5.石化!蛇の怪人

 まるでギリシア神話のラミアのように下半身は蛇の尻尾。

 ヒーロー番組の怪人ならばほとんどワイヤーアクションやCGの連続で制作陣には嫌われそうな見た目をしている。

 今みたいに木に巻き付いている絵を撮りたければ、6人以上のスタッフが汗水たらして演出しないといけないだろう。


 右腕は3匹の蛇。

 別々の脳を持っているかのようにうねる。


 左腕には蛇使いが扱うようなラッパが付いている。


 ヘビの怪人──いや、正しくは歪曲者パバード〝タイプ蛇〟。


 毎度のことながら邪悪なショタコンゾンビに向ける言葉ではないのだが、デザインだけならとてつもなく好みなのである。


 歪曲者パバードは俺の隣にいるお嬢ちゃんに熱い視線を向ける。

 探していた食材をやっと見付けたように、じゅるりとよだれが垂れる音がした。


 俺はお嬢ちゃんの前に立つ。


「誰、アンタ。変なカッコね」


「どうも。黒鉄くろがねオックスマン(中)なかのひとだ。よろしく頼む」


「なに気前よく名乗ってるんですか!?」


「オックスマン? ……聞いたことあるような、ないような。まあ、とりあえず。アンタはお姫様を守る騎士ってところね。ならワタシの役どころはなに。そうね、お姫様をさらう魔王かしら。うふ、良いわね。ワタシ、ヒーローよりもヴィランの方が好きなのよ」


「それはなんとなく俺も分かる!」


「……貴方はこの状況がどれだけ危険か分かって下さい」


「良いわよね。ヴィラン! ワタシ思うのよ。ヴィランにこそ共感出来る要素が詰まってる。彼等彼女等は私達人間そのもの。弱いからこそ他人を傷付ける。好き勝手生きられたらどんなに幸せか追い求める。滑稽で惨めで可愛らしいでしょ? それに比べてヒーローは色がない。汚い色は白に塗りつぶす永久機関。面白味も芸もない」


「なるほど。君とは議論が白熱しそうだ。よし、話そう! 一番好きなヒーロータイトルはなんだ?」


 手を広げて戦う意思のない事をアピールする。

 悪役にここまで愛がある人物、楽しい会話が出来るかもしれない。


「するわけないでしょ。おバカさん」


「──っ!?」


 敵意のないノーガードの状態で攻撃を正面から喰らう。

 右腕の蛇達がまるで鞭のように襲って来た。


 宙を舞う。

 少し吐血したかもしれない。


「マ、マコトさん!!」


 あ、初めて名前呼んでくれた。


「邪魔者はいなくなったわ。さっそくワタシ達の愛の巣に向かいましょ。死ぬのが怖くなるくらい愛してあげる」


 蛇の下半身をうねらせながらお嬢ちゃんに近づく歪曲者パバード

 お嬢ちゃんは逃げようとはせず、殺意のこもった眼差しを向けて弓を引く。


「お前はヤマちゃんの仇です。欲望の玩具にされるくらいならここで死んでやりますよ」


「生意気な娘。流石はあの男ババアの家族ね。調教してワタシが欲しいって鳴かせてやりたい。もう諦めなさいな、アンタはなにも出来ない。その棒切れはワタシに届かないし、助けも来ない。世界ってね、悪い奴だけが楽しめる仕組みになってるの」


「もしそうだとしても、俺が正す」


 歪曲者パバードはさっきまで地面に倒れていた男が真横にいることが理解出来ず呆けた。

 その思考が整うのを待たず、俺は溝内に右ストレートを叩き込む。


「うぎゃぁ!?」


 吹き飛びはしなかったが、その場でもがきだす。


「な、なんなのアンタ。なんで死んでないのよ? なんでただの人間の殴りにワタシがこんなに痛がらなきゃならないのよ!?」


 うずくまった歪曲者パバードの顔がちょうど目の前にあるから、拳を再び構える。

 とどめを刺そうとするが歪曲者パバードの睨み。

 死を覚悟して、恨みを込めた眼差し──とは違う、また別の。


 危険に思い、その視線から逃げる。

 しかし振り上げていた右腕だけは逃げられなかったようで、違和感を覚えた。


歪曲者パバードには超常的能力がひとつだけ備わるのよ。──〝〟──。かの有名な蛇女メドゥーサと同じく、睨んだ相手を石に変える。ワタシのは『目を合わせる』なんて制限はなくってなんだけどね」


 右腕が重くなる。

 指先から徐々に石に変わっていく。


 よく見れば歪曲者パバードの顔には巨大な単眼と模様かと思った顔の線の中に沢山の小さな瞳。

 この瞳の全てに石化の能力があるのならいくらなんでも絶望的チート過ぎる。


 ペルセウス先輩も泣きながら逃げるはずだ。


「──撤収てっしゅう!!」


「へ?」


 俺は左腕でお嬢ちゃんを抱え全力疾走で走り出した。

 今世紀最速の逃げ足である。


 不幸中の幸いというか、石化はちょうど右の脇あたりで止まってくれた。

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