幕間 正義の人は可愛くあれ

 ゾンビウイルスが日本を終わらせる前、よく飲みに連れて行ってくれた仕事仲間がいた。

 と言っても同じスーツアクターというわけではなく、メイクアップアーティスト。


 メディアにも出たことないし戦闘服ヒーロースーツで顔を隠している俺にとっては関りのない人たちだったが、ひとりの例外がいた。

 フルネームは覚えていないのだが、皆と同じように〝ヤマさん〟と呼んでいた。


「ちょっと聞いてよマコっちゃん! あの主演のイケメンの皮を被ったクソガキ、『カマのメイクされるのは嫌だから女に変えろ』なんて言ってきやがったのヨ。信じられる!? 血ぃ吸うたろか!」


「良くないね、それは」


 彼、いや、彼女はだった。

 話し方はなめらか、無邪気な瞳。

 しかし見た目は髭を生やしたゴリゴリマッチョのガテン系。

 身体が大きすぎてヤクザも後退る。


「いくらイケメンでも性格があれじゃ可愛くないワ。誰が言い始めたか知らないけど『かわいいは正義』なんでしょ。だったら正義の人は可愛くなくっちゃ。あれはダメヨ」


「可愛い? 正義の人はかっこいいだろ」


「ふふん。その点、マコっちゃんは合格ヨ。純粋で人の事を心から思いやれる。私みたいなゲテモノに付き合ってお酒を飲んでくれるもの」


「それはヤマさんが好きだから──もちろん友達として」


 向けられる視線が狩人のように変わったから、身を守る為に付け加える。


 俺はヤマさん以上に優しく、傷付きやすい人を知らない。

 あだ名とはいえ、名前を憶えられるのは俺にとっては珍しい事なのである。


「まったく、人たらしな子よホント。気を付けなさい。アンタ、裏では『マジ恋製造機』って呼ばれてるんだからネ」


 なんだその呼び名。

 ──……思い当たる節がない。


「もーん。なんでマコっちゃんが主演じゃないのよ。顔よし性格よし運動神経よしじゃなイ。もっと前に出なさいナ。なに、恥ずかしいの?」


「俺はアクションしてるヒーローが好きだから。スーツアクターが天職だよ」


「……まあ、本当のヒーローは顔を隠すものだしネ」


「なにそのオチ。カッコいい」


「うるさいわネ。酔った時くらい洒落しゃれた事言わせなさいヨ」


 ヤマさんは照れくさそうに笑った。

 俺はビールに枝豆、ヤマさんはワインにイカの塩辛。

 居酒屋のどんちゃん騒ぎをBGMに談笑する。


 次の日に仕事がない日は深夜まで飲むのだが最近は違った。

 飲み始めてそれほど経たない18時、ヤマさんのスマホが鳴る。


「もしもし、なにヨ。腹が減っただぁ。『チャーハン作ったからチンして食べて』って冷蔵庫に書置き残しておいたじゃなイ。はー!? パスタの気分ってなによ。お姫様のつもりかしラ。──誰がみにく継母ままははヨ。あー、分かった分かった。今から帰るワ。一緒に外食しまショ」


 怒りのこもった指さばきで電話を切る。

 それからため息。

 しかしその表情は少し嬉しそうだ。


「子供いたっけ?」


「そもそも独身ヨ。姉夫婦が事故でネ。だから私が甥っ子を引き取ることになったノ。……こいつがもう生意気で。まあ、可愛いから許しちゃうんだけド。やっぱり可愛いのは得ヨ。羨ましイ」


「わがまま言うってことは信用されてる証拠だよ。見てみたい、写真ないの?」


「嫌ヨ。マコっちゃんメロメロになっちゃうワ」


「はは、相当可愛がってるんだな。名前くらい教えてくれても良くないか」


「まあ、名前なら。でもあの娘、自分の名前、嫌いみたいなのよネ。可愛くないって」


「血筋かね」


「私は好き。〝浅倉あさくら レンタロウ〟ヨ」


 アサクラ レン タロウ。


「なんだその縁起の良い名前は!?」


 ビールのジョッキを勢いよく机に叩き置き立ち上がる。


「び、びっくりした。いや、家族の私が言うのもなんだけど古臭くない? 平成初期っていうか」


「その子は絶対良い子に育つ。『タロウ』なんて正義の味方の象徴じゃないか」


 ヤマさんはきょとんとしたが、「なによそれ」と嬉しそうに微笑む。

 それからワインとイカの塩辛を口に放り込み、荷物を取る。

 財布から3000円取り出して机に置いた。


「その未来の正義の味方様がお待ちだから私は帰るわネ。バイバイ」


「うん。外食楽しんで」


 筋肉質の後姿を見せながら手を振った。


「私になにかあったらレンタロウを頼むワ。マコっちゃんになら託せるから」


「縁起の悪い。ヤマさんは丈夫だから心配ないよ」


「約束よ。ちゃんと籍入れてもらうワ」


「入れないよ!?」






 ──山奥、蛇の怪人から逃げながら、そんな昔の事を思い出している。

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