3.ゲテモノから始まる恋もあるかもしれない

「……なにやってるんですか?」


「マムシの肉を石で叩いて形を整えている。こうしたら火の通りも良くなるだろ」


「いや、違いますよ。他にこんなに山菜やキノコがあるんですからそっちで良いですよ。そんな怪しいもの口に入れたくないので」


「ベジタリアンだったりする?」


「そういう問題じゃないです。それにボク知ってますよ! マムシってえっちな気持ちにさせる効果があるって。──ハッ! やっぱりボクの身体が目当て」


「あー、確かにそう言われてるな。蛇ってあそこが2本に分かれるから精力2倍って」


「あ、あそことか言うなっ!」


 これでも包み隠したつもりだが赤面するお嬢ちゃん。

 マムシは精力増強とかの印象イメージが大きいが、疲労回復効果がある食材だ。

 指先が傷だらけで木に登りなおす体力すらないこの少女には必要だろう。


「大丈夫だ。身体がぽかぽかと温かくなるくらいなものさ。オトコノコだったらもしかしたら大変な事になるかもしれないけど」


 冗談に交じり微笑む。

 (と言ってもヒーローマスクをしているため、表情は伝えられないのだが)。


「──や、やだ! 絶対食べないです!!」


 どういうわけだかスカートを抑えて距離を取られた。

 ……まあ、無理に食べさせてもトラウマになるだけだな。


「しょうがない。でも調理だけはさせてもらうぞ。美味しい匂いがしたら姿を現さない少年も出てくるかもしれない」


「……まだ諦めてなかったんですか。きっとその子はもうどこかで野垂れ死にしているかゾンビに食べられているはずです。それが当然の世界になってしまったし、その死を貴方が背負う必要もない」


「だとしても、見付けてとむらわなきゃ悲しいじゃないか」


「変わった人ですね。お人好し、すぐ死ぬ役どころじゃないですか」


 子供の方が現実を知っている。

 確かにこの世界は死があまりにも近すぎる。

 みんな自分を守るのに必死で他人の生き死にに構ってはいられない。

 言うように俺は風変わりなのだろう。


 腰に付けた巾着から塩が入ったビニール袋とライターを取り出す。

 マムシの肉を洗った木の棒に刺した。


 ただの塩焼き。

 料理とは言えない代物だ。

 でもいい香りがする。

 このマスクさえ外せれば今にでもがっついていたかもしれない。


「そのスーツはゾンビから身を守る為に着ているんですか?」


 ただカッコいいから。

 防御力はない。


「まあ、そんなところだな」


「『黒鉄くろがねオックスマン』ですよね」


「おお! 知っているのか!?」


 興奮のあまり勢いよく立ち上がると目を丸められた。

 それからなにがおかしいのかぷっと吹き出し笑われた。


「知っている、というか。……家族が、関係者だったといいますか」


「へぇ。お父さんが俳優さんみたいな?」


 主演のイケメン俳優の隠し子だったりしないよな。

 あの子、裏で遊んでるって噂があったしなくはないんだよなぁ……。

 いや年齢的にないか。


「その人との関係は、複雑なんですけど。俳優さんのお化粧とかしてたみたいです」


「メイクさんだったんだ」


 メイクさんとはあまり絡みがなかったな。

 唯一思い当たる人物はいるが、その人は結婚していなかったと思う。


 その人は今どこで、なんて言葉が出かかったが唾と一緒に飲み込んだ。

 こんな世界でひとりで逃げているのだから、聞くまでもないことだ。


「ってなんでボクはこんな変態ヘンタイさんに身の上話しているんですか!? このマムシ肉の煙のせいですかね。やっぱり惚れ薬的な効果があるとか! 簡単に好きになるとか思わないでくださいね。ボクはこれでも理想高いんで」


「君って、にぎやかなだな」


「大人ぶるな! 惚れ薬で可愛いボクにあれやこれやといかがわしいことしようとしている外道がッ!!」


 ツインテールをぴょこぴょこさせて怒る。

 色々言われているが、身に覚えがなさすぎる。


 怒鳴り散らして体力を使ったのか、お腹が鳴った。


「やっぱり空腹なんじゃないか。ほれ、ちょうど焼き上がったぞ」


 マムシの塩焼きを渡す。

 警戒で一歩下がったが、美味しそうな匂いに負けたのか受け取り一口。

 熱かったようで、ほふほふと口を開け閉めした。


「おいしぃ」


「それは良かった」


「……大変な事になったら、責任取って下さいよ」


「ん? ああ、もちろん」


 言われずとも、ゾンビ共から必ず守りきってやるとも。

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