13.きっとその怪人の名前を、俺は知っている

 駄菓子の隠れ食い。

 もう見付かったから仕方ないと、洞窟の奥ではなく明るい入り口付近に全員で移動する。

 レンは駄菓子を夢中で口に頬張っていた。


 仔羊のラム肉を干す下準備を終えた俺はヘビ歪曲者パバードを警戒するために外に出る。

 巨大な鏡に腰掛けた。


「こっちに来ていいのか? あのままじゃ、君のお菓子コレクションは全部なくなっちゃうだろうね」


 相手の能力によって姿は見えない。

 けど集中してしまえばどこら辺にいるかは察しがつく。


「そうだろうな。せっかく私が集めたというのにアイツは……。だが収集家コレクターというわけではない。単に、自分の欲望を抑えるための気晴らしに過ぎん」


「やっぱり、血は吸うんだろ?」


 聞かなくても答えは知っている。

 昨日崖下で変わり果てたイノシシアークを目撃しているから。


「ああ、この身体になって日は浅いが人間が食事を必要とするペースで飢えがやってくる。今まで獣の血で我慢出来ているのだが」


「なんだ、やっぱり〝吸血鬼〟じゃないか」


「伝承の物とはかけ離れて……否定は出来んな。私の知る吸血鬼はイケメンばかりだったのだがな」


「残念だな。でも怪人としてのデザインは悪くない」


「他人事だと思って好き勝手。──一度、無意識に山を下りてショタを殺しかけた事があった。ショタの首には私の牙の痕。そこからしたたる血が首筋を通って胸へと向かっていった。そしてなにが起きているのか分からないと言いたげな絶望の顔。正直、興奮した。えっちだと思った。だがそれと同時に見たのはショタの瞳に映った醜い私だった。本当に〝〟。悪なのだと思い知らされた」


 声に怒りが乗っている。

 自分への怒りが。


「それでも自制したじゃないか。諦めず駄菓子をむさぼって欲望と戦ってる。どれだけ苦しいものかは俺には想像出来ない。でもすごいことだと思う。人は誰だって汚い感情を持っている、大体が知らないふりをするけど。向き合って戦える人はカッコいいよ」


「貴様……私が惚れてしまっても構わんのか?」


「君はショタコンだろ」


 俺がさらっと答えると透明化している歪曲者パバードは愉快そうに笑った。


「確かにな。──やっぱり主人公がお似合いね。鷹岩たかいわ マコト」


「スーツアクターが天職だから、主演は誰かに譲るよ」


「いいや、私が決めた。総じて悪役って奴等は主人公に何かを残していくもの。憎しみだったり、罪悪感だったり。教訓etc.エトセトラ──私はもっとも重い荷を背負わせることになる。でもね、大丈夫。だんだんその重さが愛おしくなるから」


「だったら君は──」


 蝙蝠コウモリ歪曲者パバードから出るのは諦めの言葉。

 変わり果てた自分では守れない何かを俺に託そうとしている。

 そんなのはダメだ。

 戦い続けている彼に対して、あまりにも救いがない。


 説得する言葉を持ってはいないが、感情に任せて口を開く。

 君はその荷を背負い続ける資格のある人物だと。



「男ババア!! やっぱりテメェがかくまってやがったのね!!!!」



 鏡の墓場で響いた、怒号。

 何枚か、その声の揺れで鏡が割れた音がした。

 あの崖を、滝登りでもしてきたのか川から飛び出す。


 声の主は言うまでもない、ヘビ歪曲者パバード

 睨んだ相手を石化させてしまう能力の持ち主。

 犠牲になった俺の右腕が石化したままという事は永続的か、奴を倒さないと治らない。


「来たな。性格ドブス」


「ドブスはアンタでしょ。その超常的能力だって、醜すぎる見た目を隠す為じゃない。神様だってアンタの顔を見たくないのよ」


「いや、違うな。これは貴様を殺すために得た能力だ。見えなければその石化の瞳も使えないであろう」


「なにその口調? ……そうは言うけど、アンタだってじゃない。蛇にはね【第三の目】があるの。ピット器官って知ってるかしら。ワタシはね、熱感知で相手の位置が分かるのよ」


 透明化して石化の瞳の効果を受けない蝙蝠コウモリ歪曲者パバード

 【第三の目】によって透明化していても熱によって位置を把握出来るヘビ歪曲者パバード


 どちらも相性は最悪か。


「だけど、君には俺がいる。勝とう! 絶対に」


「石像にだけはなるんじゃないぞ」


 俺は残っている左の拳を強く握った。

 人生初のリアル怪人との共闘である。

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