺す。


 そんなのは許されない。

 守ると誓ったのなら、死ぬ気で守れ。


「動けよ俺の脚! レンが危険なんだぞ!? こんな大事な時に動けなくてどうするんだ!!」


 しかし、びくともしない。


 どうにかしてレンだけでも逃げてくれ。

 しかし、当の本人はヘビ歪曲者パバードを睨みつけて動きそうにない。

 相当の恨みがあるのだろう。

 逃げるという選択肢はない。


「……やめろ」


 奴等は、歪曲者パバードはショタコン(悪)のみが至るゾンビの上位種。

 信用に値しない悪だった。

 それでも信じようとした俺への罰か。



鷹岩たかいわ マコト!! なんだその面は。貴様が大好きな正義の味方は絶体絶命の場面でも笑って乗り切るんじゃないのか!?」



 叱咤を受けた。

 蝙蝠コウモリ歪曲者パバードがレンの前に立ち、ヘビ歪曲者パバードに立ち向かっていた。

 透明化はしていない、してしまったらヘビ歪曲者パバードがレンを直視出来てしまうから。


 胸が熱くなった。

 昔憧れた存在と蝙蝠コウモリ歪曲者パバードが重なる。

 石化させられた程度で、なに弱気になっているんだ。


 石が割れる音がした。


ってぇぇぇえええ!!」


 砕けても構わない。

 石の両足で走り出す。

 ここでレンを守れず砕ける脚なら、そんなのはいらない。


「なんで石化した足で走れんのよ!? 化物はアンタじゃない」


「マ、マコトさん!?」


「──それでこそ」


 もう痛みで倒れてしまいそうだが、なんとかしてレンの元に駆け寄り左腕に抱きかかえる。


「ありがとう。心が折れかけていたけど君のおかげで──」


 蝙蝠コウモリ歪曲者パバードに視線をやる、必死過ぎて気が付かなかったが身体のほとんどが石化している。


「約束を憶えているか?」


「……ああ、忘れるはずもない」


「籍入れてもらうワ」


「そっちは約束出来ないよ。本人が決めることだ」


 蝙蝠コウモリ歪曲者パバードはへの字の口で微笑む。

 そうして最後に残った顔すら石に変わる。


 ──悲しむ暇もなく蛇の尻尾によってその誇り高い石像は砕かれた。

 

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