7.水浴び!たとえ見えずとも
「──滝の音!」
静かにおんぶされていたレンが突然と声をあげる。
確かに水が流れる音がしている。
「水浴びしたいです! 全然身体洗えなくって気持ち悪かったんですよ」
すんすん。
「別に臭くないけどな」
「嗅がないでもらっても良いですか。
「でも俺、この
「キモイんですけどー……。誰が一緒に水浴びして欲しいって頼みましたか? ボクひとりで汗を流すんで、後ろ向いて周りを警戒していてくださいよ」
思春期なのだろう。
他人に裸を見られるのが恥ずかしい時代が俺にもありました。
──
木々を抜け、川に辿り着く。
一瞬、ここが日本ってことを忘れそうになった。
まるでファンタジー世界の妖精の湖。
水はなにひとつ不純な物が含まれていないかと思える程に澄んでいる。
お坊さんが修行するような滝、水飛沫は虹を作る。
緑と滝と岩。
思わずふたりで「ほぅ」とため息をついた。
「それほど深くもないし、水の流れもゆるやかだな。ここなら水浴び出来そうだな」
「じゃあ、さっそく」
足の痛みが引いたのか、ぴょいと俺の背中から離れる。
それからもう用済みだ、と言わんばかりに手を振られた。
「ピラニアには気をつけろよ」
「そんなのいるわけないじゃないですか! ここ日本ですよ」
「動物園からいろいろ脱走して今じゃ、ライオンとかも普通に見かけるけどな」
「……いませんよね、ピラニア?」
「なにかあったらすぐ呼びな」
「呼べよって、離れないでくださいね。出来るだけ近くで、後ろ向いて目をつむる。ボクが助けを求めたら瞬時に助けて下さい。でもハダカを見たら矢千本の刑です」
注文の多いこと。
言われた通り、後ろを向いてお山座りで目をつむる。
視覚を封じたおかげか、不可抗力か他の感覚が優れる。
特に聴力、潜水艦のソナーみたく音の振動で状況把握が出来る。
これは師匠から伝授してもらった技術のひとつであるが、いま発揮されてしまうとまるでレンの水浴びを覗いているみたいじゃないか。
服を脱ぐ音。
まずはリボンは解き、上着、シャツ、レースのロング手袋を脱ぐ。
スカートのチャックを下げ、地面に落ちないように足を外に曲げる。
それからストッキングを……いや、ガーターベルトをしているのか留め具を外してから脱いでいく。
肌と布がこすれる音。
そんな小さな音が滝の音をかき消す。
「なんかやらしい視線を感じるんですけど!? もしかして見えてます?」
「後ろを向いて目をつむっているのに見えるわけがないじゃない」
すまない、無意識なんだ。
師匠が『視界を失っても戦えずしてなにが戦士だ』なんて言っていたものだから。
決してこんな使われ方をされるためにあみ出した技術ではない。
最後に下着だが、ブリーフやトランクスタイプでは無さそうだ……もっとレース系なひらひらの──この変でやめておこう。
ようやく脱衣が終わったようで、水に浸かる。
脱いだ服はしっかり畳まれているようだ。
「ちべたっ」
「ツインテは解かないんだな」
「や、やっぱり見えてます!?」
頑張って肩まで浸かったのに立ち上がる。
なにかが揺れた。
じっと俺を睨みつけ、やはり見ていないと確かめると再び水に潜った。
泳いでいる。
なかなか筋が良い。
「今は野外で水浴びばかりだろうが、この件が終わったら温泉に入れるから楽しみにしておきたまえ」
「温泉! ──……いえ、蛇の怪人に復讐が出来たらマコトさんとはさよならです。ボクはひとりで生きて行きます。ひとりの方が楽でいい」
頭上、注意。
「レン!!」
「大声出したってボクの決意は揺らぎません。大切な人を作って失う経験はもう ──へ?」
全速力、水の上を走った感覚があったが気のせいだろう。
水の深さはおへそあたり。
レンの前に立つ。
左手を空に向ける。
影──次第に大きくなっていく。
それは滝に放り出された獣の死体。
3メートルはあろう巨大なイノシシ。
「ふぎゃあ!!」
片手で受け止める。
流石に変な声が出てしまう。
あまりに衝撃が強かったのか、一瞬周りの水が割れる。
重力に押されたが、レンの頭上ギリギリで抑えた。
「ケガはないか?」
「はい。ありがとう、ございます」
「こいつは俺の因縁の……〝
「巨大なイノシシを片手で。……貴方、本当に人間なんですか?」
昨日、俺を突き飛ばした時よりも明らかに痩せて、というよりもしぼんでいる。
まるで体中の血液を全て抜かれてしまったかのような。
──首元には鋭い牙で噛みつかれた跡があった。
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